二人にとってしおんでの時間は、薫り高いコーヒーを味わいながら、ほんの少こしばかり平凡な
穏やかな時間を、非日常に移してみたいという願いの時間なのだ。
「今日は姉さんに聞いてみたいことがあるの」
千恵は頬杖を突いたまま、カップをちよっと気取って傾ける姉を見上げながら言った。
「改まって何よ。今日は端(はな)から調子が違うわね」
「特に何かあったと言う訳ではないけれど、さっきボーとコーヒーを飲んでいたら、急に思い出
したことがあるの。
ねえ、大人の男の人で、自分が何をやりたいかとか、何にかに成りたいとか、つまり何で食べて
行くか、あるいは行きたいかなんてことを、考えない人なんているのだろうか」
清子はまじまじと妹を見た。
「今日はまたいきなり、シリアスな質問だね。学校でそんな議論でもあったの」
千恵は黙って首を振る。
「そうね、人間それぞれだから、そんな人がいたって不思議はないでしょう。多くはないと思う
けれど」
「だとしたら、その人はどんな考えに基いて、そんな風でいられるのかしら」
「それだって色々でしょう。人は何にでも理屈をこねたがるし、理由付けをしたがるから、私達
には想像も付かないほど、色んな理由があると思うわ」
「そうなのかしら」
「多分ね、それに何も考えない人なんていくらでもいるわ」