暗闇検校の埼玉県の城館跡

このブログは、主に、私が1980年代に探訪した中近世城館跡について、当時の写真を交えながらお話しするブログです。

こいしつ 水使い成田氏・・成田氏館跡②(熊谷市)

2018-03-08 18:19:40 | 城館跡探訪
さて、今度は牧場の道を挟んで向かい側、泰蔵院裏についてみたいと思います。

かつては桑畑が広がっており、水堀跡が残っていたのですが・・・・。

まず泰蔵院に行き、その裏の農地を見ることにしました。








泰蔵院境内の石造物です。








泰蔵院の周囲にはこんな小さな、道祖神の石の祠もあります。






通り沿いを少し進むと、水堀に囲まれた民家があったりします。





この水堀は、遺構との関連も含めて、留意しておく必要があるように感じます。

さて、泰蔵院の境内からは、直接、裏の農地に回れないので、近くの診療所脇の小道からアクセスします。

写真は泰蔵院の駐車場です。




まず、この荒れ地奥の小さな山が気になります。とりあえず押さえておいて、あとで確認します。




さて、水堀跡の確認ですが、現状はこのようになっています。





館跡も含めて。






農地の北側に向って歩き、南に向って撮影しました。やはりこの付近も、低湿地を乾田化したところがたくさんあり、

堀跡のように見えます。あの小さな山もあります。






東端北側の部分です。館跡と推測するにしてもこの辺りまでくると微妙というか、ギリギリっぽいかな。



水堀跡を東に引いてとってみました。




さて、気になる山に向かいます。



山といいましたが、周囲が方形に木立に囲まれています。中に入っていくと・・・。



小さな空き地がありました。周囲は低いものの土塁で囲まれています。

雰囲気的には何かお祀りされていた場所なのかもしれません。





成田氏館跡は水堀状の地形を頼りにして調べていくと、想像よりも規模の大きいものだと言わざるを得ないわけですが、

皆さんはどうお考えでしょうか。

明日は、龍淵寺に足を延ばしましょう。