徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

宮城県女川町:震災地の今

2016-09-23 03:24:29 | 徒然刀剣紀行
私が工芸家として積極的に活動を開始したのは他でもありません、東日本大震災がきっかけです。

子供の頃からものづくりに携わることを夢見て、20代前半で刀剣修復の修行を終えたものの(2001年独立)、あの日がくるまでは心のどこかで「廃れ往く伝統工芸の世界だけで食べていくことなど到底出来ない」と、どこか手を動かす仕事を軽視していたことも事実でした。

それまで家業と割り切っていた刀剣職人と製薬業界での技術職(臨床開発職)の二足の草鞋で活動し、新しい伝統工芸職人のあり方を模索していましたが、あの日を境に自分の中で何かが変わり、今出来ること・今しか出来ないことで社会に貢献したいと猛烈に思い立って、周囲の反対を押し切り刀剣職人に専念しました。
当然、安定した収入のない職人の世界です、生活は厳しくなりながらも好きな事を仕事にできる幸せと、朽ち果てる定めの刀剣類を一振りまた一振りと後世に残すお手伝いが出来る遣り甲斐で、この仕事を続けていく意義とありがたさを痛感しています。

そして、私の背中を押してくれた未曾有の大震災の復興イベントにお声がかかる度に、居ても立ってもいられず積極的に参加することにしています。2014年のインドネシア、2016年のインド、これらは全て東日本大震災への国際支援のお礼に繋がるイベントです。
そしてこの度、女川町にて居合演武をさせて頂く機会を頂戴しましたのでご報告いたします。

前振りが長くなりましたが、現在の女川町です。



美しい入り江には、震災の記憶を思わせるものはほとんど残っていません。



どこまでも静かな海面を海風が渡っていきます。



今回のイベントは、「ナマステ・インディア」という日本最大のインドの祭典のプレイベントとして、女川町で毎年開催されている「ナマステ・インディアin女川町」です。



インドに伝わるタンタという武道を基にした殺陣が、来日中のマニプリ舞踊団によって披露されました。



インドの剣術タンタに対して日本の居合を、鎮魂の祈りと復興への願いを込めて演武させて頂きました。



他にも、インドの伝統音楽の演奏会や伝統舞踊などが、披露されました。



皆さんボランティアにて日本中から駆けつけ、素晴らしいご活躍でした!



地元に伝わる伝統芸能も紹介され、大変魅力的でした!



帰り際に、真新しい防波堤が見えましたが、この風景を一変させる大きな津波が襲ったとは、とても想像できませんでした。



今年は九州でも大きな地震が発生したことから、現在お預かりしている熊本の御刀の修復のために鎌倉の歴史ツアーを開催し、参加者様のご了承のもと参加費用を被災地の復興の願いを込めて工作代に当てさせて頂いています。

この先震災の記憶はどんどん風化していくと思いますが、被災地への祈りやご支援の活動を継続して頂くことが、真の復興への原動力に繋がると思います。
世界中から震災をなくすことは出来ませんが、備えることと復興のために協力することは、絶対に必要だと改めて感じました。

天正拵

2016-09-13 11:39:44 | 拵工作
時代拵えの掟を踏襲して作り上げたお刀が完成しました!



日本刀には、時代・地域・作者などによって、様々な種類があります。
中でも慶長時代以前に作刀された刀身は、政情の不安定や街道の不整備によって、材料・技術・考え方に至るまで地域毎に独自の発展を遂げたと考えられます。
また、刀身に様々な種類があるのと同様に、外装に関しても数えきれない程の様式や掟が存在します。

それら様々な種類の中で、一つ大きな違いを挙げるならば、美意識とでも言うべき武家のモノに対する考え方があります。
武家の美意識を、最も形に表現することが出来る身近な道具というと、衣類や甲冑・刀剣類といった身にまとうモノです。
特に、私は刀剣の外装に、各時代・所有者の嗜好・各々の美意識が反映していると考えています。



今回お作りした拵えは、天正時代の典型的な拵えの掟に従って作り上げた、通称「天正拵」と呼ばれる外装です。



お客様に刀身と刀装具(柄縁・鍔・目貫・小柄・笄)をご用意頂き、他の部品(柄頭・時代切羽の加工・栗型・返り角・コジリ)は当工房にて1から製作しました。柄巻きは、鹿皮を厳選し最も強固に仕上がるものを取り寄せました。



鮫皮には、漆を何重にも塗り重ね独特の色合いを作りました。
この技法は、拭きうるしなどと言い、この度の拵え様式が流行した天正時代頃にも頻繁に用いられた塗り方です。強度が増すことで強靭な中にも色の深みが現れることが特徴です。



刀身は、大磨り上げ風の茎にゴロンとした肉置きからドッシリとしたバランスのため、若干柄前の形状を厚めに仕上げてバランス取りを図りました。



この度の外装の最大の特徴は、鞘の両サイドに設置されたポケットです。それぞれの櫃穴には、小柄・笄(こうがい)が収まるように作られています。天正鞘とご用意頂いた笄の時代が違うことによる形状の不一致で、若干笄が飛び出して見えますが、鞘の掟を優先しました。



小柄は、ちょっとやそっとでは飛び出さないように硬めに固定しました。よく本歌の拵えで、小柄がグラグラになっているものを拝見しますが、本来はガッチリと固定されています。
日常的に帯びる刀ですから、小柄がスルスルと飛び出る様なことがあっては、大怪我の元です。



この時代の鞘塗りは、本来は花塗りであっただろうと考えています。
そのため、炭研ぎを最小限にして、温かみのある光沢に留めました。



返り角の設置は、武道用途での使用では邪魔になることが多く、工作も難しいことから、今日の拵えではあまり取り付けることがありませんが、観賞用の外装ではポピュラーな工作です。



両櫃を備えた鞘といえども、長時間帯刀した状態でも身体に負担がかからない様に、形状を計算して工作する必要があります。

この度の工作では、時代拵えの掟を踏襲しつつ、実用の美を表現し、かつ鑑賞に堪えられる目的で製作したことが、最大の特徴です。