徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

闇蒔絵鞘打刀拵

2019-12-22 15:15:33 | 拵工作
新たな拵が完成しました!



毎年恒例、年末年始の集中工作にテンヤワンヤの状態です。
たまにはゆっくり年末年始を迎えたいものです(*:今年から時流に流され年賀状を遠慮させて頂きますので、その旨ご了承ください)。



昨今、リピーターからのご依頼が大半を占めておりますが、この度は初めてお仕事を頂く方からのご依頼です。



当工房では基本的に、外装制作は下地からおこして完成に至るまで御刀が工房を離れることはありませんが、今回は違います。
まず、ご依頼者様が持ち込んだ状態で、すでに下地が完成していました。おそらくベテラン職人(鞘師さん?)の手によるもので、大変繊細な加工が施されていました。



刀装制作は、大きく分けて2種の工程に分かれます。
拵下地を作る工程と、鮫革着せや柄巻き、鞘塗といった仕上げの工程です。
通常、下地を作るのは鞘師さんの持ち場で、鮫革着せや柄巻きは柄前師さん(柄巻きに特化して鮫革工作をしない職方さんや逆に鮫革加工のみを施す職方さんもいるので、ここでは総称的に柄前師とします)、鞘塗は塗師さんが各々受け持ちます。これ以外にも、刀装具を刀身に合わせて調整したり、ハバキや切羽を作る白金師さんも重要な役割を担っています。



前述の通り、当工房は全ての工作工程が守備範囲ですが、その理由の一つは多くの刀職が持ち回りで工作に取り掛かるとチグハグな外装を作り出してしまう危険性があって拵の最終調整が難しくなる場合があるのですが、そうした無駄な労力を極力少なくしたいからでもあります。(本来は、コーディネーターたる刀剣商さんなどが音頭を取るのですが、現在この立ち位置の識者がほぼ不在と言われています)
実際に、ベテランの職方さんたちが各々の領域を受け持ったにも関わらず、各々の箇所が自己主張をしてしまって全体のまとまりという意味で拵えとしての完成度が著しく低下した刀装を拝見することがあります。
さらには、大変高名な先生方の工作でも、修正のご依頼で当工房へ再度持ち込まれるケースが後を絶ちません。例えば、反りの深い刀身に反りの浅い直刀用?の真っ直ぐなハバキが作られているケースなど、鍔が上を向いているような不自然な外装に仕上がってしまったりします。



今回は、高い技術力を必要とする塗りを施しますので、名実ともに当代きっての名塗工師中田陽平さんに、鞘塗をお願いしました。



中田さんは、漆器の産地として有名な香川県高松市にてご家族で中田漆木(http://www.nakatashikki.com)を長年営んでいらっしゃる代々の工芸家さんです。
以前から交流があり、中田さんのものつくりへの情熱と直向きな姿勢には、常々共感を覚えておりました。
新宿高島屋さんでのイベントの打ち上げの席にて、「いつか共同でものつくりに挑戦したいですね!」と意気投合していたもののなかなかチャンスに恵まれず、この度長年の思いが結実するよい機会になりました。



ご依頼者様からはお任せ頂いていた部分でもありますが、鞘塗は意匠を凝らして闇蒔絵で仕上げたいと考えて構想を練りました。



となれば、一通りの塗り方をかじっただけの当方の腕では力不足(Unknown様より誤用のご指摘を頂きました。×役不足→○力不足、お恥ずかしいことですがご指摘頂きお礼申し上げます。)ですので、卓越した技術を持った専門家中田さんに相談した方がより良いものをカタチにできると考えて、今回の共同制作の相談に至ったのでした。



途中、当方の至らぬ情報共有の不味さから、塗り直しをお願いするなど2度も鞘塗をお願いする羽目になってしまいましたが、結果的に良い作品に仕上がってくれました!(初の合作でしたので、妥協を許さぬ姿勢で臨みたいという思いに、中田さんを付き合わせてしまいました。)中田さんには、お忙しい中多大なご協力とお仕事のご負担をお掛けしてしまいましたことを、この場にてお詫びとお礼させて頂きます。



とはいえ、本当によい刀装に仕上がりました。他ではちょっと目にすることのできない意欲的な創作刀装の美を実現することが出来たと思っています。


作業中の中田さん

これからも、当工房の鞘塗は、中田漆木さんにお願いする予定です。中田さんの卓越した技術をご所望される方は、ぜひ当工房へご相談ください。


中田さんの動画も絶賛配信中!

短刀修復

2019-10-26 04:03:37 | 拵工作
短刀の修復が終わりました!



刀剣の工作では、刀身の長さに関わらず一振りに掛かる工作内容はほぼ同程度の労力・時間が必要です。単純に考えると、短い短刀類よりも長い刀の工作の方が大変なイメージがありますが、必ずしも長さに比例して難易度が上がるわけではありません。確かに材料費は大きな作品になればなるほど嵩みますし、材料を厳選する都合上時間も要します。
ところが、実際の工作となると極端な長さや形状の違いでもない限り、結局工程が同じである以上工作に大差ないというのが実際のところなのです。

今回のご依頼は、ネットオークション?で購入された短刀のご相談です。「現状の完成度が低いので何とかしたい」というものなのですが、最近多いご依頼の特徴の一つでもあります。
写真写りのみを向上させるために取り合えずそれらしく修復?加工?された刀剣をお持ちになる方があまりにも多いです。
ご購入されたまでは良いものの、実際に手に取ってみるとその完成度の低さに辟易するらしく、当工房へご相談をお寄せになります。

この度の工作内容は、刀身の再研磨、柄前の新規作成、鍔の交換、鞘の修復、つまりほぼ全てに手を付けました。



この手の御刀の特徴は、鞘をラッカー塗料で青貝散しの笛塗りに仕立てているケースが多く、柄前も流用下地に雑な諸捻の柄巻を施していることが共通しています。
おそらく器用な素人さんが、趣味が高じて錆身を光らせて外装をそれらしく補修し、インターネットで転売して利益を得ているのでしょう。
我々刀職ならずとも、実物を見れば購入を躊躇するような出来ですが、そこはインターネットの魔力でしょうか?刀剣にしては安いという感覚で、ついつい手を出してしまうようです。

ところが、そうしたオークション出品者は刀身の本来の価値を理解しないままガリガリと削ってしまうのか刀身が痩せてかなり消耗しています。また、刀身に合わせた研磨なども施すはずがなく、直刃調の刃取りで化粧を施すため、本来の刀身の美しさが失われています。



まずは刀身を研ぎ直してみると、働きに富んだ出入りの激しい焼刃が顔を出してくれました。



柄前については、使用感やバランス・刀身に合った形状など考えられているわけもなく、これ以上手を付けられないので新たに作りました。



ご要望により、グッと引き締まった立鼓型に仕立てて、戦国時の雰囲気を復古しました。



鞘のコジリがあらぬ方向を向いていたので、新たにコジリを作り直して、蝋色に漆を塗って仕上げました。



ここまで修復を加えると、グンと見違えるように刀剣らしい形状に生まれ変わります。
但し、ここまで手をかけるには、時間も労力もかかります。
できることなら実物をご覧になって購入されることが、納得の一振りと出会う最短ルートであろうと存じます。

新作拵

2019-05-28 16:49:50 | 拵工作
年号を跨ぎ、刀剣修復と外装制作が完了しました!



