「きゃあああ」
ふいに山田家の庭先で、若い女の悲鳴があ
がった。
ベランダで、洗濯物を干していた三枝子が
何事が起きたかと思い、視線を走らせる。
声の主は、三枝子の娘、愛美だった。
この春、高校生になったばかりのまなみが
じょうろを持ったまま、三枝子のもとにかけ
よってくる。
「おか、おかあさん、あのね……」
はあはあ言ってばかりで、なかなか言葉に
ならない。顔が青ざめている。
「どうしたのよ、いったい。もう高校生に
なるんだから、しっかりしなくちゃ」
愛美は、右手を胸にあてながら、一度、深
呼吸した。
「とっ、とかげがね、飛びだしてきたのよ。
こわくてね、わたしが棒で、ええいと地面を
たたいたらね……」
いったん、落ち着きかけた愛美が、何かを
思い出したのか、眼を閉じて天をあおいだ。
「もう小さい子じゃないよね、まなみはね。
おかあさん忙しいんだからね。つきあってら
んないわ」
三枝子はかがみこみ、干し物のつづきをや
りだした。
「いじわるっ、いつだってそうよ。ちゃん
とわたしの言うことを聞いてくれないんだ」
愛美の大声が届いたのか、彼女の父、信一
郎が二階の書斎の窓から顔をのぞかせ、
「まあちゃん、どうしたんだ。朝から大声
出すなんて、いただけないな」
やんわりと言った。
「あっ、おとうさん、あのね、おかあさん
ったらね。わたしを無視するの」
「ほう」
三枝子が干し物の手をとめ、二階の窓を見
あげた。
「すみませんが、ちょっと、あなたは引っ
込んでてくれますか」
信一郎は、ああ、と言うなり、ピシャリと
窓を閉じた。
「ばかね、まなみったら。どうして、おと
うさんにいいつけようとするのよ」
「だって……」
「わかったわ。きちんと聞いてあげる。と
かげがどうしたの」
愛美はごくっと唾をのみこんでから、
「しっぽが切れたのにね、平気で逃げて行っ
ちゃったの」
愛美はさげていたじょうろを地面において
から、右手に握っていた棒を彼女の背中にま
わした。
「やんちゃな子ね、小さいころと全然変わ
らないんだから。あったかくなったんだから、
いろんな生き物があちこちからはい出してく
るの、知らないわけないでしょ。危険がせま
るとね、とかげはそうやって逃げ出すの。今
までに見たことなかったの?」
口先では、愛美は、まだまだ母親にかなわ
ない。
愛美はしばらく口をぽかんと開けたままで
いた。
「だって、ほんとにびっくりしたんだもの。
初めて見たんだもの、そんなの。気味わるかっ
たんだもの」
ようやく答えた。
「やっとわかったでしょ、それじゃまたね。
お手伝いのつづきがんばって。もう何があっ
ても、大きな声ださないでね。ご近所に聞こ
えちゃうしね、愛美だって恥ずかしいでしょ」
愛美は、再び、じょうろを手に取った。三
枝子に背中を向けながら、
「でもね、よくもまあ、あんなかっこうで
生きつづけていけるわね」
そうつぶやいた。
「神さまがおつくりになったのよ。あなた
は心配しないでいいの。もっとほかにあるで
しょ、心配りをしなくちゃならないことって。
これからの勉強とか……」
愛美はそれには答えず、庭先の洗い場に行
き、じょうろの中の水を補うと、植え込みの
花々に水を与えはじめた。
右目のあたりが気になるのか、彼女は、と
きおり左手でこすった。
ふいに山田家の庭先で、若い女の悲鳴があ
がった。
ベランダで、洗濯物を干していた三枝子が
何事が起きたかと思い、視線を走らせる。
声の主は、三枝子の娘、愛美だった。
この春、高校生になったばかりのまなみが
じょうろを持ったまま、三枝子のもとにかけ
よってくる。
「おか、おかあさん、あのね……」
はあはあ言ってばかりで、なかなか言葉に
ならない。顔が青ざめている。
「どうしたのよ、いったい。もう高校生に
なるんだから、しっかりしなくちゃ」
愛美は、右手を胸にあてながら、一度、深
呼吸した。
「とっ、とかげがね、飛びだしてきたのよ。
こわくてね、わたしが棒で、ええいと地面を
たたいたらね……」
いったん、落ち着きかけた愛美が、何かを
思い出したのか、眼を閉じて天をあおいだ。
「もう小さい子じゃないよね、まなみはね。
おかあさん忙しいんだからね。つきあってら
んないわ」
三枝子はかがみこみ、干し物のつづきをや
りだした。
「いじわるっ、いつだってそうよ。ちゃん
とわたしの言うことを聞いてくれないんだ」
愛美の大声が届いたのか、彼女の父、信一
郎が二階の書斎の窓から顔をのぞかせ、
「まあちゃん、どうしたんだ。朝から大声
出すなんて、いただけないな」
やんわりと言った。
「あっ、おとうさん、あのね、おかあさん
ったらね。わたしを無視するの」
「ほう」
三枝子が干し物の手をとめ、二階の窓を見
あげた。
「すみませんが、ちょっと、あなたは引っ
込んでてくれますか」
信一郎は、ああ、と言うなり、ピシャリと
窓を閉じた。
「ばかね、まなみったら。どうして、おと
うさんにいいつけようとするのよ」
「だって……」
「わかったわ。きちんと聞いてあげる。と
かげがどうしたの」
愛美はごくっと唾をのみこんでから、
「しっぽが切れたのにね、平気で逃げて行っ
ちゃったの」
愛美はさげていたじょうろを地面において
から、右手に握っていた棒を彼女の背中にま
わした。
「やんちゃな子ね、小さいころと全然変わ
らないんだから。あったかくなったんだから、
いろんな生き物があちこちからはい出してく
るの、知らないわけないでしょ。危険がせま
るとね、とかげはそうやって逃げ出すの。今
までに見たことなかったの?」
口先では、愛美は、まだまだ母親にかなわ
ない。
愛美はしばらく口をぽかんと開けたままで
いた。
「だって、ほんとにびっくりしたんだもの。
初めて見たんだもの、そんなの。気味わるかっ
たんだもの」
ようやく答えた。
「やっとわかったでしょ、それじゃまたね。
お手伝いのつづきがんばって。もう何があっ
ても、大きな声ださないでね。ご近所に聞こ
えちゃうしね、愛美だって恥ずかしいでしょ」
愛美は、再び、じょうろを手に取った。三
枝子に背中を向けながら、
「でもね、よくもまあ、あんなかっこうで
生きつづけていけるわね」
そうつぶやいた。
「神さまがおつくりになったのよ。あなた
は心配しないでいいの。もっとほかにあるで
しょ、心配りをしなくちゃならないことって。
これからの勉強とか……」
愛美はそれには答えず、庭先の洗い場に行
き、じょうろの中の水を補うと、植え込みの
花々に水を与えはじめた。
右目のあたりが気になるのか、彼女は、と
きおり左手でこすった。
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