油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

MAY  その88

2021-04-08 17:50:32 | 小説
 湖のほとりにいつくかの古い建物がひっそ
りとたたずんでいるのがみえる。
 それらはいずれも、長い年月の間、風雪に
耐えてきたらしく、屋根がこわれたり、外壁
がくずれたりしている。
 どちらも原色は使われておらず、まわりの
景観をできるだけそこなわないように、との
建て主の配慮が感じられる。
 ニッキはそのうちのひとつを選び、内外と
もきれいに修繕したうえ、メイに使わせた。
 陽ざしがまぶしく感じられ始めてからどれ
くらい経っただろう。
 岸辺から湖に向かってのびる、木材で造ら
れた桟橋の土台の杭に、がんこなまでにぶら
下がっていた大小のつららが解け、杭に打ち
寄せる波が、ちゃぷちゃぷとうれしげな音を
立てている。
 透明な強化ガラスでおおわれたベランダで
置かれた長椅子の上で、メイがすやすや眠っ
ている。
 春の陽射しがベランダ内部の空気を、午睡
にふさわしい温度にまで高めていた。
 しばらくして森林管理者のジープが、ゆっ
くりとメイの住まいのわき道にとまった。
 ニッキが助手席のドアを開けながら、若い
運転手に向かって、
 「いや、ありがとう。一時間後にまたお会
いしましょう。その間に、何か異常があれば、
即連絡ください」
 「わかりました」
 高床式になっている建物に入ろうと、ニッ
キが階段を上がっていく。
 玄関のチャイムを鳴らしたが、応答がない。
 メイが湖畔を散策しているに違いないと思
い、ニッキは建物わきから岸辺にでた。
 用心して歩くが、ごつごつした赤茶けた岩
があまりに多い。
 そのひとつにつまずき、あやうく転がりそ
うになったが、岩の間に根をはって大きくなっ
た白樺の幹につかまり、体をささえることが
できた。
 「ふうっ、あぶない、あぶない。もう少し
足腰を鍛えないとな。いざというときにこれ
では後れをとってしまう」
 ニッキは苦笑いしながらつぶやいた。
 湖畔から、一羽、二羽と、白鳥が飛び立っ
ていく。
 向こう岸に、黒いけものが一頭、歩いてい
るのを見えた。
 それはふいに水の中にとび込み、その頑丈
な前足を横に振った。
 何か白いものが水しぶきとともに、岸辺に
打ち上げられたとたん、もうひとつ小さな黒
いものが藪の中からとびだしてきた。
 熊の親子連れだろうと、ニッキは思った。
 親熊は、一度、うおっと鳴き。子熊を威嚇
する態度をとったが、あとは、子熊に任せた
らしい。
 並んで、白いものを食べはじめた。
 (いいものを見せてもらった。こんな厳しい
ところで生きぬくのは容易じゃないことを教
えているのだろう)
 ニッキはそう思い、メイの住まいに戻った
が、メイはやはりチャイムに応じなかった。
 玄関のドアを、強く、二三度ノックするが
メイが出てくる気配がない。
 不審に思ったニッキは、開けるよと言って
から、そこに入りこんだ。
 ベランダで、メイが本を読んでいるのを確
認したとき、 
 「メイ、そこにいたんだ。いくら湖畔を探
してもいないから、どこへ行ったのか、心配
してたんだ」
 微笑みながら、ニッキが言った。  
 「ごめんなさい。あんまり暖かいから眠っ
てしまったみたいで……」
 「それならいいんだ。疲れてるんだよ、きっ
と。湖畔の見回りは、ぼくが済ませておいた
からね」
 「ありがとう」
 「白鳥が次々と飛び去って行ってるみたい
だね」
 「ええ、こんなに暖かくなったんだものね。
いつまでもいられないでしょうから」
 「なるほど」
 「コーヒーはいかが?前よりうまくなった
から気に入ると思うわ」
 「ああ、楽しみだね」
 湖の上を、突然、一陣の強風が通りすぎた。
 山岳地帯から灰色の雲がむくむくあらわれ、
見る間に湖の上空をおおった。
 雷鳴が山あいにとどろきだした。
 

 
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