まさおさまの 何でも倫理学

日々のささいなことから世界平和まで、何でも倫理学的に語ってしまいます。

ずーっと昔のカエルの話

2011-06-07 20:22:13 | 教育のエチカ
このところ私のブログ記事が 「うちの3姉妹」 に依存しているような気がするのですが、
今日もその流れです。
まずはこちら↓をご覧ください。

うちの3姉妹 「どーでもいい虫の話」

エマージェンシーですね。
地獄ですね。
自然嫌いの私はとっても共感できます。
我が家でもその昔似たようなことがありました。
私が横浜国大附属横浜中学校に通っていたときのこと。
理科の授業でカエルの解剖をすることになったのですが、
なんと我が母校ではカエルの調達を子どもたちにやらせるのです。
解剖授業の前日に代表者 (理科係?) が学校帰りに横浜中華街近辺にある食材屋に寄って、
カエルを買って帰り、翌日学校に持ってくるという仕事を任されたのです。
何人かがその係になったのですが、私はその1人でした。
今だったら絶対にそんな役、引き受けないだろうと思いますが、
たぶん子どもだったので、カエルと言われても、
雨の日に葉っぱの上に乗っている小さなアマガエルかなにかを思い浮かべていたのでしょう。
よく考えたらそんな小さなカエルを解剖できるわけないんですが、
とにかく愚かな私はカエル調達係を引き受けてしまったのです。

お店について渡されたのはでっかい食用ガエルでした。
今だったらその時点でも 「ごめんムリ」 と言って1人その場を離れたかもしれませんが、
純真で責任感もあり、まだ今ほど自然嫌いではなかったかもしれない中学生の雅夫君は、
みんなで均等に分けて、1人につき5~6匹ずつのカエルを、
大きめの缶に詰めてちゃんとおうちに持って帰ったのです。
ここまで話せばその先はもう想像がつくと思いますが、
その晩、当然のことながらエマージェンシーな事態が発生してしまいました。
缶を袋に入れて持ち歩いているうちは、缶のフタの力が勝っていたのですが、
家に帰って台所に置いておいたら、カエルたちの自己保存本能に基づくジタバタの力が、
缶のフタの力を上回ってしまい、全員が解き放たれてしまったのです。
カマキリやバッタどころではない大エマージェンシーです

家中がパニックと化しました。
まあ彼らはゲコゲコ言っていますし、なんといっても大っきいですから、
どこに行ったかわからなくなるという怖さはありませんが、
居場所はわかっていてもあまり捕まえたくはありません。
しかも捕まえようとすると、弱っていながらもジャンプしちゃったりするのです。
それはもう地獄絵図でした。
私は親の陰に隠れてブルブル震えていただけだったと思います。
けっきょく父が全部捕まえてくれて、けっして逃げ出さないように封印してくれました。
ひょっとするとこのときをきっかけに私は自然嫌いになった、
あるいは、自然嫌いが加速したのかもしれません。
しかし、今から考えると、うちの親もよく学校になんの文句も言わずにすませたよなあ。
今だったら、子どもに解剖用のカエルを調達させるなんて何ごとだと、
モンスターペアレンツが黙っていないような気がするのですが…。
とまあ、「うちの3姉妹」 を読んでいたらふと思い出してしまった、
どーでもいいずーっと昔のカエルの話、略してドーバナでした。
虫やカエルを持ち帰ったときは、フタにはくれぐれも注意しましょう!