徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

洋鉄と和鉄

2012-03-18 10:56:46 | 洋鉄と和鉄
普通、鉄への理解というと、『現代の鉄』に関するものが一般的です。
では、『現代の鉄』とは何でしょうか?

刀剣愛好家の中には、日本刀の有意性について科学的な根拠を披露してくださる方がいます。
たとえば、「材料が洋鉄ではなく和鉄だからよい」とか、「折り返し鍛錬がよい」とか、まことしやかにご披露くださるわけですが、では『洋鉄』とは何か?『和鉄』とは何か?折り返し鍛錬の何がよいのか?と突きつめていくと、じつのところ付け焼刃の知識であったり、他の愛刀家の受け売りであったりします。
先日も、「鋳物と鉄は違う!」と教えてくださった愛刀家の方がいらっしゃいましたが、どうも的を得ない考察のように感じられました。

そこで、『現代の鉄』について、メモ程度にまとめてみました。

鉄は、言わずと知れた元素記号「Fe」です。
このFeは、純粋な単元素としては、引っ張り強度が30kg/m㎡と低く、このままで使用されることはまず考えられません。
そもそも、鉄を純粋なFeとして製造することは、現在の科学力では非常に難しい作業なのです。
では、私たちの身の回りにあり、一般的に鉄と呼んでいる物体は何なのでしょうか?

この答えを得るには、まず鉄の製造法を知る必要があります。

鉄は、製鉄所で作られます。
製鉄所と聞くと、グツグツと煮えたぎる溶鉱炉を想像しますが、この溶鉱炉の中では前処理された鉄鉱石・石灰石を入れて、高温の空気を送り込みながらコークスを燃やしています。この時、炉の底では温度が2000℃以上に達っするといいます。

高温で燃焼すると、一酸化炭素(CO)が発生するのですが、この一酸化炭素が鉄鉱石(酸化鉄)から酸素を取り除きます(還元)。すると、残った鉄が炉の底にたまります(溶銑)。この溶鉄を取り出したものが銑鉄です。
この一連の技術を「製銑」といいます。

銑鉄は、その製造法上、炭素の含有量が非常に多く(3~4%)、硬くてもろいため、鋳物材料としてしか使えません。
次に、この銑鉄から炭素や不純物を取り除いて、粘り、強度がある鋼にするのが「製鋼」です。
この製鋼によく使われている装置が、転炉です。
転炉での製鋼は、高炉から出た溶鉄・少量のくず鉄・鉄鉱石・石炭石を炉の中に入れて、高純度の酸素を吹き付けることによって、溶銑中の炭素や他の不純物を酸化燃焼させます。
この作業を「精錬」と呼んでいます。

精錬が終わった溶鋼中には、酸素や窒素などのガスが含まれているので、フェロシリコン、フェロマンガン、アルミ二ウムなどを入れて脱酸します。こうして製鋼された鉄が「鋼」です。

そうです!私たちが鉄と言っている物質の正体は、この鋼なのです。
さらに、鋼には2種類あり、リムド鋼とキルド鋼と呼ばれています。

製鋼では、最終工程で残った酸素や窒素などのガスを脱酸剤を入れて除去しますが、このガスをきれいに除去したものがキルド(killed)鋼です。キルド鋼の製作には、強力な脱酸剤を使用します。
キルド鋼は、高級な鋼材に使用されています。

リムド(rimmed)鋼の場合は、若干の脱酸剤を使うものの、溶鋼中の炭素が脱酸剤として働きながら固まっていくため含有炭素量が少なくなる特徴があります。
そのためリムド鋼は、「低炭素鋼」用の素材として使用されています。その代表格が「SS材」です。
SS材は、正式には一般構造用圧延鋼材(rolled steel for general structure)と呼ばれ、Steel Structureの頭文字をとってSS材と呼ばれています。
先ほど、鉄=鋼と言いましたが、さらに突っ込んで言うと一般的な鉄のほとんどがこのSS鋼材なのです。
用途としては、コンクリートの鉄筋や建物の柱等、建築構造物となるH型鋼、I型鋼が代表格です。
また、建築現場で見かける足場用の鉄パイプや自動車の鉄ホイールもこのSS材由来です。
SS材の特徴のひとつに、熱処理をしないで使うことが挙げられます。

