シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」
テノール:フリッツ・ヴンダーリッヒ
ピアノ:フーベルト・ギーゼン
録音:1966年7月2日―5日、科学アカデミー
LP:ポリドール(ドイツ・グラモフォン) 2544 093
このLPレコードで歌う、当時、一世を風靡した名リリック・テノールのフリッツ・ヴンダーリッヒ(1930年―1966年)は、36歳という若さでこの世を去った。この死は病死ではなく、1966年9月17日に階段から転落した際に、頭部を打ったことが原因で急死した事故によるものものだったのだ。当時ヴンダーリッヒが所属していたミュンヘンのバイエルン国立歌劇場総監督のハルトマンは、「オペラ芸術にとって最大の損失」と語り、また、名バリトンのフィッシャー=ディースカウ(1925年―2012年)も、ヴンダーリッヒの卓越した才能を称え、「限りない衝撃であり悲しみである」と、その突然の死に対して、最大限の弔辞を捧げている。ヴンダーリッヒは、それほど多くに人達から将来を嘱望されていた歌手であったのだ。このLPレコードの記録によると、「録音は、1966年7月2日~5日、科学アカデミーにおいて行われた」と記されているので、ヴンダーリッヒの死の2カ月ほど前ということになる。その意味ではヴンダーリッヒの最後の歌声を後世に残すことになる大変貴重な録音なのだ。ヴンダーリッヒが世界的に注目されたのは、1950年代の後半からで、それ以後ミュンヘンを中心に世界的な活躍を展開するが、それも僅か10年足らずで途絶えてしまうことになる。リリック・テノールという言葉通り、ヴンダーリッヒは、限りなく美しい声の持ち主であり、現在、果たして同じような声の持ち主が居るかと問われると、返答に窮するほどである。そんな不世出の美声の持ち主であるヴンダーリッヒの歌った、このシューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」は、絶品というほかない仕上がりとなっている。限りなく伸びやかなテノールの独特の輝きに満ちた歌声が、リスナーを夢心地に誘う。歌劇が得意らしかったことは、その語り掛けるような歌唱法からも読み取れる。シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」は、正にヴンダーリッヒのために作曲されたのではないか、という思いにさせられるほどの名録音なのだ。フリッツ・ヴンダーリッヒは、ドイツ出身。1950年から55年にかけて、フライブルク音楽大学において、初めにホルンを、後に声楽を学んだ。シュトゥットガルト州立歌劇場、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場で活躍。1959年以降はザルツブルク音楽祭に定期的に出演。1966年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場デビューを数日後に控え、死去。(LPC)