何でもない日々

優しさの素は幸せ
幸せの素は楽しい
楽しく生きる人は優しい

隠せない法則の元

2023-09-27 12:01:49 | 詩はあいまいな哲学
詩という音の建造物は
私たちの心と体の本性の情念の底からと
精神の最高峰の高みから同時に優しく包んでくれる。
容易く得難い知を求めて、人生の流れと思考を組み立て
情熱を保ちつつ安らぎへと鎮める。

[แสดงสด] มึงกับกู -ไททศมิตร Taitosmith Live in #ตลาดมหาเฮงสุรินทร์ #เพลงฮิต #m19studio #สืบสานศิลป์
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魅力と努力の混合

2023-09-24 17:13:26 | 詩はあいまいな哲学
宗教心は魂から揺さぶられるような感動で、
宗教的人格に求められるのは共鳴の渦巻き大流行。
それは常に告白が危険な賭けであるところに育つ。

神学は古代語の知識、聖書の理解、宗教史及び比較宗教史牧師の説教法、
典礼などの牧師や司祭の就職先用の学問で、
ホッへは神学に励んでも信仰が深まることはないといい、
無信仰者のみが神を証明しようと企てるとシュペングラーは断言した。

民衆は宗教を要するという御仁は自分は俗人とは別と思い込んでもいて
人類を幸福にする理想的な計画も厳しい現実にぶつかると挫折しないまでも、
妥協や保身、嫉妬から不利な側になれば人間が平等の必要性とか持ち出して、
理想から遠回りするのが人間の定めとしてある。
運命に平等はないのだから。

偏狭な教義ではない科学的、社会学的、人文主義的な知識人として
優れた教養を有することと
敵対者の世界観を打ち滅ぼす宗教的な人格というものは不可説、不可得で
あり、形而学上敵欲求を満たす為にもう一つの世界観を登場させる。

トーマス・モーアの共産主義的な「理想郷」を発端として
カンパネラは、何かにすがろうとする人間の感情に訴えた弁神論で
センセーショナルな資本論で「太陽の国」という政府を
パラガイの川辺に政府を作り努力し続けた。
詳しくないけど、調べてもないし。
権力を持たない権威を尊ぶ君主制で、資本主義だけど福祉国家でもあって
日本と関係あるのかな?

原罪を負い過去を償うため生まれてくるという発想が日本人はない。
「みんな違ってみんないい八百万の神様」と自然にすがって生きてる。
神様と多少の因縁因果の繋がりがあったとしても、嫉妬心も薄いし。

「人が嫌がるようなことをしない」は例えばどういうことか?でも
性善説者にとって性悪説者の答えが有益とまでならない。

【HD】ONE OK ROCK - アンサイズニア "人生×君=" TOUR LIVE
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悲しみの魔法

2023-09-21 16:45:20 | 詩はあいまいな哲学
資本主義と同じようにその巨大な体系の神託により
過ぎ去ったと称されるものは
常に人間という決して変化しない源泉から再生してくるもの。

政治学の地下の部分では
富、商業、労働、報酬に関わる諸事の分析を更新しようとされながらも、
最も長く抵抗されて、隠れたものでも判りにくいものでもないことがわかる
その評判を訂正するのは慰め半分程度に無力であった。

恐怖、憤怒、絶望、及び増悪と愛との根底を説明する道は
新しい道を発明する以外にはない。

飾り立てた百貨店に対して屋台店の為に弁ずることが出来るかと問う。
機械は労働をもの苦しく強化させながら、ついには人間を壊してしまう。
これらは人間を激昂させ、懐疑が影のように確実性に連れ添う。
私の主張に決して満足させるものを見出さないようにさせる。
私の傍らにあるものも他ならぬ地平線の幻想であった。

デカルト的に教えてくれることには
凡てについて架空的なものであるように
身体の動きに依って情念や感動の分析をすること。

King & Prince「ツキヨミ」YouTube Edit
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踊るロジック

2023-09-20 06:51:50 | 詩はあいまいな哲学
現実世界は事実の集まりで、言語は現実世界の模写の集まりという。
模写は鏡のように現実との境界で対等に対応し
溢れ出すごとき増殖することもあって
言語そのものの存在は伝わる「意味」ということになる。
「科学的文」は理論上誤用してはならず
語り尽くせぬことは沈黙しなければならないいと、
ウィトケンシュタインは言った。

