徒然刀剣日記

刀剣修復工房の作品・修復実績と刀剣文化活動のご紹介

熊本復興拵(こしらえ)

2018-12-20 19:04:50 | 拵工作
ユニークなアイデアをふんだんに盛り込んだ肥後拵が、完成しました!



実に長い時間がかかってしまいましたが、まずは純粋に完成を祝いたいと思います。



この度のお仕事は、刀匠さんからご指名を頂き、ご依頼者様が遠方遥々ご来訪頂くという大変珍しくも有難い、私の人生にも大きな影響を与えることになったご依頼です。



ご依頼者様にお会いした時、お時間の許す限り「この御刀がなぜ作られたのか」、「どのようなお考えでご依頼に至ったのか」、「どれほど多くの思いが詰まった御刀であるか」等々一連の事情をお伺いし、その重みに触れるにつれて目頭が熱くなるような気持ちで刀身をお預かりしました。



思えばその瞬間から、私とこの刀との奇妙な共同生活が始まったのでした。



この数年間、片時も傍を離れることなく寄り添い、目が合うたびに話しかけ、共に酒を酌み交わし、時には夢中になったり疎ましく感じたり・・・、もはや物と生の垣根を超えた友と化したかのような錯覚に陥りました。(実は同じような事情で、なかなか工作が先に進まない御刀があと数振りあるのですが、それはまた別の機会にご紹介します・・・。)



というわけで当初、生半可な気持ちではお請けできないことからご依頼をお断りすることも考えた程でしたが、考え方によっては「これ以上の職人冥利に尽きるご依頼はないのでは?」と考えるに至って、正式にご依頼をお引き受けすることになりました。



始めの1年目は、ご依頼時に伺っていた設計で制作を開始するも、作業半ばで大幅な指示の変更があり、それまでの材料が無駄になるというハプニングもあったものの、仕切り直しで一から構想を練り直し設計を見直しました。



難易度の高い工作になればなるほど、「より良い外装に仕上げるのだ!」と気合を新たにして、果敢に挑み続ける楽しみが増えます。



新しい指示は、当初の詳細な指示とは裏腹に、ザックリ「昆虫」(鞘はハチの巣をイメージ)という方向性で作り上げることになりました。



ご依頼時からご予算の都合が全く成り立っていなかったことと、制作期間中に発生した熊本地震への復興のために何かお手伝いができないものか?という個人的な考えとが相重なって、この度の御刀が現地の復興の手助けになるのでは?という自分勝手な考えが芽生え始めました。
ここは一つ「資金集めから始めるぞ!」という、強い意志が育ちました。



ここで刀剣工作から少し脱線して、震災復興の話をさせて頂きます!


東日本大震災で甚大な被害をうけた女川町の現在

昨今、日本中で頻発している地震による被害は甚大で、不幸にも被災された多くの方々は今だ過酷な状況下で生活しています。特に東日本大震災を皮切りに、平成28年(2016年)の熊本地震、今年の北海道胆振東部地震と、各々震度7を観測する大地震が日本各地で発生しており、未曾有の災害に見舞われた地域では、復興に向けた取り組みが必ずしも充実しているとは言い難く、九州や北海道は首都圏から離れた地域ということもあって、もはや震災があったことすら忘れかけている人たちも多いといった有様です。

そんな各地方に長く根付いていて地域の文化圏と切り離して考えることができない伝統的な文化の中に、古流剣術などの武道が含まれています。そこで私は、復興の陰で二の次にまわされがちなご当地の伝統文化を守ることも、長い目で見て必ずや震災の復興に繋がると考えるに至りました。



この度、足りない資金はご当地体験をビジネス化している旅行会社さんの協力の元、近隣学生さんたちのお力添えで、鎌倉の製鉄文化を紹介するツアーを開催して資金を調達することにしました。



もちろん一工芸職人が始めることですから、右も左もわからない手探り状態の中からの出発でしたが何とかご好評頂き、回を重ねるごとに自分自身楽しませて頂くことができました。特にうれしかったことは、リピートを希望される方が圧倒的大多数で、数多くのお礼の言葉を頂けたことです。



ツアーにご参加頂いた皆さんには、ツアー終了後に参加費を熊本の復興に用立てさせて頂く旨のご了承を頂き、何とか材料費を工面することができました。



次に、実際の工作に移るわけですが、今回の設計は試行錯誤の連続でした。



刀身は、現代名工の渾身の打ち下ろしで、豪壮な作り込みから奉納刀かと見紛うほどでしたが、実際に武道にお使い頂けるようにバランス調整や手持ちの改善を施していかなければなりません。



注目して頂きたいのは、研ぎ出し鞘の意匠です。



仕切り直し後の新たなご要望は『ハチの巣』ですので、まずは鮫革を細かく六角形に切り出してパズルの様に組み立ててみました。ところがこのままいくと全面を覆うころには部分部分で歪なパズルが生じてしまい、どうにも不格好なためボツ。



次に、正確にサイズと角度を計算しながら、大きめのモザイク画を作る様に当てはめてみました。完成度の高い外装に仕上がるものの、朴訥とした武骨な表情が影を潜めて美しいばかりの拵になってしまいました。さらに、貼り合わせた鮫革が一部剥離するなど、強度面の欠点が浮き彫りに・・・。



