「あや、か」
女は結んだ口元を微かに上げて頷いた。
それからゆっくりと微笑んで言った。
「なんだ、元気じゃない」
「わしは元気だよ。変わらないさ。しかしおまえはびっくりだ。すっかり大人になってそうか、
あやだな」
鉄五郎は確かめるように見つめた。その顔が泣き笑いのように歪んだ。
「それで、どうした。何かあったか」
「何かあったのは鉄さんの方でしょう。倒れたと聞いたから、死ぬ前に一度くらい、顔を出して
おこうと思ったんじゃない。やっぱりずっとご無沙汰のままで逝かれりゃ、寝覚めが悪いからね」
高志は思わず交互に二人の顔を見た。
鉄さんの顔に初めて笑いが拡がった。
「そいつは嬉しい。しかし、せっかくだがお迎えはまだだ。そうか、あやが来てくれるというの
で慌てて退散したか。そうか、来てくれたか、もう大丈夫だ」
「何が大丈夫よ。でも安心した」
彼女は少こしぎこちなく笑った。
それからゆっくりと見開いていた鳶色の瞳を細めた。
高志の中で一気に緊張が解けて、訳もなく嬉しさがこみ上げてきた。
鉄さんの最初の一言で、カレンダーの娘だと気付いた。
その娘が10年振りに帰って来て今、鉄さんの前に立っている。入江がぐるりと一回転して、別
の世界が顔を現した気がした。