時代は平成から令和へと移り変わり、新たな気持ちでご依頼者様にご愛用頂けることを願うばかりです。



さてさて今回のご依頼も、尋常ならざるハードルを越えた遥か先にゴールが見え隠れする個性的なご相談から開始しました。



お送り頂いた御刀と同封頂いた刀装具に一抹の不安を感じながらも、毎度のことながら当工房でしかできないであろう工作内容を鑑みて、お受けすることといたしました。



刀身は、打刀拵を作るには茎反りが深く、現代拵(新作?)が付属するも体配からくる弱点と強度を補う為か?柄の重ねを極限まで厚く作ってあります。ここは、下地材の厳選と柄成の調整を図れば、何とか解決できるだろう!と考え工作を開始するも、ご依頼者様より下地は再利用してほしい旨の難解なご指示に撃沈・・・。



しかも、同封頂いた縁金具は厳密な意味で縁装具ではなく、柄縁様の金具は薙刀のもので大刀に用いるには若干身幅が狭く(脇差サイズ)腰が深く、楕円形の形状からは柄成を殺してくれと言わんばかりの作り込みです。極めつけの頭金具に至っては、縁に対して異様に大きな作り込みから柄頭ではないことは一目瞭然で、江戸肥後系の鐺(泥摺り)です。さて困りました、ご依頼者様とのやり取りの中で刀装具変更への余地は微塵も感じられないことから、徹底的に刀装具へと生まれ変わらせる以外に使用できません。



本来尻に着けるものを頭に被せる罪悪感と名品に孔を穿つ罪の重さに耐えながらの工作に手が震えます。



そして刀装具上の最大の問題は、例え薙刀金具と鐺を各々縁頭に生まれ変わらせたとしても、頭が張り縁がつぼむという不格好な形状を如何にまとめるか?という課題が依然残されていることです。



上図の様な不格好さを緩和するため、目の錯覚を利用した柄成の加工と鞘のバランスの調整に挑みます。ちなみに鍔は現代製の鑑賞?を主目的に制作されたものらしく、茎櫃が真ん中になくバランスが不自然です。やむなく鍔にも加工を加えざるを得ません。ちなみに、ハバキも銀着せ一重の半ば剥離した破損品で、やむなく材料を再利用して銅一重ハバキに作り直しました。



そして、今回第二の難問は、ご当地の鹿革を用いて柄巻を施す旨のご依頼であることなのです。刀装には、古来より厳選された鹿革が用いられてきましたので、直ちにお送り頂いた鹿革を使用することが出来ず、柄革に加工できそうな業者さん巡りをする羽目に・・・。



業者さんに加工して頂いたものの色味の調整が必要であったため、さらに革紐の染色を行いました。



何とか材料が揃い、拵へとカタチを変えていきます。



斬りヒケだらけの刀身も、一旦研磨します。



サービス研磨なのであまり手を掛けられませんが、研いだ感触から言って非常に良い刀身です。



今回は、ご用意頂いた刀装具を活用することに精一杯であったため、特に掟へのこだわりはありませんが、強いて言うのであれば肥後系の拵様式にまとめました。



鐺(泥摺り)は、鉄刀木で一から削り出しています。



最後にお祓いを済ませて納品です。ご依頼者様に気に入って頂けることを祈るばかりです。



なお、今回は北国からのご依頼でしたので、白鞘は通常のものよりもかなり厚めになっています。

刀剣外装の個性

2019-02-14 02:15:22 | 拵工作
先日納品を終えた刀装です。



昨年、お客様が工房に持ち込まれた錆身の中にその御刀はありました。



見るも歪な刀装は、鞘の長さに比べて柄前が極端に短く、柄巻は素人の手による不格好さだけが目立つひときわ薄汚れた様相を呈していました。



それでも、鞘の変り塗りには目を見張るものがあり、鞘の形状は重ねをギリギリまで薄く作り込み、刀装具に至っては薄汚れてはいるものの生れの良さが垣間見える不思議なオーラをまとっていました。



刀身を抜き放つと、古研ぎにより曇った刀身には部分部分に赤サビがまとわりつきお世辞にもよい状態とは言えませんでしたが、明らかな南北朝期の刀身に古刀然とした地金、焼き刃に至っては直刃調の働きに溢れた古名刀でした。
若干茎をつまみ底銘となるも古風な二字銘が確認できる雰囲気の良い御刀です。



何でも、欠点が多く処分価格で店頭に転がっていた一振りで、ご依頼者様が「ならば!」と購入されたとのこと。

刀剣の欠点の中で最も嫌われる条件は、「健全でない」ということに尽きます。この御刀の場合は、刃切れという刃紋の断絶が刀身に表れていることが致命傷となって美術刀剣としての取り扱いを得られないまま放置されていたのでしょう。(ちなみに刃切れについてですが、古来よりその部分から刀身が折れやすいなどと言われてきましたが、実はさほど性能に違いはないそうです。)

ところがご依頼者様は、武道をたしなむがゆえに刃切れ承知でお買い求めになり、こうしてわが方まで何とか使える状態に修復したい旨のご相談でお見えになりました。

今まで、刃切れがあるがために打ち捨てられた刀剣を幾たびも見てきた私としては「やられた!」と、この度のご依頼者様の心意気に打たれてしまいました。



こんな粋な仕事を果たすために、私は長い時間を費やして修復家の道を志したことを改めて思い起こし、熱いものがこみ上げてきたのでした。

となれば、直ちにも修復に取り掛からなければなりません。当工房では、基本的に直請けのお仕事しか頂かない関係上、上記の様に使用者様との直接の会話が可能なのでご依頼のいきさつやお考えをお伺いすることができます。また、納期の厳密な期日を定めていない関係上最低限のお代を頂くに過ぎないのですが、一つの工作に掛かりっきりになってしまうとたちまちに赤字仕事になって生活が成り行かなくなってしまいます。というわけで、今回の仕事は赤字決定(笑)。

それでも、ご依頼者様の粋な心意気にほれ込んだお仕事であり、打ち捨てられる可能性が高かった古名刀が命を吹き返す瞬間に立ち会えるわけですから、この仕事の醍醐味を味合わせて頂きました。



鞘の配色に重きを置いて、拵全体の色味の調整にこだわりました。





まず、劣化の酷い柄前を分解します。案の定、柄下地には亀裂が走り、武道用途など危険極まりない状態でした。



鞘の長さに合わせて頃合の長さの柄下地を作成!



