何でもない日々

優しさの素は幸せ
幸せの素は楽しい
楽しく生きる人は優しい

個の仮説と全体の仮説

2024-06-23 20:12:11 | 詩はあいまいな哲学
何らかの印象や関係を持たないものに自身にも対象にも
誇りや卑下する感情対象にはならず、
又一つの関係だけには不確かに仮定されている共有の中で
等しい力で向かわされてるという帰結を観察してみると
関係に不都合さは生じない。
愛や憎しみの原因として
如何なる事象が関係に満足や誇りを与え得るものであろうか。

事象に自己との関係を与える。
そうすると直ぐに私が絶えず要請してきたある情念が配置され、
観念の関係が生じる。
自身の中で情念と観念の二重の関係が対象の観念とも関係し
それが引き起こす気持ちが情念に類似してゆき、
情念に引き摺られ快、不快へと印象が置かれる。

情念の対象が想像と共に働く時は互いに助け合う。
心は常に一つの情念から何かと関係を持つように促進し移る傾向がある。

観念のみの関係は想像の移行を引き起こす時点でも、
その影響が起こらないということであれば、
印象と観念の関係は愛や憎しみへと容易さでは変わらない。

GeneLabCon : เธอทำให้ฉันเสียใจ - COCKTAIL
コメント
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