油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

いつまでも、たたずんで。  (4)

2022-10-20 17:13:55 | 小説
 今日は土曜日。
 学校に行かなくてもいいんだと思うと、敏
夫は晴れ晴れした気持ちになる。
 低学年の頃から先生にかぎらず、他人から
なんのかんのと指図されるのをきらった。
 生まれ落ちた時からのたちのようで、敏夫
が三歳になった時、母方の祖父が、
 「そうかそうかとし坊はごんたろうか。こ
の子は目鼻だちがおれにそっくり。寄ればさ
わればぎゃあぎゃあ泣いてばかりいるところ
をみてもな。よっぽどの人嫌いなんだろう」
 と苦笑いした。
 「まあ、代々の先生一族、こんなふうでも
そのうち何かありがたい仕事にありつけるか
もしれんな」
 ごんたろうを育てている嫁さまの手前。栄
次郎はそう言い添えるのを忘れなかった。
 敏夫の住む家は、ふたつある杉の並木道の
間にある住宅地の一角にある。
 それらの道はYの字型になり、ついにはひ
とつの大きな道路につながる。
 およそ百軒。ほとんどが似たりよったり。
 まるでマッチ箱を立てたような家ばかり。
 敏夫の父は家の建て方にこだわった。
 彼が育ったのは、昔ながらの家である。
 長い時間がかかり、日々、トントン金づ
ちの音がして……。
 だが、大工さんを大勢かかえた建材店が容
易に見つからず、あちこち手を尽くしやっと
のことで探しあてた。
 何につけ、変わり者がきらわれる世の中。
 敏夫が学校に上がったばかりの頃、彼がい
じめられっ子ナンバーワンになった。
 敏夫の頭に、そんな思いが次々にわいてく
るが、ピーピーと覚えたての口笛を吹きなが
らやり過ごした。
 敏夫は時おり、うつむいた。
 釘や留め金。金属でできているものなら何
だってひょいと小さな手でひろい上げ、ポケッ
トに入れた。
 おかげで机の一番下の引き出しが半分くら
いうまった。その上に石の図鑑でおおった。
 拾い物の中で、ぴかりと光る青い石が一番
のお気に入り。宝物だと思い、いつでも見ら
れるように携帯している黒い小銭入れにしまっ
てある。
 (この家はAちゃん宅あれはB子ちゃん宅。
この時刻じゃまだみんなぐうぐうだろな)
 そう思いながら五分くらい歩くと、田や畑
の向こうに大杉の並み木が見えた。
 霧がかかり、風に流されている。
 一段高くなっているあぜ道に、敏夫はぴょ
んと跳びあがった。
 稲はすでに刈り取られ、新たに芽がでてい
るのが近頃の天候不順のあかしだ。
 今は落ち葉の時期。敏夫が書きだした物語
は春景色。
 つくしが顔を出したり、レンゲが咲いたり
ちょうちょが飛び交ったり。そんな風景が敏
夫の原風景になっている。
 「ああ、気持ちがいいな。空気が冷たいけ
ど、さわやかだし」
 敏夫は両手を空に向かって突き上げ、
「おおい、栄次郎じいちゃんぼく元気だよ」
 と大きな声を出した。
 首輪に付いた留め金から、鎖をはずしても
らった飼い犬の気分。
 そっと背後に目をやったが、誰ひとり見あ
たらない。
 (黙って出てきたんだ。誰もぼくを探して
いないのかな。まだ少年なのに、もうやっか
い者になっちゃたんだろか。どうやってこれ
から生きていけばいいんだろ)
 敏夫は子どもっぽい不安な気持ちを抱えな
がら、車が行きかいだした大通りを用心しな
がら横ぎる。
 駐車場の階段をそっと降り、黒々とした大
杉の林の中に入りこんだ。
 ここへは初めて来た。
 昼間でも暗く、ひとりじゃとても来る気に
ならなかった。
 幅三メートルくらい小道がつづく。
 社会科で学んだが、これは今から四百年も
昔に造られたようだ。
 当時の旅人たちは、いつだって歩き。
 病をかかえ歩くに歩けなくなったときなど
に籠を利用したくらいだ。
 士農工商。
 階層の分け隔てはきびしく、貧富の差は今
よりずっとはっきりしていた。
 敏夫はふと、カッポカッポという、馬のひ
ずめの音を聞いた気がして、振り向いた。
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1 コメント

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Unknown (sunnylake279)
2022-10-20 17:57:06
こんばんは。
敏夫の行動が朝の爽やかな空気の中で、繊細に感じました。
拾った青い石を大切にしているのがいいなあと思いました。
子どもの頃ってそんな感じだと思います。
杉の林の中は、少し謎めいていて、何かが起こりそうな予感がしました。
続きを楽しみにしています。
どうぞどうぞよろしくお願いいたします。
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