もちろんご依頼者様の好みの柄長、操作性、目貫の位置、バランスの調整が念頭に置いての作業になります。



掻き流しの樋の形状に合わせて下地の内側を掻き入れていきます。



昨今の職方は入口周辺のみでよいといった解釈をしている場合がありますが、ギリギリまで樋に添わせて下地との密着度を高める努力が必要です。次に、鮫革を腹合わせで総巻きに包み、漆で塗り固めます。この時、鮫革を固めるための漆、色味を調整するための赤みを帯びた漆、表面に塗る漆の三種類を用いて、拭き漆仕上げとしました。特に大きめの親鮫などは擦れて下層に塗った朱色が顔を出す寸法です。



最後に、鞘の色に合わせて染色を施した柄糸を諸摘み技法で巻き上げました。



今回の染色では、鞘の色に合わせることはもちろんのこと経年による汚れを加味して若干明るめの色調に抑えました。



これから何年もご使用頂く中で、より柄糸の色味に深みが増していくことを期待しています。





おっと、忘れてはいけません!刀身の所々に噴き出た錆を除去します。
部分サビというものは、想像以上に刀身にダメージを与えています。今回の御刀は、南北朝期の刀身であったためサビが深く入り込むことがなかったものの、特に錆の酷かった横手周辺は備水砥まで戻って研磨を施しました。



*:今回の工作では全体的に朱色の刀装に仕上げましたが、全く違う方向性で対極になる色味の柄前を作ったとしても、刀装のイメージを汚すことはありません。むしろ、本来はもう少し柄前が自己主張をする様な刀装であったと思います(ただの憶測)。



これにて色味の調整を施した刀装の修復は、終了です!

熊本復興拵(こしらえ)

2018-12-20 19:04:50 | 拵工作
ユニークなアイデアをふんだんに盛り込んだ肥後拵が、完成しました!



実に長い時間がかかってしまいましたが、まずは純粋に完成を祝いたいと思います。



この度のお仕事は、刀匠さんからご指名を頂き、ご依頼者様が遠方遥々ご来訪頂くという大変珍しくも有難い、私の人生にも大きな影響を与えることになったご依頼です。



ご依頼者様にお会いした時、お時間の許す限り「この御刀がなぜ作られたのか」、「どのようなお考えでご依頼に至ったのか」、「どれほど多くの思いが詰まった御刀であるか」等々一連の事情をお伺いし、その重みに触れるにつれて目頭が熱くなるような気持ちで刀身をお預かりしました。



思えばその瞬間から、私とこの刀との奇妙な共同生活が始まったのでした。



この数年間、片時も傍を離れることなく寄り添い、目が合うたびに話しかけ、共に酒を酌み交わし、時には夢中になったり疎ましく感じたり・・・、もはや物と生の垣根を超えた友と化したかのような錯覚に陥りました。(実は同じような事情で、なかなか工作が先に進まない御刀があと数振りあるのですが、それはまた別の機会にご紹介します・・・。)



というわけで当初、生半可な気持ちではお請けできないことからご依頼をお断りすることも考えた程でしたが、考え方によっては「これ以上の職人冥利に尽きるご依頼はないのでは?」と考えるに至って、正式にご依頼をお引き受けすることになりました。



始めの1年目は、ご依頼時に伺っていた設計で制作を開始するも、作業半ばで大幅な指示の変更があり、それまでの材料が無駄になるというハプニングもあったものの、仕切り直しで一から構想を練り直し設計を見直しました。



難易度の高い工作になればなるほど、「より良い外装に仕上げるのだ!」と気合を新たにして、果敢に挑み続ける楽しみが増えます。



新しい指示は、当初の詳細な指示とは裏腹に、ザックリ「昆虫」(鞘はハチの巣をイメージ)という方向性で作り上げることになりました。



ご依頼時からご予算の都合が全く成り立っていなかったことと、制作期間中に発生した熊本地震への復興のために何かお手伝いができないものか?という個人的な考えとが相重なって、この度の御刀が現地の復興の手助けになるのでは?という自分勝手な考えが芽生え始めました。
ここは一つ「資金集めから始めるぞ!」という、強い意志が育ちました。



ここで刀剣工作から少し脱線して、震災復興の話をさせて頂きます!


東日本大震災で甚大な被害をうけた女川町の現在

昨今、日本中で頻発している地震による被害は甚大で、不幸にも被災された多くの方々は今だ過酷な状況下で生活しています。特に東日本大震災を皮切りに、平成28年(2016年)の熊本地震、今年の北海道胆振東部地震と、各々震度7を観測する大地震が日本各地で発生しており、未曾有の災害に見舞われた地域では、復興に向けた取り組みが必ずしも充実しているとは言い難く、九州や北海道は首都圏から離れた地域ということもあって、もはや震災があったことすら忘れかけている人たちも多いといった有様です。

そんな各地方に長く根付いていて地域の文化圏と切り離して考えることができない伝統的な文化の中に、古流剣術などの武道が含まれています。そこで私は、復興の陰で二の次にまわされがちなご当地の伝統文化を守ることも、長い目で見て必ずや震災の復興に繋がると考えるに至りました。



この度、足りない資金はご当地体験をビジネス化している旅行会社さんの協力の元、近隣学生さんたちのお力添えで、鎌倉の製鉄文化を紹介するツアーを開催して資金を調達することにしました。



もちろん一工芸職人が始めることですから、右も左もわからない手探り状態の中からの出発でしたが何とかご好評頂き、回を重ねるごとに自分自身楽しませて頂くことができました。特にうれしかったことは、リピートを希望される方が圧倒的大多数で、数多くのお礼の言葉を頂けたことです。



ツアーにご参加頂いた皆さんには、ツアー終了後に参加費を熊本の復興に用立てさせて頂く旨のご了承を頂き、何とか材料費を工面することができました。



次に、実際の工作に移るわけですが、今回の設計は試行錯誤の連続でした。



刀身は、現代名工の渾身の打ち下ろしで、豪壮な作り込みから奉納刀かと見紛うほどでしたが、実際に武道にお使い頂けるようにバランス調整や手持ちの改善を施していかなければなりません。



