1/10 あれはいつだった? 第5話
電話を切って旭は台所に行った。
冷凍のメンチカツがあった。
それを温して、食パンに置くと
マスタードとトンカツソースをかけて
サンドイッチにした。
残っていた野菜ジュースをコップにも入れないで
ボトルから飲んだ。
食べながらコーヒーを入れた。
エクセラ。
ゴールドブレンドよりましだった。
皿やボトルを机に運んだ。
椅子にこしかけると、足が何かに当たった。
見るとあのビニール袋だった。
食べ終わってから袋の中を見た。
丸めた紙が入っていた。
それを拾い出して、開いてみた。
書きかけの直子の手紙だった。
直子は要点を文の初めに書きとめる癖があった。
初めに別れることを切り出す
引越すことは一切触れない
あきラ
あいつ、別れる気だった!!
別れを直子から切り出されたら
それはそれで腹が立ったかもしれない。
何が別れる気にさせたんだろう?
誰かに会った?
そんなふうには見えなかった。
旭は紙を丸めなおして袋に入れた。
それからサイフをポケットに入れ、
出かけようとしたけど、
冷蔵庫に行くと、牛肉のトレイをスーパーの袋に入れると
家を出た。
数百メートル歩いて、実家についた。
中に入ると母親がコタツにいた。
ね、これ焼いて。
今食べるの?
うん
夕食に一緒に食べない?
今食べる。
それから冷蔵庫に行くと
フライドポテトがあった。
もう解凍してある。
これも。
親父は?
旭は食べながら聞いた。
ヤスちゃんのところに行った。
今夜は遅いかも。
お父さんに何か話でもあるの?
ヒサちゃん、パリに行くんだって。
旅行で?
タカオさんの転勤だって。
子供はどうするの?
連れていくんだろう?
母親がヒサちゃんは
アメリカに留学したこともあるから
外国生活は心配していないだろうけど
子供も連れてってなると大変ね
と自分の娘のような心配がわいたようだった。
それから小うるさい質問が始まった。
あの子、名前なんだっけ? なおこさんだ。
直子さんはどうしたの?
旭はみぞおちに強烈な痛みを感じた。
実家にでも行ったんだろ。
知らない。
喧嘩でもしたの?と母親。
喧嘩なんかしないよ。
僕たちはお互いに自由なんだから。
そんなこと言って、急に結婚でもします
なんてことになったら、
あなた、後悔するわよ。
直子さん、これまでの誰より馬が合うっていうか
長い付き合いになったじゃない。
あなた、すごく面倒な人なんだから
合うのよ、あの人と。
そんな人、めったにいないもんよ。
直子の書きかけの手紙読んでみよう。
と思ったら
帰るよ、もう、うるさいから
と声が出て、立ち上がっていた。
落ち着かない子ねって母親は玄関までぐずぐず言っていた。
直子の手紙。
丸めた紙をしっかり伸ばした。
直子は書いた。
いろいろ考えたけど、私たち別れるべきだと思う。
旭さん、女が好きじゃないのよ。
それは手紙ではなく、いつもの話している調子で書かれていた。
興味がないというか。
それはいつだったか、直子に言われたことだった。
ある日突然、旭さん、女より男のほうがいい?
と言われたのだ。
何の話?と聞いていた。
浮気は確かに悲しいし、つらいけど
あなたを見ていると、旭が浮気をしないのは
私が好きだからじゃなくて
興味を持てる女がいないから じゃないのかしら。
すごくきれいな人で、私がヒヤヒヤしたときだって・・・
英子のことか?
そう!!直子は内心びっくりしていた。
気が付いていたよ。
ああいうのは好きじゃない、いくらきれいでも。
それにそんなにきれいとも思わなかった。
直子が旭に目をやったのを旭が気がついていた。
女は顔じゃないよ。
少なくても顔じゃ選ばない。
じゃ、なんで選ぶの?って直子には聞けなかった。
旭の周りには女性の姿が多かった
と直子は思っていた。
旭って上に3人もおねえさんがいたし
女のほうが居心地いいのかも。
そう思っては別れる決心がつかなかった。
手紙に戻った。
でも男の恋人もいなそうだし、
私は旭が男優先でもいいのよ、
でも、それは私には単なる浮気より悲しい
修復がきかないような気がして。
私も男ならよかった。
親も性も子供は選べない。
なんか読み続ける気が失せて旭は紙を丸めてビニール袋に入れた。