フォンノイマンは「人間が生きることは言語そのもの」といい
言葉の痕跡は世界の秩序とは無関係な恣意的な人間の都合
により定義されてきたもので
現象世界に根ざさない、よって自然現象ではない言語の法則を
科学的手法で扱うことは困難と言える。
しかし自然科学の最終形態は言葉によって意味発表されていくもので
データーをより優れた意味内容へと加工し結果として出すこと。
言語は人間から出る計算結果となるのである。

コントは回顧的でも教階的でも帝政派でも
社会主義でもない真摯な政治の理念だけが空間の効果を生み
思想を調整し、完成し、適合させ誰もがそれになってしまうのに、
誰も欲しがらないでいるそれ自体が豊かで
外部を顧慮することなく内部に掘り下げいく現実的な思想のことを
(続く)

山下智久 MOLA (R-midwest REMIX) Music Video
2022-06-22 16:43:45に追記
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白雲抱幽石

2023-09-18 15:14:14 | 詩はあいまいな哲学
古代末期のギリシャでは
無形相の限りないものは未完結・不完全と考えられた。
時間的空間的に限りなく拡がる存在と生成を包括する
完結的な無限者を神として、世界を有限とする考え方が支配していたが
無限について深く洞察したヘーゲルは真無限と
悪無限又は否定的無限とを区別し
真無限は他者の内の普遍者、有限なものを契機として
止場している精神の絶対者。

悪無限は
有限を超えて果てしなく進むが
どこまで進行しても有限に留まり、更に果てしなくなる。

タイトルは禅の言葉で人の気配のない深山の無心な幽石と
それを高みからふんわりと優しく抱いている白雲の
宗厳ながらも慈悲を感じさせる天上の風景のコンビネーションでは
何の心配も計算も拘束のない心で自分は、そして誰が
何を想わせ抱くようなのかと、風景一つで生き方を教わることも。

Sounds of Future Siam — Pi
2022-02-05 21:05:27「有形無限」のタイトル変更と追記
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訪われ多忙にして帰る

2023-09-15 02:14:32 | 詩はあいまいな哲学
現代技術の巨大な問題群である「者と物の総体」を煽り立て、
事態に対処できない推論ば可能性として保存するか、
処分するのかを検討させ、
存在の本質を隠された本性を露わにさせる「総駆り立て体制」では
技術は便利な道具を作り出す手段や出来事を生み出す力として重んじられ、
目的としても技術力は新しい始まりを開く推進力がある。

技術感は新しさを約束されている常識ともなって信じられて来ているが、
現代人は新時代を開く技術を開発しようと躍起になって
更なる新しい始まりを求めている。

善行の行いも救いも利他にならないことで
作為的に動いていて人は神に十分近づけていない。

美は人を沈黙させ、沈黙を経た彼方での約束の対話
融和に導き人間の争いを食い止めるものが美であった。

いがみ合う者同士であっても平安を見出し融和に導き
それらの物の中で暮らす一家の枠組みで起こってきたし、
これからも美は起こってゆく。

人は眺める器物との間にさえ、
ある者は不可視な感覚習慣である者は嗜好を交え、
ある者は思想を入れ込み物を眺める。
その三つの罠で見て思索する以前に惰性の判断や決定があり
外的知覚で感じる痛みが精神に依っても引き起こされ
このことから身体とは外部(客観)であり、内部(主観)でもある。
つまり身体は精神と世界を繋ぐ雨のような、両義的な存在「媒介」である。

「気を引く手段」の認識をめるにつれ
見慣れないものに感じた趣味装飾の軽蔑が、
その労働の偉大さの側へ繋がれた時その多くは同時に離れがたく
情愛の中で幾多の秘儀(余白)が、辺境に匿れた扉へ捧げる私の為に。

その未知の友へと満足(した)の奉仕を
静慮する物の無為こそ反響と共鳴の享受である。

馬鹿らしさや意味不明さにも人間は待たれている。
美徳を誤りやすく限界のある言葉によって説明せずとも
人間の徴としての要求をし保持する鄰(となり)ありきは
持続的に群れなす行列を観ようとする「一期一会」

予は神と共に教える前に触れる多忙であり、
時間と空間の継起と他者存在の関連から帰趣する自然の命に動き悦ぶ。
静かな力こそ土壌の深さと強さ。破りうる力なし。
技術力は権(剣)力、
編集力は整理整頓能力という日常レベルにも表れる人間力だと感じる。
(続く)
東京ゲゲゲイ 「OUTSIDER」 | Tokyo Gegegay Music Video
2021-11-03 09:20:21に追記したが余計散らかってしまった。


