徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

江戸時代の拵修復

2012-06-23 01:16:29 | 拵工作
この拵は、他に類を見ない粋なデザインが随所に見られます。

鞘塗りは、褐色系の松皮の様な変り塗りが施され、鯉口・栗形・裏瓦・コジリは、角を根付の様に加工し、拵えてあります。



柄前の状態は、柄糸が欠落し、様々な時代に一粒一粒貼り付けられた鮫皮がボロボロと一部剥がれ落ちていました。
損傷の度合いを確認してみると、一部柄下地へくい込んでいる箇所もあることから、全て剥がして鮫皮を着せ替えることを断念し、欠落している鮫粒を一粒一粒貼り付けました。



柄糸の色の選択はお任せいただいていたので、正絹にて鶯・萌黄・若葉色あたりを狙って染色を施し、諸摘み巻きで仕上げました。



恐らく、本歌の状態の柄糸も、同一色であったはずです。
理由は、柄頭の裏側に残った柄糸の残骸と、鮫皮の一部に付着していた繊維を顕微鏡で確認した結果、まず間違えないだろうと判断したためです。

短刀の柄前修復

2012-06-20 23:26:36 | 拵工作
日本刀の柄(柄前)には、様々な形状の物があります。
中でも、柄巻きを施した柄前が最も多く、私たち刀剣柄巻師の仕事の大部分は、柄前に柄糸を巻くことです。

今回の修復では、江戸時代の柄下地への柄巻きの依頼ですが、実際には「柄下地の修復、柄成の調整、鮫着せ、柄糸の染色、柄巻き」の一連の作業が付随します。



文章で書くと一行で表現できてしまいますが、実際の作業たるや連日の徹夜など日常茶飯事です。



この柄前は、正絹の柄糸を金茶に染色し、諸摘み巻きを施しました。
手間隙をかけた修復になればなるほど、完成時の達成感は大きなものがあります!

洋鉄と和鉄(その3)

2012-06-19 18:05:56 | 洋鉄と和鉄
不定期にて連載投稿しています、「洋鉄と和鉄」の続きです。

以前の投稿は以下のリンクより、ご覧いただけます。
「洋鉄と和鉄(その2)」(2012年04月28日):S-C材について
「洋鉄と和鉄」(2012年03月18日):現代の鉄とは何か?

今回は、工具類に用いられる洋鉄(現代の鉄)についてご紹介します。
工具類に用いられている鋼は、3種類に分類できます。「炭素工具鋼」、「合金工具鋼」、そして「高速度工具鋼」です。

○「炭素工具鋼(SK材)」について

この鋼材と前回の構造用鋼との違いは、含有される炭素の量です。
何度もいいますが、構造用炭素鋼は炭素含有量が0.6%以下、それ以上が炭素工具鋼とされています。

工具用の鋼材に必要な性能は、「硬いこと」、「摩耗しないこと」、「粘りがあること」といったところでしょうか。これらの性能は、実は炭素の含有量と密接な関係があります。

鋼の硬さだけを考えると、炭素の含有量が0.6%であろうが1.0%であろうが、ほとんど大差ありません。

しかし、炭素工具鋼では、炭素含有量が0.6%以上です。
では、なぜ0.6%以上に炭素含有量を調整するのでしょうか?
実は、鋼の性質として、炭素含有量を増やせば、耐摩擦性に優れた鋼が出来るからなのです。
では、なぜ炭素が多いと耐摩擦性に優れるのでしょうか?
それは「カーバイド(セメンタイト)」と呼ばれる構造と、密接な関係があります。

鋼材を熱処理すると、鉄の中に多くの炭素を溶け込ませている状態から急に冷やされることで、炭素が過飽和の状態になります。
鉄の中の過飽和状態の炭素は、マルテンサイトという組織に変わります。これは鋼の中でも最も硬い構造です。
そして、その中にさらに硬い球状のカーバイドを均一に分布させることによって、例えば硬いコンクリートの中に、さらに硬い鉄球をたくさん混ぜ込んだような状態となり、耐摩擦性に優れた鋼を作リ出す事ができるのです。

このカーバイドは、炭素の含有量が多ければ多いほどたくさん構成され、耐摩擦性に優れた性能を示すのですが、同時に脆くもなります。
従って、耐摩擦性が必要な用途では炭素を多く含有させ、粘り強さが必要な用途では、炭素の量を制限することで、今日の鋼の種類が生まれました。

SK材では、炭素の量は「1種」から「7種」までに分類されています。

・1種 : 1.30% ~ 1.50% → カミソリ、ヤスリ など
・2種 : 1.10% ~ 1.30% → ドリル、バイト  など
・3種 : 1.00% ~ 1.10% → タガネ、ゼンマイ など
・4種 : 0.90% ~ 1.00% → キリ、斧、タガネ など
・5種 : 0.80% ~ 0.90% → ペン先、ノコギリ など
・6種 : 0.70% ~ 0.80% → スナップ、刻印  など
・7種 : 0.60% ~ 0.70% → プレス、ナイフ  など

用途別に見るとSK材はかなり硬く、切削にも十分使用できそうな気もするのですが、切削となるとノコギリ程度が精一杯です。その理由は、鋼が熱に弱いからです。
炭素工具鋼は、200℃程度で焼き戻し処理をしているため、使用中にこの温度を超えると、急激に焼き戻ってしまいます。

さらに、炭素工具鋼は、球状に分布するカーバイドが結晶の中でひも状に生成してしまい、脆くなったり変形したりしてしまい、商業的には商品化できないという問題点がありました。