次に、問題点を洗い出し、貼り合わせる鮫革のサイズを強度に耐えうる最低限のサイズに仕上げてみました。出来上がった鞘は、デザイン性がどうしても私の美的センスとかみ合わず、あえなく破棄。どうやら発想を切り替えて、ハチの巣をデフォルメする必要がありそうです。

最後に、指し裏には強度を、指し表には意匠性を取り入れて、色味を調整しながら研ぎ上げたのがこの鞘です。



本来、鮫革の合わせ目は裏側にきますが、逆転の発想で合わせ目を意匠に仕立てて相反する強度とデザインを両立させる試みに挑戦しました。



結局、鞘5本分の材料を無駄にしながらも、何とか完成しました。



今までに作ったモダンな鮫の研ぎ出し鞘の技術を応用して、今までにない肥後拵に挑戦したわけですが、本場の愛好家の方々に快く受け入れて頂けるのか?は全くの別問題です。



「これは肥後拵ではない!」と言われてしまえば努力は無駄になってしまいますし、伝統的ではないという批判があればご依頼者様にも迷惑をかけてしまうかもしれませんので、一種の賭けになります。



それほど、〇〇拵という伝統的な様式美は踏襲が難しく、巷にあふれるナンチャッテ拵がいかに出鱈目な代物であるかということを改めて知って頂きたいと思います。



今回独自の試みとして、公共性の高い使われ方をされるであろう御刀の工作代を、工作の対価以外のカタチで捻出することで、伝統工芸の社会的価値を広く知って頂く機会になればと思い活動を行いました。



批判もあるかと思いますが、この機会にニッチな工芸分野の存続の意味について、考えて頂く切っ掛けになりましたら幸いです。



さらに、熊本の復興に一役かってもらおうなどと大それた企みは、物言わぬ刀剣に勝手に役目を押し付ける行為であって大変罪深いと思いますが、そうでもしなければ拵えの完成は絶望的であったことから、御刀には申し訳ないのですがもう一仕事かって出て頂こうと思います。


短刀拵のバランス

2018-12-19 00:24:48 | 拵工作
日本刀は、硬軟多様な鉄からなる鋭利な刀身と、刀身を保護し使用に耐えうる外装(刀装)とからなる総合芸術品です。

刀剣の美意識は、長い時間をかけて確立した独特の湾曲と、刀身を研ぎ磨くことによって鑑賞を可能にする研磨技術、そして使用感の改善と刀身保護の役割だけでは収まりきらない刀装の意匠性とが相まって「実用の美」を醸し出しているところに魅力があるのだと思います。

事実!実用品であるからこそ美術品としての立ち位置に収まりきらず、今日でも世界中の愛刀家を引き付ける引力を保ち続けているのです。私は、「実用の美」を内包していない刀剣には存在の価値すらないと思っていますが、戦後の日本刀は美術刀剣として取り扱うことが法律で定められているため、現代の定義に引っ張られるように工芸家も美術品として刀身及び刀装を制作しているというのが現実です。

結果的に実用性のない不実な美があふれ、本来の刀身や刀装の性能が軽視されていると感じています。当工房では、日本刀を実用品として使用感や性能を最大化する技術を継承し発展させる努力を続けているため、刀剣に対する考え方も極力実用品として捉えるようにしています。

この度の短刀は10年ちかく前にお作りした作品で、制作当時に操作性を意識して使用感の改善とバランスの調整を施しています。過去記事はこちら


納品当時の写真

長い間ご依頼者様にご愛用頂き、擦れや経年のキズなどは見られるもののほぼ制作当時のままに機能してくれています。


修繕前の状態

ところで、ヤフーさんのウェブサイト提供サービス終了に伴い、ホームページを一時的に閉鎖させて頂いたのですが、画像類の保管場所に使っていたため古いブログ記事の写真が読み込めなくなってしまいました。折を見て再度更新していきたいと思いますが、何分古い写真なので見つからない可能性もございます。ご来訪くださった方々には大変申し訳ございませんが、精一杯修復に努めますので、その旨ご了承の程お願い申し上げます。



目に見えない箇所の状態も確認するため、一度柄前をバラバラに分解して、再度組み上げました。



今回は、大刀の柄糸に合わせて同じ柄糸で柄巻を施し、大小として御刀を佩びて武道の稽古に用いて頂きます。



この拵えは、復古調の外装様式を取り入れてお作りしましたので、柄成にも気を配りました。



柄成が、鍔元からグッと折れ曲がる様に湾曲しているのがわかるかと存じます。古作の短刀などに見られる振袖茎の刀身に着せた外装様式は、このような形状であったと考えられます。



柄頭を地面に垂直に立てると、より腰反り感が理解しやすいです。例えるならば、蕨手刀の様な形状に仕上がっています。



柄を外すと、実は茎はまっすぐの形状で、茎反りなどはありません(新々刀刀身)。意図的に、刀身とは違った形状を外装で作り出しています。
日本刀のバランス感は、刀身の形状・使用用途・時代考証など、狙った様式によって著しく左右されます。今回の拵えは幕末に流行した復古調の外装(腰刀や鍔刀の写し)を狙ったため、このような形状に仕上がっています。ようは、何を意図するか?誰がどのように使用するか?によってバランス感は大きく変わりますので、ご参考までに!



鞘の形状にもこだわっています。通常の鞘の半分ほどの重ねに仕上げてあります。長時間身に佩びていても疲れにくいカタチに仕上がっています。今回は、鞘には一切手を加えていません。

次の10年も、遜色なく機能を続けてくれることでしょう!