本日は、中城跡について書きたいと思います。
中城跡は、「武蔵の小京都」とも呼ばれる小川町の中心部に張り出した台地の東端部分にあります。
埼玉中部山地一帯の農産物・林産物の集散地として栄え、歴史ある街並みが残っていますが、
徐々に再開発の波に飲み込まれつつあります。
わたしが、中城跡に行ったのは1986~87年頃の秋ごろだと記憶しています。
当時、城に登る坂の途中に古い図書館があり、なかなか良い雰囲気を醸し出していたのを覚えています。
中城跡は、仙覚律師が「万葉集註釈」を完成させた、仙覚律師遺跡としての方が有名です。
ただし、現在残る中城跡は室町期に完成されたもので、猿尾氏の城と伝えられています。
台地先端に指サックのような形で、歴史ある街を見下ろすような城跡は、青春映画の舞台のようでもあります。
郭の中にはテニスコートがありましたが、現在はどうなのでしょうか。
城跡は、高い土塁に囲まれています。
北側に虎口があり、空堀跡と思われる周囲よりやや低い林地に囲まれていました。
大きさについてはさほどでもありませんが、高い土塁や虎口は、見て損のないものだと思います。
中城跡は、「武蔵の小京都」とも呼ばれる小川町の中心部に張り出した台地の東端部分にあります。
埼玉中部山地一帯の農産物・林産物の集散地として栄え、歴史ある街並みが残っていますが、
徐々に再開発の波に飲み込まれつつあります。
わたしが、中城跡に行ったのは1986~87年頃の秋ごろだと記憶しています。
当時、城に登る坂の途中に古い図書館があり、なかなか良い雰囲気を醸し出していたのを覚えています。
中城跡は、仙覚律師が「万葉集註釈」を完成させた、仙覚律師遺跡としての方が有名です。
ただし、現在残る中城跡は室町期に完成されたもので、猿尾氏の城と伝えられています。
台地先端に指サックのような形で、歴史ある街を見下ろすような城跡は、青春映画の舞台のようでもあります。
郭の中にはテニスコートがありましたが、現在はどうなのでしょうか。
城跡は、高い土塁に囲まれています。
北側に虎口があり、空堀跡と思われる周囲よりやや低い林地に囲まれていました。
大きさについてはさほどでもありませんが、高い土塁や虎口は、見て損のないものだと思います。