油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

おみくじ  その6

2021-06-05 17:00:09 | 小説
 三枝子はA天満宮の門を急ぎ足でくぐり終
えると、空をあおいだ。
 まるで狙いすましていたかのように、三枝
子の左目にぴしゃりと水滴が落ちた。
 三枝子はあっと短くさけぶと、右手の甲を
だらりとさせた状態で、閉じた左目にもって
いき、ぽんぽんとおさえた。
 (雨水だもの、そんなに汚れてないでしょ
うし、あまり良すぎるくじを引いた代償と思
えば安いものだわ)
 三枝子はふふと笑った。
 門を広くおおっている樫の枝の間を、陽光
が通りすぎていき、風に吹かれてひらひら舞
う葉を輝かせた。
 参道にいならぶ多くの梅の木のいずれかに
とまっているのだろう。
 ホーホケキョケキョと。うぐいすの声がと
きどき聞こえて来る。
 天満宮のとなりは、S高。ボールを打つ音
にまじって、若者のはつらつとした声が響く。
 三枝子はうれしくなった。
 腕時計をみると、もう午後二時過ぎ。
 (あれれ、もうこれだけの時間が経っちゃ
てるんだ。おかしいわ。わたしどうかしちゃ
たのかしら……。まあいいわ。境内にいる牛
様にちょっとした魔法をかけられたんだとし
てもいいわ。だってこんなに春めいた風景を
ぞんぶんに楽しめたんだもの。大吉くじを引
いた値打ちがあったというものよ)
 三枝子はくるりと体を反転させると、神社
の本堂に向かって一礼した。
 「お母さんったら、そんなところで何して
るの?お昼、食べたの。子供じゃないんだも
の、ちゃんとうちに帰ってこなけりゃ」
 しかめっつらした愛美が、三枝子の背中に
声をかけた。
 三枝子は小学生がするように、きちんと回
れ右をしてから、わが子と向きあった。
 うす桃色のブラウスに、空色のジーンズ。
 「あらら愛美、とっても素敵だけど、学
校どうしちゃったのかしら?早引きしてき
たんだ?」
 「ちがうわ。水曜は、先生方の会議があっ
たりでね、午後の授業は一時間だけ。さっさ
とお帰りなさいって」
 三枝子はクスッと笑った。
 「なんか、お母さんらしくないわ。いった
いどうしたっていうのかしらね」
 「いいからいいから、今さっき、いいこと
があったんだから」
 「天満宮で?信じらんない。わたしも何回
か来てるけど、とりたてて、なあんもなさそ
うだったわ。暗いし、おっきい牛が地べたに
ねそべっていたりしてさ、気味がわるい」
 愛美の表情がくもった。
 「うそよ。お母さんはそう感じなかったけ
どな。芝桜がきれいだったしね。せきれいか
しら。ちょんちょん飛びはねてて……」
 三枝子は娘の右手をそっとにぎり、ならん
で歩きだした。
 突然、三枝子がスキップしはじめる。
 「何するの?ああ、見てらんない。よして。
わたし、恥ずかしい」
 「まあまあ、まなみ、そんなにむきになら
ないで。お母さん、今とってもしあわせなの。
途中でお気に入りのイチゴパフエ食べさせて
あげるから、ちょっとだけ調子を合わせて」
 「いやよ。ほらほら、向こうから犬を連れ
た人がやってくるじゃない。もう、知らない
から」
 三枝子はふいに立ちどまった。
 「まあちゃん」
 「こんどは、なんなの?」
 「あのねえ……、お母さん、まあちゃんが
大好き」
 ふいに、三枝子は愛美のからだをぎゅっと
抱きしめた。
 (了) 
  
