"本の話1"の最後に書いた、
兵庫慎司氏の解説(『小暮写眞館』)について。
兵庫慎司氏については、全く存じあげなかったので、検索したところ、株式会社ロッキング・オンのウェブ事業部の方みたいです。
ちなみに、株式会社ロッキング・オンと言えば"みゆきさんの言葉選び、その8"などで引用したインタビュー記事が載った「ROCKIN ' ON Japan 」を出版してる会社みたいです。
同じ"みゆきさん"(宮部みゆき女史)ですが、この解説は、中島みゆきさんとは全く関係ありませんので、念のため。
さて、解説の内容ですが、季刊総合誌「SIGHT 」2010年秋号掲載の宮部みゆきインタビューを引用しながら、『小暮写眞館』がどのような状況(主に作者の精神的状況)で書かれたか、そしてどのような意味を持つ作品かを語っておられます。
まず興味深かったのは、作者の精神的状況です。
この『小暮写眞館』は、2010年に「講談社創業100周年記念出版 書き下ろし100冊」という企画の一冊であり、現代物のエンタメ系小説としては、2007年刊行の『楽園』(文春文庫)以来3年ぶりの作品だったようです。
なぜ3年空いたのか、インタビューで、宮部みゆき女史は、
「現代小説で、犯罪とか、つらい出来事をずっと書いてきて、そのことに疲れてしまったんです。」、「一番のターニングポイントは、やはり『模倣犯』(新潮文庫全5巻)でした。物語の中で、本当にむごいことをたくさんやりましたし。書き終わった後、半年くらい、かなりの疲労と自己嫌悪の中にいたんです。」、「あそこでつぶれてしまっていたんじゃないかというくらい、すごく落ち込みました。」等々、その後遺症として、重い犯罪物が書けなくなっていること、間を空けないと、エネルギーが充電できなくなっていることを語っておられます。
『模倣犯』は、楽しくとは言えなくとも、全5巻をほぼイッキ読みしたほど面白かったので、ここまで消耗されていたとは意外でした。
確かに、怖くなったと、半分も読めずに断念した友人もいました。
陰惨な事件が続きますし、もし自分が、と思った瞬間、真っ暗な気持ちになったこともあります。
しかし、宮部女史の読みやすく、テンポのいい文章のほうが、陰惨な気分を上回り、読書の楽しみに浸ってしまうんです。
また、同じ読みやすく、テンポのいい文章でも、『小暮写眞館』の軽妙洒脱な筆致とは、また違う迫力ある文章に、最終頁まで釘付けにされたような記憶があります。
もし私だったら、これだけの作品を書き上げることができれば、「どんなもんだい」とふんぞり反ってるような気がするんです。
(仮定の話です。気を悪くされた宮部ファンの方、スミマセンm(__)m)
また、6年後(連載は、5年後)とはいえ、続編(?)とも言える『楽園』を上梓されていたこともあって、精神的ダメージを受けていらっしゃるなんて、この解説を読むまで、全く考えたこともなかったので、本当に驚きました。
インタビューで、書いている時は、怖いものを素手で扱っていることに、あまり気付かず、重金属の中毒のように、後からじわじわ効いてくるというようなことも仰っていますから、『模倣犯』の後遺症と対峙するのに、5年(連載開始)の時間がいったんでしょうね。
創作し表現し、それで生活の糧を得るということが、どれほど自分自身を消耗することか、改めて教えられた気がします。
正に、"身を削る"ですよね。
プロ、それも一流のプロは、やはり凄いです。
これは、中島のみゆきさんにも通じるように思います。
(やっぱり、そこかい!(笑))
う~ん、この解説についてもう少し、というか、まだ書きたいことの半分以下なんですが、思いの外長々と書いてしまったので、続きは"本の話3"として、改めて書きます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。(^^)
では、また(^-^)
兵庫慎司氏の解説(『小暮写眞館』)について。
兵庫慎司氏については、全く存じあげなかったので、検索したところ、株式会社ロッキング・オンのウェブ事業部の方みたいです。
ちなみに、株式会社ロッキング・オンと言えば"みゆきさんの言葉選び、その8"などで引用したインタビュー記事が載った「ROCKIN ' ON Japan 」を出版してる会社みたいです。
同じ"みゆきさん"(宮部みゆき女史)ですが、この解説は、中島みゆきさんとは全く関係ありませんので、念のため。
さて、解説の内容ですが、季刊総合誌「SIGHT 」2010年秋号掲載の宮部みゆきインタビューを引用しながら、『小暮写眞館』がどのような状況(主に作者の精神的状況)で書かれたか、そしてどのような意味を持つ作品かを語っておられます。
まず興味深かったのは、作者の精神的状況です。
この『小暮写眞館』は、2010年に「講談社創業100周年記念出版 書き下ろし100冊」という企画の一冊であり、現代物のエンタメ系小説としては、2007年刊行の『楽園』(文春文庫)以来3年ぶりの作品だったようです。
なぜ3年空いたのか、インタビューで、宮部みゆき女史は、
「現代小説で、犯罪とか、つらい出来事をずっと書いてきて、そのことに疲れてしまったんです。」、「一番のターニングポイントは、やはり『模倣犯』(新潮文庫全5巻)でした。物語の中で、本当にむごいことをたくさんやりましたし。書き終わった後、半年くらい、かなりの疲労と自己嫌悪の中にいたんです。」、「あそこでつぶれてしまっていたんじゃないかというくらい、すごく落ち込みました。」等々、その後遺症として、重い犯罪物が書けなくなっていること、間を空けないと、エネルギーが充電できなくなっていることを語っておられます。
『模倣犯』は、楽しくとは言えなくとも、全5巻をほぼイッキ読みしたほど面白かったので、ここまで消耗されていたとは意外でした。
確かに、怖くなったと、半分も読めずに断念した友人もいました。
陰惨な事件が続きますし、もし自分が、と思った瞬間、真っ暗な気持ちになったこともあります。
しかし、宮部女史の読みやすく、テンポのいい文章のほうが、陰惨な気分を上回り、読書の楽しみに浸ってしまうんです。
また、同じ読みやすく、テンポのいい文章でも、『小暮写眞館』の軽妙洒脱な筆致とは、また違う迫力ある文章に、最終頁まで釘付けにされたような記憶があります。
もし私だったら、これだけの作品を書き上げることができれば、「どんなもんだい」とふんぞり反ってるような気がするんです。
(仮定の話です。気を悪くされた宮部ファンの方、スミマセンm(__)m)
また、6年後(連載は、5年後)とはいえ、続編(?)とも言える『楽園』を上梓されていたこともあって、精神的ダメージを受けていらっしゃるなんて、この解説を読むまで、全く考えたこともなかったので、本当に驚きました。
インタビューで、書いている時は、怖いものを素手で扱っていることに、あまり気付かず、重金属の中毒のように、後からじわじわ効いてくるというようなことも仰っていますから、『模倣犯』の後遺症と対峙するのに、5年(連載開始)の時間がいったんでしょうね。
創作し表現し、それで生活の糧を得るということが、どれほど自分自身を消耗することか、改めて教えられた気がします。
正に、"身を削る"ですよね。
プロ、それも一流のプロは、やはり凄いです。
これは、中島のみゆきさんにも通じるように思います。
(やっぱり、そこかい!(笑))
う~ん、この解説についてもう少し、というか、まだ書きたいことの半分以下なんですが、思いの外長々と書いてしまったので、続きは"本の話3"として、改めて書きます。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。(^^)
では、また(^-^)