梅雨の晴れ間、雲間から夏の陽射しが差し
込む土曜日の昼下がりのことである。
小学六年の川上はるとは久しぶりに祖父と
いっしょに過ごせるのでうれしくてしかたが
ない。
「ねえ、ねえ、もうだいじょうぶなの、お
じいちゃん。そんなにはやく歩きまわってさ。
この前ころんでけがしたとこ、いたくない?」
「ああ、いたくないさ。はるとの顔見たら、
なおったぞ」
「お母さんの顔もでしょ?」
「ああ、もちろんさ。ふたりとも、よく来
てくれたな。こりゃ、はるとに一本とられた
な、わははは」
石塚敬三は、妻の良子とふたり暮らし。
嫁いだ娘がときどき、孫をともない、実家
に帰ってくる。ひとり娘だった。
できれば娘に婿をと思ったが、いまどき簡
単に来てくれるような人はいなかった。
この日は梅の収穫。
祖父の敬三が物干しざおを両手で持ち、緑
濃い葉が生いしげる枝の間に、それを突き入
れては左右にバタバタ振る。
すると梅の実がパチンコ玉のように、木の
幹にぶつかりながら地面に落ちてくる。
しばらく前までは、地面には草や篠竹がず
いぶん長く伸びていた。
それでは、落下した際、梅の実が大いに傷
んでしまう。
だから、敬三は草刈り機を両手でぶんぶん
振りまわし、草や篠竹のほとんどすべてを刈
り取ってしまっていた。
しかし、さすがに敬三といえど、根っこも
ろともそれらを刈り取ることは不可能。
ほんの二、三センチくらい、地面から突き
出たまま残した。
篠竹がはるとの運動靴の底に突き刺さる心
配もないではなかったから、用心深く、敬三
は、ちょっとやそっとじゃ破れない青いシー
トを、梅の木の根もとの地面にできるだけ広
くかぶせた。
「あいてててっ、じいちゃん、いま、ぼく
の頭に当たったよ。ぼっとんって。青っぽい
のが」
「かたいだろ、青いのは?はると、野球ぼ
う、かぶっとるから、だいじょうぶだろ」
「うん、ちっともいたかないや」
「よし、強い子だ。えらいぞ」
「ほら、はるとのそばに、竹のかご、ある
だろ?そこへな、拾ったら入れろ。いっぱい
になったらな、次はコメの袋へ、ざざざっと
入れるんだ」
「わかった。ざざざざ、だね」
「そうだ」
「かんたん、かんたん。赤っぽいのもいっ
しょでいいの?」
「いいんさ。あとでばあちゃんに分けても
らうから」
「わかった」
はるとは何を思ったか、赤い実をひとつつ
まみ、じっと見ていたが、突然、それを両手
でむきだした。
その姿を敬三がじっと見ていた。
かぷりとその実にはるとが歯をたてる寸前
で、「おいおい、はると」と声をかけた。
「なあに、じいちゃん?」
「それって、なんだろな」
「これは、ええっと、プラムだよ」
「プラムってのは、すももだよね。もっと
表面がつるつるしてるんじゃないかい。それ
って、ちょっとちがうんじゃないか」
敬三はやんわりと説得したが、はるとはや
めない。どうやらおなかが空いているらしい。
ちょっとだけ果肉を口に入れ、むしゃむしゃ
とやった。
「あっ、だめだ。やっぱり、すっぱい」
はるとはそう言って、食べさしの実を、遠
くへ放り投げてしまった。
込む土曜日の昼下がりのことである。
小学六年の川上はるとは久しぶりに祖父と
いっしょに過ごせるのでうれしくてしかたが
ない。
「ねえ、ねえ、もうだいじょうぶなの、お
じいちゃん。そんなにはやく歩きまわってさ。
この前ころんでけがしたとこ、いたくない?」
「ああ、いたくないさ。はるとの顔見たら、
なおったぞ」
「お母さんの顔もでしょ?」
「ああ、もちろんさ。ふたりとも、よく来
てくれたな。こりゃ、はるとに一本とられた
な、わははは」
石塚敬三は、妻の良子とふたり暮らし。
嫁いだ娘がときどき、孫をともない、実家
に帰ってくる。ひとり娘だった。
できれば娘に婿をと思ったが、いまどき簡
単に来てくれるような人はいなかった。
この日は梅の収穫。
祖父の敬三が物干しざおを両手で持ち、緑
濃い葉が生いしげる枝の間に、それを突き入
れては左右にバタバタ振る。
すると梅の実がパチンコ玉のように、木の
幹にぶつかりながら地面に落ちてくる。
しばらく前までは、地面には草や篠竹がず
いぶん長く伸びていた。
それでは、落下した際、梅の実が大いに傷
んでしまう。
だから、敬三は草刈り機を両手でぶんぶん
振りまわし、草や篠竹のほとんどすべてを刈
り取ってしまっていた。
しかし、さすがに敬三といえど、根っこも
ろともそれらを刈り取ることは不可能。
ほんの二、三センチくらい、地面から突き
出たまま残した。
篠竹がはるとの運動靴の底に突き刺さる心
配もないではなかったから、用心深く、敬三
は、ちょっとやそっとじゃ破れない青いシー
トを、梅の木の根もとの地面にできるだけ広
くかぶせた。
「あいてててっ、じいちゃん、いま、ぼく
の頭に当たったよ。ぼっとんって。青っぽい
のが」
「かたいだろ、青いのは?はると、野球ぼ
う、かぶっとるから、だいじょうぶだろ」
「うん、ちっともいたかないや」
「よし、強い子だ。えらいぞ」
「ほら、はるとのそばに、竹のかご、ある
だろ?そこへな、拾ったら入れろ。いっぱい
になったらな、次はコメの袋へ、ざざざっと
入れるんだ」
「わかった。ざざざざ、だね」
「そうだ」
「かんたん、かんたん。赤っぽいのもいっ
しょでいいの?」
「いいんさ。あとでばあちゃんに分けても
らうから」
「わかった」
はるとは何を思ったか、赤い実をひとつつ
まみ、じっと見ていたが、突然、それを両手
でむきだした。
その姿を敬三がじっと見ていた。
かぷりとその実にはるとが歯をたてる寸前
で、「おいおい、はると」と声をかけた。
「なあに、じいちゃん?」
「それって、なんだろな」
「これは、ええっと、プラムだよ」
「プラムってのは、すももだよね。もっと
表面がつるつるしてるんじゃないかい。それ
って、ちょっとちがうんじゃないか」
敬三はやんわりと説得したが、はるとはや
めない。どうやらおなかが空いているらしい。
ちょっとだけ果肉を口に入れ、むしゃむしゃ
とやった。
「あっ、だめだ。やっぱり、すっぱい」
はるとはそう言って、食べさしの実を、遠
くへ放り投げてしまった。