徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

刀剣のTPO?

2018-10-19 23:38:38 | 拵工作
前回に続いて、新規作成の御刀外装です。



愛刀に打刀拵を新しくお作りする場合には、大きく分けて二種類の方向性があります。
衣服のお仕立てと同じように、フォーマルかカジュアルかという2通りの選択肢があるわけです。



帯刀を許された武士が、藩の御用向きで勤めに従事する時や冠婚葬祭の席など、正装で出席しなければならない公の場では裃指(番指とも)に代表される儀仗拵が用いられました。
逆に、日常生活や私的な用向きでの外出には、個人的な嗜好性が反映した常指が用いられました。
一つの刀身に、上記2種類の外装が作られていたケースが多かったようで、余裕のある武士は何種類もの外装や刀身を所有していました。

当工房へのご依頼で多い選択肢は、どちらかというと常差です。特にご相談頂く内容では、写し拵や江戸期の常指というよりは、室町・戦国期のようなより実戦的な外装をご所望になる愛刀家が増えています。



ところで、最近よく「武家文化」という言葉を耳にしますが、武士階級が明確に線引きされた江戸時代ですら、武士は日本の総人口の1割にも満たないごく一部の特権階級とされていて、その文化様式となると一般人は接する機会が著しく限られたものでした。
そんな閉鎖的な文化圏をカタチとして垣間見ることができる最たるものが、武士の商売道具である刀剣であり美意識や価値観が結実した刀剣外装でした。
ですから、刀剣外装には大変深い意味で文化的特色を内包していると考えられています。

近年の武家文化発信事業?では、武家社会の生活様式や文化圏を独自に着色して、あたかもトレンドリーダー的な強いムーブメントであったかの如く紹介しているケースを目にします。
実際は、町人文化が圧倒的大多数を占めている社会の中でマイノリティーな存在であって、今だよくわからない部分が多いというのが事実です。
だからといって、独自解釈の武家文化が幅を利かせることは、文化の悪用に他なりませんので警鐘を鳴らしたいと思います。
例えば、居合道の高段者による演武で、周囲から「先生、先生」ともてはやされている剣士が、朱鞘の愛刀を自慢げに携えている場面などを目撃すると、顔から火が出そうになります。
特に、京都の武徳殿など玉座を頂いている格式のある会場では、当人ばかりか黙認する側も文化の破壊に加担している責任をご認識頂きたく存じます。



さてさて、今回の修復では前回の御刀同様、刀身の研磨、ハバキの微調整、刀装具の入手(鍔の責金、切羽作成含む)、拵一式の新規作成と、一連の作業を長時間頂いて完成させました。
長らくお預かりしてしまいましたが、やっと完成です!



この度の外装は、前出の江戸期の常指様式(カジュアル)の拵になります。



刀身は、切っ先が延びごころに反りが浅く、身幅広く重ねが薄い典型的な慶長新刀体配です。



この形状の御刀にしか実現できない工作として、ギリギリまで鞘の肉重ねを薄く削いで指し心地に配慮しました。また、柄前の設置角度を調整して鞘を掃った状態で使用時のバランスを調節しました。



さらに、以前お作りした脇差と「対になる大小拵になる様に!」とのご依頼でしたので、記録と記憶と実物を頼りに作り込んでいきました。



今後の方策として、脇差の柄巻を今回の同一の柄糸で巻き直させて頂けば、粋な大小拵の完成と相成ります!



あとは武道のお稽古に、存分にお使い頂いて実用の美を体感して頂きたいと思います。

日本刀の外装

2018-10-19 03:10:28 | 拵工作
新しい打刀拵が完成しました!



この度お作りした拵えは、戦国期の使用感を体現できるように時代考証を重ねつつ操作性に重点を置いて制作しました。



ここで打刀拵の歴史について触れたいと思います。

打刀拵の登場は、応永期から!というのが刀剣学の通説です。
厳密には、応永20年前後と言われていますが、それでは応永以前には打刀(刃を上にして携える外装様式)はなかったのか?というと、この認識には若干疑問の余地があります。
厳密には、現存する拵が見当たらないという表現が妥当なのです。

このことを裏付けるように応永期以前の刀鍔が確認されているので、打刀様式の外装は、どうやら室町初期には全国的に普及していたようです。
さらには、当時太刀の所有が上級武士に限られ、格式や身分に応じて拵えの様式が制限されていたことを考え合わせると、下級武士・郎党のたぐいは元来打刀を用いていたのではないか?と思えてきます。となると大変です!

打刀の登場が通説よりも前倒しになるということは、その普及の理由や起源までもが曖昧になってしまうからです。
固定概念を排して考えると、打刀の登場は平安・鎌倉までさかのぼる可能性も排除できなくなってきます。

「この三流職人が言っているのは、腰刀であろう!」と指摘を受けそうですが、長寸の腰刀は各地の神社仏閣の奉納刀身の中にそれらしい物が確認されていることから、鍔を用いた腰刀(鍔刀とも)が一切なかったと考えるには、前出の通り刀鍔を無視しなければならず、それこそ不自然なこじつけの様に感じます。

つまり、今日の打刀の原型あるいは完成された打刀拵は、想像以上に昔から用いられていた可能性があり、その用途・製法にいたるまで通説を覆すロマンを秘めているのです!



