伊勢神宮がTVなどで紹介されるときによく使われる方向からのショット
この伊勢神宮は20年に一度お宮を移動する式年遷宮という儀式が行われる
遷宮では内宮の皇大神宮、外宮の豊受大神宮の正殿など正宮、別宮含めて全ての社殿と鳥居を建て替え、御装束・神宝も造り替え神体を遷す
平成25年に行われる第62回式年遷宮の準備は既に平成17年から始まっている
遷宮には1万本以上の檜が必要 「もったいない」という声も聞こえそうだが伊勢神宮で20年間使われた檜はその後全国の神社で使用される
神宮で使われる程の檜に育つためには200年以上の歳月がかかる、そのため大正末期から数百年後の遷宮に供えて檜の植林が続けられているそうだ
これが平成25年に行われる遷宮によってお宮が移る御柱の場所、御柱とはその柱を伝わり神様が降臨する一番大切なもの
伊勢神宮には「御柱語るべからず」という言い伝えがあり、この御柱を深夜山中で切りだしてくる者だけがその場所を知っているのだそうだ
そしてここに移る内宮皇大神宮には三種の神器の一つで、天孫降臨の時に天照大神から授けられたとする 八咫鏡(やたのかがみ)が納められていると言われる
三種の神器とは、この八咫鏡 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)であることは日本人なら誰でも?知っていることだろう
この八咫鏡は御桶代と呼ばれる入れ物に入って祀られており、遷宮の際には夜間人目に触れぬよう白布で覆い新しい本殿に移される
八尺瓊勾玉は御所にある天皇の寝室の隣に剣璽の間があり、そこに安置されていると言われる
出雲の国で須佐之男命(スサノオノミコト)がヤマタノオロチを倒したときに尾から出てきたと言われる天叢雲剣は、現在名古屋の熱田神宮に祀られていている
しかしそれらが現存するのかは誰も知らない
天皇の即位の儀式で使われる物はレプリカであり、実物と言われる内宮の八咫鏡は明治天皇が見た後封印されたとされていて、その後の天皇陛下も見ることは許されていないそうだ
だがこれらが本物だとか偽物だとか、見たとか見ないとかは全く関係ないのである
これらは神話であり私達日本人の魂なのである
あったと思った方が楽しいでしょ?
楽しければそれでいいのである
参拝中驚いたことがある
観光協会の人にある人が「この中で記念写真を撮って欲しい」と頼んできた
この中とは縄と紙垂(しで)で結界が張られた中である
もちろん注意されていたが、驚いた理由はその人がどう見ても70歳近い老婦人だったということ
撮影出来ないことが残念だったのか「ありがとう」も言わずに立ち去って行った
日本神道は難しい宗教でもなんでもない 仏教のような経典もなければ聖書もコーランも無い
一切教えのような書物は存在しないのである
日本神道は人間が楽しく生き、暮らしていくためのいわば礼節である
人と会ったら「こんにちは」
ご飯を食べる前に「いただきます」
終わったら「ごちそうさま」
素直に「ありがとう」という感謝の気持ち
子供の頃自分の脱いだ靴を揃えずに怒られなかった?
人の靴の上を飛び石にして渡ってひっぱたかれなかった?←俺です
そんな当たり前のことを教えているのである
こんな年寄りでもそこまで常識が無い世の中なのか?
この人達が子供を育てているのだから・・・・今の日本の現状がそれを表しているのかもしれない
これも愚痴になるからこれ以上言うまい
天照巫皇大御神 あらてらしますすおおみかみ 伊勢神宮では天照大神を正式にはこうお呼びする
お神楽とは「神」を「楽しむ」と書く
岩戸に隠れた天照大神、その岩戸の前でアメノウズメが踊ったのが始まりとされるお神楽
その楽しげな気配に岩戸を開いた天照大神 暗黒だった世界は一瞬にして光の世界に
固唾を飲んで見守って居た神々達の顔面にその光が射し込み真っ白に輝く
だから「面白い」と書くという説もある
この国は楽しく面白く暮らすためにある国なんだ
外宮内宮とタップリ4時間かけて案内して頂いた観光協会の方にお礼お言って神社を後にした まだまだ奥が深いと思ったのが実感
行く前に小難しい予備知識は要らない、誤解を招く可能性もあるが、まずは手塚治虫の火の鳥でも見ていくと壮大なロマンを感じるには良いかもしれない
昨夜から寝ないで来て歩き回ったが不思議と疲れは無い
今頃相方は大丈夫か?と思いながら一人予約したビジネスホテルへ向かった