1月11日は「京の冬の旅」で公開中の"西陣 興聖寺"を拝観しました。








興聖寺と言えば宇治にある寺院を思い浮かべますが、そちらは曹洞宗の寺院です。









宇治の興聖寺と区別する為に前に"西陣"を付けられたのでしょう!



興聖寺は駒札にもある様に臨済宗興聖寺派の本山として慶長8年(1603)に創建されました。
また、後陽成天皇や後水尾天皇の勅願寺ともなった名刹で、徳川二代将軍秀忠の茶道指南役を勤めた大名茶人・古田織部とも縁の深いお寺です。



本堂は仏殿も兼ねた建物で元禄2年(1689)の建築で、ご本尊は釈迦如来像、脇侍に文珠菩薩像、普賢菩薩像の三尊形式どお祀りされています。
また、右側には弥勒菩薩像、左側には藤堂高虎が寄進したと伝わる達磨大師像がお祀りされています。
天井には「雲龍図」が描かれ、床は瓦の四半敷の立派な本堂(仏殿)です。



方丈には海中写真家・杏橋幹彦氏の鮮やかな海中写真の襖絵「青波(あおは)」が奉納されています。
下の写真は和尚さまが手を合わせているようにも見えます。



方丈から祠堂に向かう途中には「降り蹲(おりつくばい)」があります。
地面を掘り下げ、螺旋状の石段の底に手水鉢があります。
排水の役目も果たしています。

内部には織部の院号から「雲了庵」と名付けられた三畳台目の茶室があります。
興聖寺もうひとつの茶室、織部の妻の院号から名付けられた「青松庵」がありまますが今回は公開されていません。

また、祠堂には古田織部の像がお祀りされています。



ご住職が代わられ、早朝6時からの坐禅会などでしの公開されない寺院です。
今回は五千巻以上もの"一切経"を保管されている蔵の内部の補修費用を賄う為に公開されました。
(方丈内部の写真以外はネットから転載されて頂きました。)