注目して頂きたいのは、研ぎ出し鞘の意匠です。



仕切り直し後の新たなご要望は『ハチの巣』ですので、まずは鮫革を細かく六角形に切り出してパズルの様に組み立ててみました。ところがこのままいくと全面を覆うころには部分部分で歪なパズルが生じてしまい、どうにも不格好なためボツ。



次に、正確にサイズと角度を計算しながら、大きめのモザイク画を作る様に当てはめてみました。完成度の高い外装に仕上がるものの、朴訥とした武骨な表情が影を潜めて美しいばかりの拵になってしまいました。さらに、貼り合わせた鮫革が一部剥離するなど、強度面の欠点が浮き彫りに・・・。



次に、問題点を洗い出し、貼り合わせる鮫革のサイズを強度に耐えうる最低限のサイズに仕上げてみました。出来上がった鞘は、デザイン性がどうしても私の美的センスとかみ合わず、あえなく破棄。どうやら発想を切り替えて、ハチの巣をデフォルメする必要がありそうです。

最後に、指し裏には強度を、指し表には意匠性を取り入れて、色味を調整しながら研ぎ上げたのがこの鞘です。



本来、鮫革の合わせ目は裏側にきますが、逆転の発想で合わせ目を意匠に仕立てて相反する強度とデザインを両立させる試みに挑戦しました。



結局、鞘5本分の材料を無駄にしながらも、何とか完成しました。



今までに作ったモダンな鮫の研ぎ出し鞘の技術を応用して、今までにない肥後拵に挑戦したわけですが、本場の愛好家の方々に快く受け入れて頂けるのか?は全くの別問題です。



「これは肥後拵ではない!」と言われてしまえば努力は無駄になってしまいますし、伝統的ではないという批判があればご依頼者様にも迷惑をかけてしまうかもしれませんので、一種の賭けになります。



それほど、〇〇拵という伝統的な様式美は踏襲が難しく、巷にあふれるナンチャッテ拵がいかに出鱈目な代物であるかということを改めて知って頂きたいと思います。



今回独自の試みとして、公共性の高い使われ方をされるであろう御刀の工作代を、工作の対価以外のカタチで捻出することで、伝統工芸の社会的価値を広く知って頂く機会になればと思い活動を行いました。



批判もあるかと思いますが、この機会にニッチな工芸分野の存続の意味について、考えて頂く切っ掛けになりましたら幸いです。



さらに、熊本の復興に一役かってもらおうなどと大それた企みは、物言わぬ刀剣に勝手に役目を押し付ける行為であって大変罪深いと思いますが、そうでもしなければ拵えの完成は絶望的であったことから、御刀には申し訳ないのですがもう一仕事かって出て頂こうと思います。


短刀拵のバランス

2018-12-19 00:24:48 | 拵工作
日本刀は、硬軟多様な鉄からなる鋭利な刀身と、刀身を保護し使用に耐えうる外装(刀装)とからなる総合芸術品です。

刀剣の美意識は、長い時間をかけて確立した独特の湾曲と、刀身を研ぎ磨くことによって鑑賞を可能にする研磨技術、そして使用感の改善と刀身保護の役割だけでは収まりきらない刀装の意匠性とが相まって「実用の美」を醸し出しているところに魅力があるのだと思います。

事実!実用品であるからこそ美術品としての立ち位置に収まりきらず、今日でも世界中の愛刀家を引き付ける引力を保ち続けているのです。私は、「実用の美」を内包していない刀剣には存在の価値すらないと思っていますが、戦後の日本刀は美術刀剣として取り扱うことが法律で定められているため、現代の定義に引っ張られるように工芸家も美術品として刀身及び刀装を制作しているというのが現実です。

結果的に実用性のない不実な美があふれ、本来の刀身や刀装の性能が軽視されていると感じています。当工房では、日本刀を実用品として使用感や性能を最大化する技術を継承し発展させる努力を続けているため、刀剣に対する考え方も極力実用品として捉えるようにしています。

この度の短刀は10年ちかく前にお作りした作品で、制作当時に操作性を意識して使用感の改善とバランスの調整を施しています。過去記事はこちら


納品当時の写真

長い間ご依頼者様にご愛用頂き、擦れや経年のキズなどは見られるもののほぼ制作当時のままに機能してくれています。


修繕前の状態

ところで、ヤフーさんのウェブサイト提供サービス終了に伴い、ホームページを一時的に閉鎖させて頂いたのですが、画像類の保管場所に使っていたため古いブログ記事の写真が読み込めなくなってしまいました。折を見て再度更新していきたいと思いますが、何分古い写真なので見つからない可能性もございます。ご来訪くださった方々には大変申し訳ございませんが、精一杯修復に努めますので、その旨ご了承の程お願い申し上げます。



目に見えない箇所の状態も確認するため、一度柄前をバラバラに分解して、再度組み上げました。



今回は、大刀の柄糸に合わせて同じ柄糸で柄巻を施し、大小として御刀を佩びて武道の稽古に用いて頂きます。



この拵えは、復古調の外装様式を取り入れてお作りしましたので、柄成にも気を配りました。



柄成が、鍔元からグッと折れ曲がる様に湾曲しているのがわかるかと存じます。古作の短刀などに見られる振袖茎の刀身に着せた外装様式は、このような形状であったと考えられます。



柄頭を地面に垂直に立てると、より腰反り感が理解しやすいです。例えるならば、蕨手刀の様な形状に仕上がっています。



柄を外すと、実は茎はまっすぐの形状で、茎反りなどはありません(新々刀刀身)。意図的に、刀身とは違った形状を外装で作り出しています。
日本刀のバランス感は、刀身の形状・使用用途・時代考証など、狙った様式によって著しく左右されます。今回の拵えは幕末に流行した復古調の外装(腰刀や鍔刀の写し)を狙ったため、このような形状に仕上がっています。ようは、何を意図するか?誰がどのように使用するか?によってバランス感は大きく変わりますので、ご参考までに!



鞘の形状にもこだわっています。通常の鞘の半分ほどの重ねに仕上げてあります。長時間身に佩びていても疲れにくいカタチに仕上がっています。今回は、鞘には一切手を加えていません。

次の10年も、遜色なく機能を続けてくれることでしょう!