そんな謎の多い打刀拵ですが、この度の戦国期の復古調外装をまとう御刀は、作刀期の姿を留めた腰反りの強い刀身です。
茎の指表に古風な二字銘があり、鉄味・鍛え・焼刃・反りの形状から鑑みて素直に室町期の特徴を感じさせる同時代の実戦刀です。
これまで不遇な処遇を受けてきたとみえて、斬りヒケ、サビ、曲がり、付属の白鞘・ハバキにいたっては合わせ物、お世辞にも健全な状態ではありませんでした。
しかも白鞘は内側にサビが移り、ハバキは刃マチに干渉してあらぬ方向を向いています。
拵えを作るどころか、このままでは刀身の破損に繋がる危険な状態です。
毎度ながら、前所有者?刀剣商?の雑な扱いに苦しめられてきた御刀を見る度に、もの言わぬ錆身なれど「今までよく耐えた。まだまだ大丈夫!必ず用の力を取り戻せますからね。」と、労いの言葉をかけずにはいられません。



まずは、拵え工作の下ごしらえとして整形研磨を施し、次に合わせハバキを刀身用に再加工(通常は新規作成が必須ですが、今回は部分的な調整に留めて刃マチの干渉部位の補修と拵えが作れるように設置角度の調整を実施)。
白鞘を分解して内部の錆の除去と刀身に合わせた微調整を終えたところで、やっと柄前の新規作成に移ります。



ここで古い白鞘の修復について、当方の見解を述べさせて頂きます。
刀身を研磨する度に白鞘を新調することは、半ば刀剣工作の常識です。刀剣を観賞用に興ずる愛刀家の皆様は、基本研磨ごとに白鞘を新調してください!
理由は、せっかく刀身を研磨しても白鞘内部にサビが落ちていれば、せっかくの研ぎ上がり刀身に白鞘からの貰いサビが移ってしまったり引け傷を負う可能性があるからです。
ただし、刀剣を武道などの実用に興ずる方は、使用時は塗鞘に収まっている場合がほとんどで、個々の刀身用に白鞘をお持ちでない方も大勢いらっしゃいます。
そんな場合は、直ちに白鞘を新調する必要はありません。
将来的に、長期間保管する時や研磨をかける時などに刀剣商や刀職(特に鞘師さん)にご相談すれば、適切な保管方法をご提案いただけます。
そして、これは私だけかもしれませんが、当工房では比較的状態の良い白鞘については補修を施して再利用されることをお勧めしています。
なぜかというと、当たり前にかかる工作費用を少しでも抑えることで、その分外装の制作や修復に適切なご予算を割いて頂くことで、長期的に無駄な出費を抑えるばかりか、より良い外装をお作りするお手伝いができると考えているからです。
ただし、白鞘の状態が悪い場合には補修では対応できませんので、一概に補修が適切な判断とは断言できませんので悪しからず。



話を戻しまして、この度の拵工作の方向性(設計)は、ご依頼者様と相談の上、この刀が最も活躍した時代(戦国期)の雰囲気を再現することに定まり、時代考証を重ねることで理想的な外装様式に煮詰めていきました。
武道でお使いになる御刀ですので、お身体に合わせた調整と機能性を持たせること(この部分は、当工房の特徴で、最も力を入れている専門分野です!)にも余念がありません。
刀装具類の選択はお任せ頂いているため、全体的に厚手の金具を選択し、目貫は若干ランクを下げて工場物(こうばもの)なれど手持ちの良い時代物を選択しました。
柄巻の恩師が「目貫だけは良いものを使え!」と常におっしゃっていたことを思い出します。そういう意味では、工場物を用いるとはどういうことか?となりますが、ここでいう「良いもの」の定義は価格や市場評価ではなく、手どまりの良いもの、座りの良いものという意味であろうと解釈しています。



今回は、通常ご依頼を頂く打刀拵えとは若干雰囲気の違う戦国様式の外装なので、当然制作時の留意点も変わってきます。
江戸期の打刀拵えの特徴が芸術的であるのに対し、前時代の打刀拵えは実用一辺倒な作り込みであることはだれもが想像しうる最大の違いですが、その違いを使用感や刀身との関係、バランスなど実際に手にとって感じて頂ける外装をお作りすることは、武道や刀剣の深い意味での解釈に繋がると信じています。
ただし、制作時に使用者様の身体的特徴や用途など、多くの情報が必要になりますので、ご依頼者様の全面的な協力が欠かせません。



こうして作り込まれた刀剣を実用に用いることは、刀剣を刀身鑑賞だけに留めているのでは絶対に理解できない別次元な刀の楽しみ方に繋がっていると感じます。ただし、刀身・刀身を生かす外装・使い手の技量・使い手に合わせた外装の微調整、それらが一体となってはじめて実現する世界観ですので、一般化し難い娯楽なのかもしれませんね。



今回特に力を入れた工作は、刀身の体配(深い腰反り)を生かして柄前全体に角度をつけて刀身に取り付けたことです。古流剣術の研究や室町時代の刀身の性能を引き出して剣術に反映させるには、こうした外装の微調整が当時でも必要であったと考えていますが、この辺りは古文書などにも記録がないので、経験と憶測での発言になりますのでその旨ご了承ください。