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MAY  その95

2021-06-01 13:38:15 | 小説
 ふいに暗い場所に投げ込まれたので、あた
りがよく見えない。
 (ちっ、まぶいな。船はこわれる、ガンは失
くす、そのうえ話し相手たる王が出てこない。
任務とはいえこんな遠い星まで旅してしまっ
た。船が完全にアウトで、永久に帰れないと
したら……)
 思わずニッキが両手を前に突き出し、よろ
めいた。
 とっさにメイが彼の左腕をつかんだ。
 「ニッキ、気を付けて。足もとがデコボコ
してるわ。あのう、すみません。ちょっと休
ませていただけますか。連れがどうやら目が
くらんだようで……」
 メイの頼みに、先導するふたりが歩みをと
め、顔を見合わせた。
 どちらも何も言わない。
 しかし、メイの言葉はわかるらしい。
 洞窟の壁をうがち、小さな穴をあけてある。
ろうそくの火が揺らめく。
 ようやく、ニッキが明かりを取り戻した。
 ぽたりと冷たいしずくが一滴、ニッキのほ
ほを打った。
 さっきメイが放った声が、しばらく、洞窟
の内部で響いていたが、やがて消えうせた。
 どうやら巨大な洞窟の内部らしい。
 どこから漂ってくるのだろう。
 カレーの匂いがニッキの鼻腔を刺激する。
 ニッキは幼いころの給食を思い出した。
 これからメイやニッキがどんな扱いを受け
るかわからない。
 しかし、彼らにほのかな希望をいだかせる
にじゅうぶんだった。
 (問題は、今だ。ここを何とか突破しなく
ては)
 ニッキは落胆し、がくりと膝まづきたいと
ころだがメイがいる。
 メイには決して弱気なところを、見せられ
なかった。
 「ちょっと待ってください。あなたがたは
いったい……?この星の王の家来なんでしょ
うか。それとも逆賊の一味たちですか」
 ニッキが改まったもの言いをした。
 時代錯誤の言い方だったなと、ニッキは自
分の混乱ぶりに苦笑せざるをえない。
 ニッキは黒装束のいずれかが返答してくる
のを待った。
 だが、ふたりとも、ピクリともしない。
 互いに見つめあい、なにか訳のわからない
言葉で話し合っている。
 頭を布ですっぽりおおっているため、彼ら
の表情がまるでみえない。
 突然、彼らが動きだした。
 その動きがあまりに急だったので、ニッキ
は次に何が起きるか予測できなかった。
 ひとりは向かって右側、もうひとりは左側
の壁にずかずか近づき、それぞれのもろ手を
挙げた。
 戸をあけしめする音がつづいて、中から黒
くて細長いものを取り出し、それを胸の前で
かかえた。
 ニッキは身を伏せた。
 「メッ、メイ、これはっ。いったいどうなっ
てるんだ。味方じゃなかったんだ」
 「わたしにもわからない。好意を持ってる
はずと思い込んでいたから」
 「言葉は?こっちの意思が通じるのか」
 「それもどうだか……」
 ニッキは何らの武器を携えていない。自分
の無能ぶりを悔やんだ。
 メイとニッキはふたりして、ガンの銃口を
突きつけられた。
 背の高いほうが、銃身の先を振り、何やら
高い声をだした。
 (なんなのよこれって。ああ、ああ言ったっ
て何のことかわからないわ。満足な人間じゃ
ないのね。ニッキのけがを治してくれたしね。
独裁者に反抗している人たちだと思って、わ
たしすっかり安心してたのに、ああ甘かった
わ。こんなとき、ピーちゃんたちが森の仲間
たちがそばにいてくれたら……)
 メイは失望のあまり、もう少しで気を失う
ところだった。  
 メイは、洞窟の入り口あたりから、ピイピ
ピーッという、かすかな声を聞いた気がした。
 (そんなばかな。わたしったら、絶望のあ
まり気が変になったのね)
 メイは口もとにうっすら笑みをうかべた。
 次の瞬間、メイは右足に異変を感じた。
 何か黒っぽい小さなものが、彼女の足もと
でもがいている。
 メイは膝まづき、その正体を知りたかった。
 

 
 


  
 
 
コメント (3)
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