今月はデトロイト破綻のニュースが衝撃的であった。
米国自動車生産の中心的都市でかつて音楽の発信地でもあったデトロイト市が18日、ミシガン州東部地区の連邦破産裁判所に連邦破産法9条の適用を申請した。負債規模は180億ドル(約1兆8000億円)を超え、米国の地方自治体の財政破綻としては過去最大の事例となる.
デトロイトは1950、60年代のアメリカ自動車産業の中心的な都市であった。それは強くて美しいアメリカ製の自動車は世界の憧憬であり、アメリカが最も豊かであった時代の産業の中心であった。今振り返れば僅か半世紀前の情勢である。
1920年代、まだ新興都市であったデトロイトの街の光景。
今から約100年前人口が急激に増加、
ニューヨークやシカゴに続く全米有数の都市として発展の気配がただよっている。
1950年代、デトロイトはアメリカの自動車産業の中心となり、
活気に満ちていた。
Auto Worker 車作りに関わる為に職を求めて集まった人々、
当時デトロイトは、米国人にハンドルを握らせた街と称せられた。
60年代、モーターシティとして街の繁栄はこれからもずっと続くと思われていた。
...しかし、
1973年、オイルショック
...それ以後街は衰退を始める。
オイルショックから40年の時間が経過して、
今日、
デトロイト市はゴーストタウンとなり、財政は波錠した。
嘗ての繁栄は消えた。
... ー_-;
詳細はこちらー> デトロイトの歴史
デトロイトが破綻したのは日本車のせいであろうか?
長い目で見るとそうではない。
人間の歴史は常に栄枯盛衰の中にある。地中海のカルタゴが、高原のモンゴル帝国がそうであり、現在においても国や地域、そして企業や個人においてもこの趨勢は季節が巡る様に景色を変えて行く。
全盛期時代のパッカード社
嘗ての栄光はもはや戻ってくる事はないであろう。
デトロイトは破綻した。
しかし、アメリカの自動車産業が終ったのではない、
最近はアメリカの自動車業界は息を吹き返している。つまり、デトロイトを抜きにして復活してきたという事である。2009年には経営破綻したGMは2011年にはGMは新車販売台数で世界首位に踊り出た。こうして観ると、時代のダイナミックな鼓動を感じる。
デトロイト、この街の存在から考えさせられる事は多く深い。