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テキサス北部の町アマリロから15分ほど40号線を西に走ると、左手に見えて来るのがキャデラックランチ(Cadilac Ranch)、そこには看板も何もなく意識していなければ簡単に見逃してしまう。
1985に廃路となったルート66のメモリアルとも云われているが、マシューという男がこの10台のキャデラックを地中に埋めたのは1970年代である。
田舎のゲイジュツか(家)?
看板も何もないが、必ず誰かが停まっている。ハーレー乗りが多い。
ゲートの光景、
フェンスには落書きはするなよ!と。
個人の土地だが、ここでは立ち入りは黙認。
ここには必ず、ラッカースプレーを持って来る事。
僕が入る時に帰る人々から、どうぞ!と頂く。
しかし...皆さん、どえらいドロンコだな。
このマッドの先に...、
靴が汚れるのを覚悟する。
足元は麦畑である。
なるべく麦を踏まないようにそっと歩く。
爽やかな風に乗って牛のうんこの臭いが漂ってくる。
この香りがキャデラックの香りか、
ああー、ルート66の香りというのはこんな感じか。(笑)
ここはテキサスの田舎なんだ、を実感。
リベラルな雰囲気を感じる。
キャデラックランチというよりも、
キャデラックタンボ(水田)が相応しい。(笑)
近付いてペイントするには、靴は諦めなければならない(田植え)...。
お前にそれが出来るのか?
たぶん...難しい。(汗)
キャデラックランチで芸術について感じた。10台の車を並べて埋めた事だけではない。この何もない所に無から有を生み出して、宣伝もしないのにそこに人々が何年も自発的に足を運ぶという現象、即ちこの現象こそが芸術だな。
僕がこの場所で感じたのは、感覚的には日本の神社である。つまり人々は観光に観に来るのではなく廃路となったルート66の象徴にお参りに来るのだなと思った。
誰が決めた訳でもなく、定義した訳でもなく自発的に...。
ここを訪れる人々は無意識にアメリカの大地を車やバイクで走れる事に感謝するのではないかと感じた。
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