油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

МAY  その34

2020-01-28 12:30:21 | 小説
 メイは、洞窟の入り口からほんの少し入っ
たところにある突き出た岩のかげに、寝床を
作ることにした。
 そまつなベッドである。
 モンクおじさんがメイのためにこしらえて
くれたベッドのことを思うと、涙がこぼれそ
うになる。
 (ぜいたくはいってらんない。夜露をしのげ
るだけ、まだましだわ)
 彼女は用心しながら、森の中に入りこんで
行き、枯れ草をむしり取っては、ゴンが見つ
けてくれた手袋をはめた手で、洞窟に運び入
れた。
 手袋のおかげで素手でやらずともいい。
 その幸せはゴンがもたらしてくれたもの。
 そう思うと、彼を弱虫呼ばわりした自分を
許せなかった。
 でも、ゴンはゴン、自分は自分。
 なんとかして森から脱出しようとそれぞれ
の最善を尽くしているのだ。
 こんなに騒々しくしてるのに、洞窟の奥か
らまがまがしい動物がやってきて、メイを襲
おうとはしない。
 (きっと、大丈夫なんだわ。どんなけものも
いやしないんだわ)
 洞窟の奥は、鵜網が濃い。
 大きな不安をかかえながらも、メイは、あ
えて闇のむこうにあるものをみきわめようと
するかのように腰をかがめた。
 クウンと鳴いて、ゴンがメイのもとに近寄っ
てくる。
 「ばかね。おまえじゃないの。わたし、今
真剣なんだから」
 ゴンは、片方の前足を、メイのひざの上に、
そっとのせた。 
 ゴンの吐く息がメイの鼻ずらにかかる。
 「ああいやだ。腐ったチーズみたい。近寄
んないで。おまえはきらいじゃないけどね。ち
ょっとそっちに行っててくれる?」
 ゴンの匂いがいやでも、ほかのけもののも
のをメイに想像させてしまう。
 期せずして、森の中でピーちゃんの子に会
えた。
 それ以来、着実に、メイは本来の力をとり
もどそうとしていた。
 その力をふりしぼり、彼女はゴンとともに
家族の待つ家に帰りつこうと思う。
 間もなく辺りは真っ暗になった。
 ねずみくらいの小さな生き物が、洞窟の中
を歩きまわるのだろう。
 ときどき、かさこそ、物音がする。
 そのたびにメイは怖くなり、となりにいる
ゴンの体を両手で抱きしめた。
 ギャッと洞窟の外で何かが叫び声をあげる。
 (たとえまがまがしいけもであっても、ここ
まで入ってくることはないだろう)
 メイはうとうとしはじめた。
 彼女のこころの中に、得体のしれない怪物
がいくひきも現れては、つぎつぎに消え去っ
ていく。
 頼みにしていたモンクおじさん。
 彼でさえ、いつまでたっても来てくれない。
 (ひょっとしてわたしは誰にも見つけられ
ないまま、ここでさびしく死んでしまうのね)
 メイの眼から、涙がほほをつたう。
 まったく火の気がない。
 それだけに、絶対安心とはいえないつらさ、
怖さをかかえていた。
 ピーッ、ピッピーピー。
 ふいに、小鳥が鳴いた。
 聞いたことのある鳴き声だわと、ひとりご
ちしている間に、一羽の鳥らしい生きものが
洞窟の闇を切りさいてきた。
 こうもりではなさそうだ。
 不思議なことに、闇の中でも、青白く光っ
ている。
 「ピーちゃん。ピーちゃんなのね。ほんと
うにあんたなのね。あんたの子でしょ?さっ
き来てくれたのは?」
 メイはそれまで積もり積もっていたうっぷ
んを吐きだすように叫んだ。
 その鳥はメイの手のひらの上で、いったん
羽をやすめ、身づくろいをはじめた。
 メイは左手にピーちゃんをのせたまま、自
分の顔に近づけてみた。
 青白い光のなかで、メイの鼻さきを、痛く
ならない程度に、とんとんたたく。
 そのしぐさがなんともいじらしい。
 「ねえ、ピーちゃんでしょ。ぜったいあな
ただわ。どうぞ、今夜はわたしといっしょに
いて、ね」
 メイのこころを知ってか、知らずか。
 ピーちゃんは、すぐにどこかへ飛び去って
行った。
 「洞窟の奥に飛んでったみたい。そのうち
もどって来るわ。きっと食べ物でも見つけて
るんでしょうから」
 メイはそうつぶやくと、間もなく深い眠り
におちた。 
 翌朝早く、木々のこずえの間を朝陽がすうっ
と差しこんできて、小鳥が歌いだした。

 
  
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