シルバニアの樹海に沈む太陽
間寛平さんがアースマラソンで一番きつかったと語ったルートがアメリカの東海岸の巨大な森の土地ペンシルバニア州である。この土地の広範囲に広葉樹林が茂る手付かずの樹海が存在する。夏の森は葉がうっそうと茂って暗く鹿や狸などの野生動物が繁殖し類人猿のビックフットが人目を避けて生息している。このシルバニアの森を分ける幹線道路を乗用車のハンドルを握りながら走ると、前から後へと流れてゆく広大な景色には樹海と開拓者が開いたであろう牧草地とトウモロコシ畑が展開する。
ロサンゼルスが広大な大陸の砂漠と太平洋の接点である様に、ニューヨークは広大なシルバニアの広葉樹の森と大西洋の接点である。都会と大自然はそれぞれ区別するべき物ではなくて、大都会(ニューヨーク)というのは大自然の懐に設けられた人間の巣のようなものにすぎない。
仕事というきっかけでシルバニアの森林市域をクルマで走りながら大自然の懐を感じる。夏の夕方は雷を伴う激しい雨が降る時もある。湿度が高く肌に不快な午後も雷雨と共に流れ去る。クーラーの効いた車内は快適で、やる事といえばワイパーを動かす事だけだ。変化に満ちた天候は土地が活きて生命力を保持している事を教示してくれている。
シルバニアの森を後にして街に帰ってくると森の存在の有り難さを感じる。街は広大な森があるからこそ存在しているのだという実感である。森は静かでつつましく決してお節介ではなく主張もしない。人間を生かしている生命の源だ。などとは決して言わないが、都会の守護が広大な森にある事が感じられた。広大な広葉樹の森は言葉を持たず感情を表現する術を持っていないようにも感じる。しかし。生命を養うという意味で樹海には大きな愛が存在するのある。我々は心の中に広大な森を持ちたいものだと思うが、その動機のテーマが愛である。つまり、ランドクルーザーに乗って時々大自然の懐を訪れるという行動様式は愛を求める為の手段だというのが本質ではあるまいかと感じている。
Love and Land Cruiser