用途に合わせた刀剣外装

2018-11-01 03:26:05 | 拵工作
経年により破損した刀剣外装の修復です。



刀剣外装の中で、破損が致命傷になる箇所は、柄前です。

特に柄下地に亀裂や劣化が見られるケースでは、下地を新たにお作りする以外に性能の改善を図ることは難しいです。

今回も、柄下地が破損しており、武道の稽古に用いるにはとても危険な状態でした。
そこで、刀装具はそのまま流用して、柄前を作り変えることになりました。



今までの柄前の使用上の欠点や問題点を洗い出して、新たにお作りする柄前の設計を練り上げていきます。



今回は、柄成を変更し、柄の長さをご依頼者様の好みに調節します。



また、柄の重ねと幅もより実用的に修正を加えました。



今回も、拘りをもって漆黒の外見に作り変えました。バランスや手持ちの良さを考えて、同時に鍔も変更、責金加工を施して取り付けました。



柄前の形状(柄成)にはいろいろな種類がありますが、好みに応じて選べるのか?というと必ずしもそうはいかず、刀身の性能を最大限に生かすための形状、使用者にとって使いやすい形状、外見上のバランスなど、様々な制約のある中で掟を勘案しながら選択します。



写真の刀装はすべて黒漆の打刀拵ですが、柄成は上から立鼓・刃方一文字・諸反りになります。おおよその形状は、刀身に依存していることが分かりやすいと思い並べてみました。

一見同系統の外装にも、個性があることをご覧頂けましたら幸いです!

刀剣のTPO?

2018-10-19 23:38:38 | 拵工作
前回に続いて、新規作成の御刀外装です。



愛刀に打刀拵を新しくお作りする場合には、大きく分けて二種類の方向性があります。
衣服のお仕立てと同じように、フォーマルかカジュアルかという2通りの選択肢があるわけです。



帯刀を許された武士が、藩の御用向きで勤めに従事する時や冠婚葬祭の席など、正装で出席しなければならない公の場では裃指(番指とも)に代表される儀仗拵が用いられました。
逆に、日常生活や私的な用向きでの外出には、個人的な嗜好性が反映した常指が用いられました。
一つの刀身に、上記2種類の外装が作られていたケースが多かったようで、余裕のある武士は何種類もの外装や刀身を所有していました。

当工房へのご依頼で多い選択肢は、どちらかというと常差です。特にご相談頂く内容では、写し拵や江戸期の常指というよりは、室町・戦国期のようなより実戦的な外装をご所望になる愛刀家が増えています。



ところで、最近よく「武家文化」という言葉を耳にしますが、武士階級が明確に線引きされた江戸時代ですら、武士は日本の総人口の1割にも満たないごく一部の特権階級とされていて、その文化様式となると一般人は接する機会が著しく限られたものでした。
そんな閉鎖的な文化圏をカタチとして垣間見ることができる最たるものが、武士の商売道具である刀剣であり美意識や価値観が結実した刀剣外装でした。
ですから、刀剣外装には大変深い意味で文化的特色を内包していると考えられています。

近年の武家文化発信事業?では、武家社会の生活様式や文化圏を独自に着色して、あたかもトレンドリーダー的な強いムーブメントであったかの如く紹介しているケースを目にします。
実際は、町人文化が圧倒的大多数を占めている社会の中でマイノリティーな存在であって、今だよくわからない部分が多いというのが事実です。
だからといって、独自解釈の武家文化が幅を利かせることは、文化の悪用に他なりませんので警鐘を鳴らしたいと思います。
例えば、居合道の高段者による演武で、周囲から「先生、先生」ともてはやされている剣士が、朱鞘の愛刀を自慢げに携えている場面などを目撃すると、顔から火が出そうになります。
特に、京都の武徳殿など玉座を頂いている格式のある会場では、当人ばかりか黙認する側も文化の破壊に加担している責任をご認識頂きたく存じます。



さてさて、今回の修復では前回の御刀同様、刀身の研磨、ハバキの微調整、刀装具の入手(鍔の責金、切羽作成含む)、拵一式の新規作成と、一連の作業を長時間頂いて完成させました。
長らくお預かりしてしまいましたが、やっと完成です!



この度の外装は、前出の江戸期の常指様式(カジュアル)の拵になります。



刀身は、切っ先が延びごころに反りが浅く、身幅広く重ねが薄い典型的な慶長新刀体配です。



この形状の御刀にしか実現できない工作として、ギリギリまで鞘の肉重ねを薄く削いで指し心地に配慮しました。また、柄前の設置角度を調整して鞘を掃った状態で使用時のバランスを調節しました。



さらに、以前お作りした脇差と「対になる大小拵になる様に!」とのご依頼でしたので、記録と記憶と実物を頼りに作り込んでいきました。



今後の方策として、脇差の柄巻を今回の同一の柄糸で巻き直させて頂けば、粋な大小拵の完成と相成ります!



あとは武道のお稽古に、存分にお使い頂いて実用の美を体感して頂きたいと思います。

日本刀の外装

2018-10-19 03:10:28 | 拵工作
新しい打刀拵が完成しました!



この度お作りした拵えは、戦国期の使用感を体現できるように時代考証を重ねつつ操作性に重点を置いて制作しました。



ここで打刀拵の歴史について触れたいと思います。

打刀拵の登場は、応永期から!というのが刀剣学の通説です。
厳密には、応永20年前後と言われていますが、それでは応永以前には打刀(刃を上にして携える外装様式)はなかったのか?というと、この認識には若干疑問の余地があります。
厳密には、現存する拵が見当たらないという表現が妥当なのです。

このことを裏付けるように応永期以前の刀鍔が確認されているので、打刀様式の外装は、どうやら室町初期には全国的に普及していたようです。
さらには、当時太刀の所有が上級武士に限られ、格式や身分に応じて拵えの様式が制限されていたことを考え合わせると、下級武士・郎党のたぐいは元来打刀を用いていたのではないか?と思えてきます。となると大変です!

打刀の登場が通説よりも前倒しになるということは、その普及の理由や起源までもが曖昧になってしまうからです。
固定概念を排して考えると、打刀の登場は平安・鎌倉までさかのぼる可能性も排除できなくなってきます。

「この三流職人が言っているのは、腰刀であろう!」と指摘を受けそうですが、長寸の腰刀は各地の神社仏閣の奉納刀身の中にそれらしい物が確認されていることから、鍔を用いた腰刀(鍔刀とも)が一切なかったと考えるには、前出の通り刀鍔を無視しなければならず、それこそ不自然なこじつけの様に感じます。

つまり、今日の打刀の原型あるいは完成された打刀拵は、想像以上に昔から用いられていた可能性があり、その用途・製法にいたるまで通説を覆すロマンを秘めているのです!