次にS-C材という鋼材があります。これは機械構造用炭素鋼と呼ばれ、SS材とは違ってキルド鋼から作られる高級は鋼です。
S-C材の「C」は炭素のCです。
炭素鋼の含有炭素は、最小0.08%から最高1.5%までが技術的には可能ですが、S-C材のくくりでは0.6%までという規定があります。
それ以上は「SK材」と呼ばれ、「工具鋼」に分類されます。

炭素鋼の分類については、実を言うとJIS規格には、炭素鋼という分類がありません。

炭素鋼は、炭素の含有率が増えるに従って硬くなり、より強靭になります。
また、炭素の含有量が増えると、熱処理で大きな効果が得られます。
しかしながら、その効果も0.6%が上限で、それ以上では焼き入れ硬さはほとんど変化しません。
では、なぜ工具鋼がそれ以上に炭素の量を増やしているのか?というと、耐摩擦性の向上を狙っているのです。

炭素鋼は、炭素(C)以外に、シリコン(Si)、マンガン(Mn)、リン(P)、イオウ(S)を含んでいます。
こうして組成を見ると、前出のSS材も、実は炭素鋼の一種であることが分かります。
そして、この5元素を含む炭素鋼にさらに元素を加えて、特殊な性能を加味した鋼を「特殊鋼」と呼んでいます。
一般的な鋼は「普通鋼」といい、「特殊鋼」と区別しています。

特殊鋼は、S-C材を含めた「合金鋼」と、「工具鋼」、「特殊用途鋼」の3種類に大分類されています。
特殊用途鋼には、ステンレスや耐熱合金などがあります。

ちなみに、鉄鋼の使用量を調べると、特殊鋼が最も多く使われています。
その理由は特殊鋼の分類の中にS-C材が含まれているからです。

以上が、「現代の鉄」に関する自分メモですが、多少は洋鉄の正体が見えてきたのではないでしょうか?

実用刀剣研摩

2012-03-17 15:26:29 | 刀身研摩
鎧武者でも斬ったのか?という程、切っ先周辺の破損が酷い刀身です。

当工房では、外装の修復と共に、刀剣研摩のご依頼もお受けしています。



当該お刀は、居合の練習に多様され、数え切れないほどの刃こぼれが生じています。
特に切っ先の破損は甚だしく、損傷を受けた時のインパクトの強さが想像できます。



当該研摩は観賞用ではありません。
あくまで実用重視と再度の破損を想定した、必要最低限の研摩です。

とは言え、鑑賞用であれ、実用であれ、下地研ぎの工程は変わりません。
この刀身の場合、切っ先の折れ方から、焼刃が非常に硬いことが分かります。
若干不恰好になりますが、切っ先を蛤刃にする必要性を感じます。
また、鎬筋の刃こぼれが想像以上に深く、切っ先の一部が抜けるんじゃないかとヒヤヒヤしました。

観賞用ですと、この状態から更に化粧を施していきますが、今回はここまで。

鞘の鮫皮研ぎ出し加工

2012-03-07 21:05:16 | 拵工作
鞘の修復です。

大切な愛刀は、他人には決して分からない愛着があるものです。
それが例え、原形を留めていない物であっても、大切にする限り刀剣は何度でも甦ります。

日本人は物を大切にする民族なので、修復を施す技術が育まれてきました。



今回は、破損した鯉口部分を下地から補修し、鯉口を銅金具で作成して鮫皮の研ぎ出し加工を施しました。
この鞘は写真の通り、状態が悪く、元の形状が分からない状態でした。


Before: 下地と漆が剥離しており、亀裂がコジリまで走っています。


Before: テーピングでグルグル巻きにされた鯉口部を外してみると、刃方は完全に破損し、角もバラバラです。


after: 鯉口金具には漆を塗らず、地を表に出しました。


after: 鮫皮は一枚巻きで差し裏で合わせました。


ライトを調整すると、グッと渋さが際立ちます。雰囲気が伝わるでしょうか?

途中経過は、拵師(柄巻師)のサブブログ「伝統工芸職人って…」の下記リンクより:
「鞘の修復」(2012年03月02日)
「鯉口金具」(2012年02月27日)