オナガガモ(Anas acuta) Northern Pintail
マガンが塒から飛び立った後、私はオナガガモがいつも大勢集まっている池に立ち寄った。
ここは熱心なバーダーならあまり立ち寄らないような場所だけれど、なにせ近いオナガガモを見ていると和むものでつい毎回来てしまう。
多数派な雌たちは朝日が当たって温かい場所に並んで気持ちよさそうに目を閉じていた。私はとにかくどこででも寝てしまう人間なのだけれど、このオナガガモ達を見ていたらつられて眠くなってしまった。そしてしゃがんだ体勢のまま5分か、いや10分か、私はオナガガモの近くでうたた寝をしてしまっていた。はっと目を覚まして顔を上げると、先ほどよりもさらに近くに、というより私を取り囲むようにオナガガモ達が集まって眠っていた。何だろう、お昼寝同志とでも言おうか、何やらおかしな仲間意識が芽生えてしまいそうだ。
多種類の雁を探しに足を伸ばしたかったけれど、時間がなく沼周辺の散策でお茶を濁す事にした私は、付近の休耕田をうろついてみることにした。
11月も末だというのにとても温かいこの日は陽炎が発生するほどで、やっと畦に見つけた若いコチョウゲンボウもアイピースの中でメラメラとゆらめいていた。コチョウゲンボウが何かを見つけて飛び立つと、同時に私からは死角になった土手から上尾筒の白いハイイロチュウヒの雌タイプが飛び立った。この2種の狩人の目線の先には1羽のタヒバリがいたのだ。コチョウゲンボウとハイイロチュウヒはアクロバティックに逃げ惑うタヒバリを息もつかせぬチェイスで追いかけ、追い詰め、その激しい空中戦はそれはそれはとても長く感じた。1分は経っただろうか、ちっぽけなタヒバリのどこにこんなに高速で飛び回り続ける能力があるのだろうかと目を見張っていた次の瞬間、タヒバリが空中で身を翻した一瞬先のムーブポイントを先読みしたハイイロチュウヒがこれを捕らえ、そのまま死角になった土手に消えた。
タヒバリ争奪戦に敗れたコチョウゲンボウは残念そうに飛翔速度を緩め、この一部始終を観覧していたノスリの隣の杭にとまって落ち着いた。
尚も陽炎は視界を歪ませている。そろそろタイムリミットだ。
ここ数日、私の研究室ではクニマスの話題で持ちきりだった。
70年ぶり?さかなクンが?しかも西湖で?
皆が口々に言い、その誰もが目を爛々と輝かせていた。
私がクニマスの存在を知ったのは、忘れもしない、小学生の時のことである。親からせしめたとある釣り雑誌をめくっていると、巻末に「WANTED」の文字とともにウン百万の賞金が賭けられた、立派な黒いマスの絵が描かれており、こう書かれていた・・・“絶滅種、クニマス”
そのころ同級生の間で流行していた、川のぬしを釣るテレビゲーム。私達はその“ぬし”の放つ伝説的な響きに酔いしれ、私だけではない、おそらく釣竿を握った事のある少年ならば誰もがぬしを釣ることへの憧れを抱いていた。
そしてこのとある釣り雑誌巻末で目にしたクニマスこそがぬしに該当する幻の魚だと直感的に判断した少年私は、いつか必ず田沢湖へ釣りに、探しに行ってやる!と心に誓ったものである。
行動力の無い小学生の私達ができるぬし釣り、といったらせいぜい近所の堤(農業用ため池)でコイを釣ることぐらいだった。堤の鯉やギンブナの中に、誰が放したのかごくごく少数が混ざっていた“ドイツゴイ”。このコイの改良品種は、体側面の鱗がまるで無く、その縁に巨大に煌く鱗が螺鈿細工のように美しく並んでいるため、予備知識無しで友人が初めて釣り上げたこのドイツゴイを目の当たりにした時は腰が抜けそうなくらいに驚いた。これが当時私たちに手の届くぬしだったのである。
【2010/11/27/宮城 Miyagi,Japan】