そんな謎の多い打刀拵ですが、この度の戦国期の復古調外装をまとう御刀は、作刀期の姿を留めた腰反りの強い刀身です。
茎の指表に古風な二字銘があり、鉄味・鍛え・焼刃・反りの形状から鑑みて素直に室町期の特徴を感じさせる同時代の実戦刀です。
これまで不遇な処遇を受けてきたとみえて、斬りヒケ、サビ、曲がり、付属の白鞘・ハバキにいたっては合わせ物、お世辞にも健全な状態ではありませんでした。
しかも白鞘は内側にサビが移り、ハバキは刃マチに干渉してあらぬ方向を向いています。
拵えを作るどころか、このままでは刀身の破損に繋がる危険な状態です。
毎度ながら、前所有者?刀剣商?の雑な扱いに苦しめられてきた御刀を見る度に、もの言わぬ錆身なれど「今までよく耐えた。まだまだ大丈夫!必ず用の力を取り戻せますからね。」と、労いの言葉をかけずにはいられません。



まずは、拵え工作の下ごしらえとして整形研磨を施し、次に合わせハバキを刀身用に再加工(通常は新規作成が必須ですが、今回は部分的な調整に留めて刃マチの干渉部位の補修と拵えが作れるように設置角度の調整を実施)。
白鞘を分解して内部の錆の除去と刀身に合わせた微調整を終えたところで、やっと柄前の新規作成に移ります。



ここで古い白鞘の修復について、当方の見解を述べさせて頂きます。
刀身を研磨する度に白鞘を新調することは、半ば刀剣工作の常識です。刀剣を観賞用に興ずる愛刀家の皆様は、基本研磨ごとに白鞘を新調してください!
理由は、せっかく刀身を研磨しても白鞘内部にサビが落ちていれば、せっかくの研ぎ上がり刀身に白鞘からの貰いサビが移ってしまったり引け傷を負う可能性があるからです。
ただし、刀剣を武道などの実用に興ずる方は、使用時は塗鞘に収まっている場合がほとんどで、個々の刀身用に白鞘をお持ちでない方も大勢いらっしゃいます。
そんな場合は、直ちに白鞘を新調する必要はありません。
将来的に、長期間保管する時や研磨をかける時などに刀剣商や刀職(特に鞘師さん)にご相談すれば、適切な保管方法をご提案いただけます。
そして、これは私だけかもしれませんが、当工房では比較的状態の良い白鞘については補修を施して再利用されることをお勧めしています。
なぜかというと、当たり前にかかる工作費用を少しでも抑えることで、その分外装の制作や修復に適切なご予算を割いて頂くことで、長期的に無駄な出費を抑えるばかりか、より良い外装をお作りするお手伝いができると考えているからです。
ただし、白鞘の状態が悪い場合には補修では対応できませんので、一概に補修が適切な判断とは断言できませんので悪しからず。



話を戻しまして、この度の拵工作の方向性(設計)は、ご依頼者様と相談の上、この刀が最も活躍した時代(戦国期)の雰囲気を再現することに定まり、時代考証を重ねることで理想的な外装様式に煮詰めていきました。
武道でお使いになる御刀ですので、お身体に合わせた調整と機能性を持たせること(この部分は、当工房の特徴で、最も力を入れている専門分野です!)にも余念がありません。
刀装具類の選択はお任せ頂いているため、全体的に厚手の金具を選択し、目貫は若干ランクを下げて工場物(こうばもの)なれど手持ちの良い時代物を選択しました。
柄巻の恩師が「目貫だけは良いものを使え!」と常におっしゃっていたことを思い出します。そういう意味では、工場物を用いるとはどういうことか?となりますが、ここでいう「良いもの」の定義は価格や市場評価ではなく、手どまりの良いもの、座りの良いものという意味であろうと解釈しています。



今回は、通常ご依頼を頂く打刀拵えとは若干雰囲気の違う戦国様式の外装なので、当然制作時の留意点も変わってきます。
江戸期の打刀拵えの特徴が芸術的であるのに対し、前時代の打刀拵えは実用一辺倒な作り込みであることはだれもが想像しうる最大の違いですが、その違いを使用感や刀身との関係、バランスなど実際に手にとって感じて頂ける外装をお作りすることは、武道や刀剣の深い意味での解釈に繋がると信じています。
ただし、制作時に使用者様の身体的特徴や用途など、多くの情報が必要になりますので、ご依頼者様の全面的な協力が欠かせません。



こうして作り込まれた刀剣を実用に用いることは、刀剣を刀身鑑賞だけに留めているのでは絶対に理解できない別次元な刀の楽しみ方に繋がっていると感じます。ただし、刀身・刀身を生かす外装・使い手の技量・使い手に合わせた外装の微調整、それらが一体となってはじめて実現する世界観ですので、一般化し難い娯楽なのかもしれませんね。



今回特に力を入れた工作は、刀身の体配(深い腰反り)を生かして柄前全体に角度をつけて刀身に取り付けたことです。古流剣術の研究や室町時代の刀身の性能を引き出して剣術に反映させるには、こうした外装の微調整が当時でも必要であったと考えていますが、この辺りは古文書などにも記録がないので、経験と憶測での発言になりますのでその旨ご了承ください。

白鞘の補修と機能回復

2018-04-13 00:54:13 | 拵工作
白鞘の補修が終わりました!



白鞘とは、刀剣の保管に用いる木工芸品(外装や刀装の部類には入りません)で、それ自体には武器としての性能はありません(このあたりは、お暇な時に過去のブログ記事をご参照ください)。
世の中のほとんどの刀剣は、白鞘に納まった状態で受け継がれたり、販売されたりしています。長年の放置や手入れ不十分により保存状態の悪い刀剣は、真っ先にこの白鞘に異変が生じますが、今回の御刀もご多分に漏れず一見で危険信号を感じました。
まず、鞘部の鯉口周辺の繋ぎ目が割れてほぼ開きかけており、輪ゴムなどで辛うじて白鞘の形状を保っているといった按配でした。

早速、刀身を拝見すると、無欠点の新刀脇差しが現れました。近年に研摩が施された健全な状態で、白鞘とは裏腹にものすごい名刀の出現です!
こういう瞬間が、この仕事の醍醐味でもあります。
これだけの名品を作り出せる巨匠は、史上数えるほどしかいません。消去法で、出羽大掾か越中か、はたまた仙台か南紀か、迷った末に京物とみて下を見るもアウト~!仙台の名脇差でした。
常に見る国包の作域とは若干違い、古名刀を狙った注文打ちを感じる作域です。ここ数年、無銘から偽名までやけに北国の作品が当工房へ持ち込まれます。これは邪推ですが、先の震災が一因ではないか?と思います。

さてさて、今回の症状について職人目線で解説しますと、お持ち込み頂いた段階で鯉口が完全に納まらないことから合わせの白鞘を疑いましたが、白鞘を割ると反りや作り込みの形状は刀身とほぼ同じでした。ただし、今までに見たことがないほど錆が内側にビッシリと移っています。以前の状態が、全身赤茶けた鰯状態であったことを物語っています。


