一刀入魂 勇往邁進

2012年4月デビュー
2015年5月初勝利&再起不能
2019年、人生本番開始(笑)

追悼

2014-01-17 21:51:40 | 日記
小野田寛郎氏がお亡くなりになりました。
心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

僕の人生観、歴史観、国家観に強烈な影響を与えて下さった方。
歴史上のどんな人物よりも、尊敬申し上げております。

よくマスコミは、「終戦を知らずにフィリピン・ルバング島に残っていた」と
小野田さんの事を表現するが、妥当ではない。いや、大間違いです。

小野田さんの受けた任務とは、如何なる状況であっても生き残り、
日本の反撃を信じて、残置蝶者としての役割を堅持し続ける事。
例え「終戦である」とラジオや新聞が報じても、それを鵜呑みにせず、
敵の情報操作である可能性を否定せず、雌伏して戦い続ける事。

それ故に、小野田さんはルバングから動かなかった。
直属の上官から、任務解除の「命令」を受けるまでは、
何年経とうがそれは「任務遂行中」であるとして。
それが陸軍中野学校の教えだったという。

その軍人としての精神性も畏敬に値するものと考えますが、
僕が小野田さんを最も尊敬している部分はそこだけではありません。

約30年、孤独な戦いを「国から強いられた」と一般人なら考えてしまうでしょう。
そして、もし小野田さんのように50歳前後で帰国した場合、
これからの生活、そして今までの自分の人生などを憂い、途方に暮れてしまうでしょう。

しかし小野田さんは違った。

飽く迄も生き抜く事の素晴らしさと、
そして生き抜くために必要な強さの意味を知らしめてくれた。

国から寄せられた寄付金も靖国に寄付。
それを執拗にバッシングしたマスコミに辟易し、
ブラジルの未開の地へと移り住み、そこを開拓して牧場を開く。

何という行動力、何という突破力、そして何という柔軟さでしょう。

ご本人がインタビューで「僕は愚痴が大嫌い」と仰っていた通り、
愚痴をこぼしたり弱気になるどころか、30年培ったサバイバル術を駆使して
未開の土地を切り開いてしまった。

スゴイとしか言いようがありません。
こんなにも強い人間が、この世に、しかも我が国に存在されていた。
僕はその事を何より誇りに思います。
そして、やはりそういった方の生き様を学び、
自分がこれからの日本の為に何が出来るのかを考え、行動して生きていきたい。
心の底からそう思いました。

兎角現代人は拗ね気味だと思うのです。
拗ねるという表現が妥当かどうかはこの際置いといて、
まぁこんなモンだよ、だって仕方ないじゃん、やっても無理だよ、バカバカしい…etc
どこか諦めて「生かされて」しまっている感じを受けます。
恥ずかしながら僕もその一員でした。

しかし、ヒョンな事から小野田さんを見知った時、
僕は目が覚めた気持ちになりました。

腕っぷしが立つ戦国武将、
権謀術数の天才軍師、
名のある剣豪…

歴史上のどんな人物よりも、
リアルに「強さとは?」「生きるとは?」を、
同じ世紀に生きて示して下さった峻烈な人物。

何がなくても、裸一貫生き抜いて、
戦い尽くして、子供たちの世代に繋げていく。
そんな見事な生き様を、見せて頂いた。

小野田さん、素晴らしい教えを有難う御座いました。
どうか、英霊の方々と共に安らかに…。











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