そのため、カーバイドをひも状から球状にする技術が開発されました。
これにはひも状になったカーバイドを細かく砕くために、素材を叩いたりしごいたりすることなのですが、刀匠は作刀過程で球状カーバイド加工を行っていることになります。
そして、その後に熱処理を行うことで、カーバイドは球状化されます。これを「球状化焼き鈍し」といいます。
球状化焼き鈍し処理の後、工具鋼の焼き入れを行うわけですが、これも前回の構造用炭素鋼のそれとは違い、カーバイドを母材に溶け込ませる必要があります。

鋼の焼き入れは、加熱する事により組織がオーステナイトに変わります。
これを急冷することで焼きが入りますが、炭素工具鋼では、このオーステナイトの中にカーバイドを溶け込ませなければなりません。
このためには、オーステナイト組織を保つために、熱的な保持時間が必要になります。これにより、母材がより硬くなるわけです。

焼き入れが終わると、150℃~200℃くらいで焼き戻しを行います。
このような複雑な工程は、すべてがカーバイドの球状化処理のために行われているのです。

鋼にとって重要なカーバイドですが、その大きさや量などは、JIS規格で厳密な規定があるわけではありません。そのため、同じ工具でも、製造国やメーカーが違えば製法も違うため、物の良し悪しがでてしまいます。
良く斬れて長切れする刀を作る刀匠。鑑賞的価値を優先する刀匠。これらの違いがはっきりと出てしまう要因の一つに、カーバイドの存在があるのかもしれません。

柄前の修復

2012-06-13 21:13:44 | 拵工作
江戸時代の脇差拵えの柄糸を巻き直しました。



柄糸を巻き直すと、どうしても拵えの雰囲気が変わってしまいます。
そこで、時代の雰囲気を損なわない様に、同じ色の柄糸に染色します。



全く同じ柄糸で巻き直せば良いかというと、実はそうとも限りません。
特に、江戸時代の柄糸は、鮫を多く見せるために若干幅広の柄糸を用いるケースが多いのですが、拵え全体のバランスや雰囲気を活かすためには、柄糸の選択に細心の注意が必要です。

今回は、拵えとしての美しさを強調するために、本歌の柄糸よりも若干幅の狭い柄糸を選択しました。これにより菱の大きさが小さくなり、柄前がしまって見えるようになります。



単純に巻き直すといっても、柄糸がここまで朽ちているのですから、柄下地・鮫皮の状態を確認しなければなりません。
そのためには柄糸を外すだけではなく、鮫皮も剥がします。
案の定、柄下地は虫食いによってボロボロでした。しかしながら、鮫皮は見事な一枚物でした。ここまで健全な鮫皮は、よほどの高位な武士でなければ考えられません。

柄下地修復時の投稿は、下記のリンクより:
「柄前の修復」(2012年06月07日)



鮫着せの作業では、時代を経た鮫皮は縮んでしまって合わせ目が開いているので、しっかりと合うように調整します。


よほど近くまで寄らないと、合わせ目が確認できないように仕上げます。

脇差の修復ですと、大刀よりも短いのだから簡単だろうと思われるかもしれませんが、工程が同じため、修復に要する時間はほぼ同じくらいかかってしまいます。

実用の美

2012-06-03 21:21:47 | 拵工作
江戸時代の美意識とは、どのようなものでしょうか?
現代の職人がぶつかる壁の一つが、この「江戸時代の美意識」です。

今回の拵えは、そんな江戸文化を復古する試みでもあります。



日本刀にとって、柄前は拵えの顔です。
拵え全体のバランス・刀身とのバランス・色のコントラスト・使用感、どこを取ってもバッチリという拵えを作ることは、非常に難しい作業です。
そこにきて、柄前が如何に重要なポイントであるか・・・は、説明の必要が無いほど一目瞭然です。
そのため、柄前の制作には細心の注意が必要になるわけですが、江戸時代の刀剣職人は、現代の職人が難しいと感じることをいともたやすく成し遂げています。
例えば、柄成などは、絶妙なバランス加減で仕上げています。

そんな江戸時代の職人たちに、一歩でも近づくためには「実用の美」を意識しないことには、どのような技法も意味を成さないと感じています。

この拵えでは、まさに「実用の美」を具現化することを目指して制作しました。
既に鞘に潤み塗りが施してあったため、鞘の色やイメージ・バランスに合わせて柄前を作りました。
特に鮫皮の着色・柄糸の染色に、今までの研究成果をこれでもかあ~とつぎ込みました。

鮫皮の漆塗り時の投稿は、拵師(柄巻師)のサブブログ「伝統工芸職人って…」の下記リンクより:
「鮫皮着色」(2012年06月01日)

柄糸の染色時の投稿は、拵師(柄巻師)のサブブログ「伝統工芸職人って…」の下記リンクより:
「柄糸の染色」(2012年05月16日)



だいぶ、江戸時代の粋な仕事に近づけましたでしょうか?
昨今の「美術刀剣」という風潮が、職人の目を曇らせていることは間違えありません。
本来、刀剣の外装とは、民芸運動にも通ずる実用美の集大成なのです!



完成直後のコメントは、拵師(柄巻師)のサブブログ「伝統工芸職人って…」の下記リンクより:
「江戸拵」(2012年06月03日)

ちなみにこのお刀は、刀剣業界の大恩人にして、日本を代表する武道家の方の差料です。
今回、そんな大先生にご納得いただける仕事ができたことは、私の人生において1つのターニングポイントになると思います。