内側の変色具合が、錆の移行度合を示している。

この点、上記の通り現代研摩がなされていますので、ちょっと疑問に感じます。本来、日本刀は研摩毎に白鞘を新調します。特に錆が酷い状態であれば、職人サイドから白鞘の新調が必要である旨の助言があってもおかしくありません。あまり考えたくないですが、あえて錆が移った古い白鞘を着せることで、短期間で刀身に貰い錆びを発生させて再研摩を要求する悪意ある手口かもしれません。


分解直後の画像その1、小鎬周辺の錆の移行が厳しい。

次に、鯉口が納まらない理由については、白鞘工作当初から収まらなかった、経年変化による木材の歪みによって納まらなくなったということは考えにくく、ハバキが変わっている可能性が高いです。この説を裏付ける様に、現在装着されているハバキは呑み込みのない太刀ハバキで、白鞘の鯉口裏側を削って調べたところ金サビが認められました。おそらく鰯状の発見当初は金無垢のハバキが付属していたのではないか?と思います。


分解直後の画像その2、幕末頃の白鞘であるが全体的に雑な工作。

結局今回の修復作業では、白鞘を新調したほうが早いほど手がかかりましたが、時間をかけて入念にサビを除去しました。



ここで、申し上げたいことは、研ぎ上がりなのに古い白鞘を着ている御刀には気をつけて頂きたいということです。時々、「古い白鞘だからさぞや名刀!」といった解釈をされる方をお見受けしますが、古い白鞘であれば放置されていた期間が長い可能性があり、近い将来白鞘内部からの貰い錆による刀身の破損の危険性があるということも念頭に置いてください。
もちろん、古い白鞘を修復する物好きな職方の手がかかっていれば話は別ですが・・・(笑)。



以上、刀剣購入の参考になりましたら幸いです。

新作拵と研摩

2017-11-12 13:14:53 | 拵工作
長らくお預かりしている御刀の工作を終えました!
お待ち頂いているご依頼者様には大変心苦しいのですが、毎度ながら手が遅くて申し訳ございません!

この度のプロジェクトは、ご依頼者様に刀身と刀装具をご用意頂き、新たに刀装を拵えるお仕事です。



お持ち込み頂いた御刀は、本職ではない器用な方?が刀身を研摩されたかと思う様な極端な部分的な痩せ方をしていて、指裏の消耗が激しいため整形が難しい案件でした。



まずは、ハバキを白金師さんに依頼し、色揚げは何度か当工房で調整しました。



刀身を名倉まで研ぎ進めた段階で、鞘師さんに白鞘とツナギの製作をお願いしました(通常は、改正までで別作業に移ります)。その後、いよいよ刀装具の微調整と拵え下地を作成します。



刀装具の調整では、鍔に責め金を作り、古い切羽を用いました。切羽は、刻み加工なしで新規作成する旨のご指示を頂いていたのですが、作ってみたところ何とも味気ない仕上がりで拵え全体の雰囲気を崩すことから、都内の刀剣商を回ってサイズの合う骨董品を探し、加工取り付けしました。



柄前は、最上級の親鮫を配した鮫皮を総巻きに背合わせで貼り、柄糸を限りなく黒に近い深緑に染め上げて、諸摘みで巻き上げました。



刀剣外装の命といっても過言ではない柄成の調整にも、余念がありません。
鞘の栗型は江戸時代の物を流用して、新物では再現できない微妙な造形美を移植しました。



今回、最も時間が掛かった鞘の塗りです。細かい黒石目ですが、ただ漆黒というわけではありません。ご依頼者様からは、「ただの黒ではつまらないので…」とお伺いしていたので、海老茶の上に黒石目を撒きました。
はじめに焦げ茶の上に同様の塗りを施したのですが、あまりにも「ねらいました!」という表情が模造刀のような品の無さを感じさせるので、ハバキの色と同系色の柿色を配合して塗ることで、ほかでは見ない色合いに挑戦してみました。



とても長い時間がかかりましたが、完成です!

納期のお約束を頂いていないありがたいお仕事は、どうしても急ぎ仕事が割り込んでしまう関係上完成が遅くなります。度々様子見のお問い合わせを頂戴しますが、けっして放置しているわけではありません。もちろん、手抜きも一切ございませんので(むしろ、時間的束縛がないので入念に工作しています)、その旨ご了承くださいます様お願い申し上げます。

脇差の再生(修復と再現の間)

2017-10-08 02:43:47 | 拵工作
室町期の刀身と付属の江戸期の刀装の修復が完了しました!



今回は、刀剣愛好初心の方からのご依頼です。そのため、刀剣がただの刃物の延長線上にある作品ではない!ということを体感して頂けるように、日本刀が歴史そのものを実体化した文化的存在であることを紹介していきたいと思います。
この度の修復で特に意識的に力を入れたことは、作刀時の雰囲気を再現することに重きを置きました!



柄前にいたっては、棒柄状の柄下地を廃して下地から新たにおこしました。付属の鞘(北国の作域を感じますが定かではありません)の形状を殺さない様に、極限まで鍔元から柄成りに動きを付加し、使用時(戦闘時?)の刀身と柄前への負荷、使用者の疲労感を逃がすための加工を施しました。

この刀身は、室町時代に一大生産地として繁栄を誇った三原の地で作られた実用刀です。今日古刀というと、どうしても五ヶ伝を始めに想像してしまいますが、それはあくまで便宜上定められた統計学的な分類分けであって、当時の日本には思考や言語、文化や刀剣の用途に至るまで、大きな地域差があったと考えられます。

苦労した点は、鞘の鯉口の径よりも、若干柄縁の外径の方が大きいことから、据わりをよく見せる為に四苦八苦したこと。また、目貫があとから手元に届いたため、想像していたイメージが崩れてしまって、何度か調整を余儀なくされたことです。(後から設計の変更が加わると、刀剣のバランスを崩す可能性があるので、極力避けたい工作です。柄下地製作時の記事はこちら(ameba-blog:柄前の作り替え)。)



付属の外装は、江戸期の道中脇差の様な一般的な作り込みです。この手の刀装は、戦国期の本歌拵えに見られるような戦闘上の工夫や機能性を持っておらず、日常生活に支障をきたさないような作り方に終始しています。ある意味職方の用途への配慮を感じますが、今回目指す設計とはかけ離れています。

今回は、「戦国期の片手打ちの外装は、このような作り込みであっただろう」という考証に重点を置いています。



もちろん刀装の据わり感だけを調節したのではなく、抜刀時に鞘を払った状態での雰囲気にも配慮して研ぎ方を何度か変更しました。当初は、菖蒲造りの刀身に掟通りの鑑賞研摩を行いましたが、鋭利感をより強調するために肌を抑えて地を沈め、横手を切ることで武器感?を強めました。



刀身研摩時の記事へはこちら(ameba-blog:伸びごころの切先について)

私は、刀剣の命はトータルバランスにあると考えていますが、今回も設計段階から目指す表情を定めることで、前出の通り時代考証に努めつつ実用の美が表現できる様に努めました。

追記:柄前作り替え時に、アンバランスな鍔を小さめの鍔(+責め金加工)に変更し、バランスを調整しました。

後はお祓いを済ませて、納品するのみです!

