「もし、私が、きょう、あなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令に聞き従うなら、祝福を、
もし、あなたがたの神、主の命令に聞き従わず、私が、きょう、あなたがたに命じる道から離れ、
あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行くなら、のろいを与える。」
申命記 11章 27節 ~28節
新しい契約においては、キリストを信じる者は、すでに聖霊によって神の証印を押されており、キリストにあって神のうちにいる者にされていることです。
キリストにあってすべての天にある霊的祝福を受けています。ですから、イスラエルのように、神に従順だから祝福されて、不従順であればのろわれるということはありません。
しかし、です。その、キリストのうちにいる自分というのを信仰をもって見つけていかなければいけません。
新約においては、神がキリストにあってなされたことを信じることによって、祝福されます。
何かを行なったから祝福されるのではなく、神が祝福されたことを信じることによって祝福されるのです。
ですから、イエスさまが言われた、「わたしのうちにとどまりなさい」という命令は、すでにキリストのうちにいる私たちが、
その霊的真理を受け入れ続けるということであります。そこに祝福の鍵があります。
ただこの世界にはいまだに 福音を受け入れない人は必ずいる。その人々には、福音(キリストの香り)は呪い、滅びの香りになる。
2 コリント 2:16
「 滅びる者には死から死に至らせる香りであり、救われる者には命から命に至らせる香りです。このような務めにだれがふさわしいでしょうか。 」
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