鎧通しの修復

2017-08-15 22:28:06 | 拵工作
可愛らしい短刀の修復が完了しました!



この御刀は、発見届けの段階からご相談を頂いており、登録証の発行後直ちに修復を開始しました。


当初の状態は、お世辞にもよいとは言えませんでした。

刀身は全面に錆が深く朽ち込み、付属する匕首拵えは栗型が欠落し、柄巻きは脱落、キズと汚れが全体に著しく、修復は困難が予想されました。


まずは、刀身の研磨を施しました。

可愛らしい短刀拵えとは裏腹に、中身は鎧通しと呼ばれる殺傷力の高い刀身です。


今回は、白鞘とつなぎを新たに作成しました。


拵えには、同じ時代の栗型を用いて修復し、柄前には柄巻きを施しました。


最後に微調整を施して、お祓いを済ませた後に納品です。

あともう少し!最後まで気を抜かずに修復に努めたいと思います。

新作拵とあそびごころ

2017-04-20 11:29:24 | 拵工作
新しい拵えが完成しました!



寛文体配の長大な御刀です。健全そのものの刀身です!茎には長文の金象嵌裁断銘があり、歴代の所有者が如何に大切に扱ってきたかが一目で判ります。



私は、鑑定書にさほど興味はありませんが、次回の重刀審査に間に合うように思います。



ズシリと重いため、当初居合には不向きでは?と思いましたが、拵えでバランス調整に取り組んだ結果、十分使用可能であろうと感じます。



ご依頼者様よりお預かりしていた刀装具は、当初どうしても刀身に合わなかったため、何度も相談を重ねました。



刀身との相性やバランスとの兼ね合いで、必ずしもお持ち込み頂いた刀装具が使用できないということもあります。



拵えは、飾りではありません。刀剣と使用者を繋ぐ唯一の装置であり、使用用途に即した工作でなければ本末転倒な作品に陥りがちです。



特に柄前は、刀剣外装の顔に値します。所有者を表す大変重要な装置であることから、品格を加味する工作が必要です。



昨今、雑な柄巻きを施した安価な工作が横行していますが、武家の価値観に接するのであれば、避けたい工作です。



工作内容を挙げるとキリがないのですが、鞘には様々な工夫を凝らしました。
くり型は、ご希望によりシトドメを施さず、内側に金泥を塗りました。



コジリ寄りには、闇蒔絵により拵えのストーリーに関わる意匠を施しました。
拵え工作時には、刀身との兼ね合い、用途との関係も重要ですが、ストーリーを持たせることもトータルバランスの調整に寄与します。



鯉口には、ご依頼者様のお持ち込みになられた銀製のメモリアルプレートを加工して鯉口金具を作成しました。くり型の内側同様、鯉口部には金泥を塗りました。見えないところに金を乗せます。



蝋色黒蒔絵鞘、正絹諸摘み巻き、源氏物語拵えといった名称でしょうか?
鮫皮は、日頃手にすることのない大きな親鮫を配した高級品を、総巻きに着せました。

朝からお払いの儀を執り行ない、ただ今ブログを更新しています。
ご依頼者様に喜んで頂けることを、とても楽しみにしています!

天正拵

2016-09-13 11:39:44 | 拵工作
時代拵えの掟を踏襲して作り上げたお刀が完成しました!



日本刀には、時代・地域・作者などによって、様々な種類があります。
中でも慶長時代以前に作刀された刀身は、政情の不安定や街道の不整備によって、材料・技術・考え方に至るまで地域毎に独自の発展を遂げたと考えられます。
また、刀身に様々な種類があるのと同様に、外装に関しても数えきれない程の様式や掟が存在します。

それら様々な種類の中で、一つ大きな違いを挙げるならば、美意識とでも言うべき武家のモノに対する考え方があります。
武家の美意識を、最も形に表現することが出来る身近な道具というと、衣類や甲冑・刀剣類といった身にまとうモノです。
特に、私は刀剣の外装に、各時代・所有者の嗜好・各々の美意識が反映していると考えています。



今回お作りした拵えは、天正時代の典型的な拵えの掟に従って作り上げた、通称「天正拵」と呼ばれる外装です。



お客様に刀身と刀装具(柄縁・鍔・目貫・小柄・笄)をご用意頂き、他の部品(柄頭・時代切羽の加工・栗型・返り角・コジリ)は当工房にて1から製作しました。柄巻きは、鹿皮を厳選し最も強固に仕上がるものを取り寄せました。



鮫皮には、漆を何重にも塗り重ね独特の色合いを作りました。
この技法は、拭きうるしなどと言い、この度の拵え様式が流行した天正時代頃にも頻繁に用いられた塗り方です。強度が増すことで強靭な中にも色の深みが現れることが特徴です。



刀身は、大磨り上げ風の茎にゴロンとした肉置きからドッシリとしたバランスのため、若干柄前の形状を厚めに仕上げてバランス取りを図りました。



この度の外装の最大の特徴は、鞘の両サイドに設置されたポケットです。それぞれの櫃穴には、小柄・笄(こうがい)が収まるように作られています。天正鞘とご用意頂いた笄の時代が違うことによる形状の不一致で、若干笄が飛び出して見えますが、鞘の掟を優先しました。



小柄は、ちょっとやそっとでは飛び出さないように硬めに固定しました。よく本歌の拵えで、小柄がグラグラになっているものを拝見しますが、本来はガッチリと固定されています。
日常的に帯びる刀ですから、小柄がスルスルと飛び出る様なことがあっては、大怪我の元です。



この時代の鞘塗りは、本来は花塗りであっただろうと考えています。
そのため、炭研ぎを最小限にして、温かみのある光沢に留めました。



返り角の設置は、武道用途での使用では邪魔になることが多く、工作も難しいことから、今日の拵えではあまり取り付けることがありませんが、観賞用の外装ではポピュラーな工作です。



両櫃を備えた鞘といえども、長時間帯刀した状態でも身体に負担がかからない様に、形状を計算して工作する必要があります。

この度の工作では、時代拵えの掟を踏襲しつつ、実用の美を表現し、かつ鑑賞に堪えられる目的で製作したことが、最大の特徴です。