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正義は強者の利益

2023-09-09 06:16:44 | 詩はあいまいな哲学
ちょうど神が我々を見棄てるように、
正義という観念に於いて持つ一切の意味を仕上げるには
今度は我々が神を放棄するのが賢明な方策かもしれない。

誰でも自分に引き戻されて自分自身の状態にはまり、
自分が救われるだけで一杯で君の隣人に依存しているなら、
君には手を拱いて待っているという術もある。
おそらく君はそうして待つこともなかなか気に入ることだろう。

正義という観念はよく行き渡っているが、
その強い根拠から切り離され、勇気や節制、智慧、統制へと四散している。

ギリシャの昔と同様今日でも政治の霞に覆われ、
かの野心家のカリクレスが
「詭弁家(ソフィスト)の群れを呼び集めなければならない」
と、その中で「誰にでも共通な顔を作る事も必要だ」と、一度だけ語った。

一つの顔、そこには礼節、驚嘆、焦燥、倦怠等が
不落の陣地に雲がかげるごとく次々とよぎる。
ソクラテスは「権力が強いより正しくある方がいい」と言う時、
少し先を進んで信じさせるのはいいことであるが、
「正しいのに不正と思われている方が、
不正であるのに正しいと思われているより良いことだ」と語る時
世間の意見を無視してかかっているし、
口にすることも信じさせることも容易ではなく
自明なことよりだいぶ遠くへ行っている。

しかしソクラテスはさらに続ける。
儀礼的な承認がやすやす得られると今度は
「不正なる者の最悪の不幸は罰せられないこと」と、
つまり神の厳格さは不正をした人間が
いつまでも成功状態を続けさせられていることだと、
居並ぶ面々を底の底まで覆したが、
それを誰もが確信していると確信してしまっているのだ。

古代ギリシャの経験則的主観の多い哲学は誰にも当てはまる理窟ではないよう。
現時点において科学ですら正しそうな仮説に過ぎないかもしれず、
ニュートンも「現象の説明に正しくて十分な原因がわかればそれ以上を考えなくて良い」と語り、
アインシュタインも「何事も単純にすべきだ。ただし単純すぎないように」という
イギリスのオッカムに住んでいた神学者ウィリアムが
「物事は出来るだけ単純に考え、一番単純な理屈で、
必要以上に仮定をおくべきでない」と唱えた教えに「オッカムの剃刀」があり
仮説を立てる段階では展開方も
「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」
鍛冶屋が刀を鍛えるが如く
あらゆる方向性から飛躍させたり収斂させたりしながら
無駄のない能率的な合理的思考の鍛え方として

①仮説を立てる。
②それを攻撃する反証で跳ね返す
③自分の頭を離れた偶然によってや、岡目八目に周囲から新たな着想展開を得る機会で熟成を待つ。
④それでも尚、仮説が強固であるならば、その反証を棄却する。
⑤仮説も反証もやらなきゃ進まない。やれば進むではないが。
⑥動けば考えも心も体も物事も兎に角引き締まる?

ONE OK ROCK × Monster Hunter Now - "Make It Out Alive" Music Video
2023-09-07 17:22:01に追記
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全体の骨格

2023-09-07 14:58:14 | 詩はあいまいな哲学
常態化という無難な言葉は
権限の小さいものがそれに慣れ
権限を持つ者にすり寄らなくてはならない気配で
既得権益にしがみつく状況が全ての元凶で
真なる善意としての過去の経験は役に立てなくなっている。

変動が牙を剥いて忍び寄る世界で
小さな成果にも影を落とし込み隠すと同時に
孤独や恐怖から裕福な者のみの心を守る色として
栄え増え続けてゆく。

自分らしさに正直になって時折進歩はするだろうが現状維持。
馬鹿をみるというのはどういうことだろう??
例え成功例とならなくても「何か」は得るのだし、
待遇のパラドックスでは省略された因果や主語、時間差があって
自己言及、別の厄介、虚偽を取り違えて後悔するのか。

私が残し書いた記事も自分で考えたことより本やネットで見つけた
共有したものを柔軟に組み合わせただけの
「ほぼパクリ」内容で著作権についても無知で無能な
しょうもない一人…。

色んな考え方を要素として、要素に分け考えてみる。
理系の論文を書く場合一つのセンテンツを20~30の要素にカードで分類し
2~5枚づつぐらいのカードのグループに纏め、
時には何処へも属さない孤立カードが出ても無理に他のグループに入れず
時には孤立カードと似た内容のデーターを集め
新しいグループを作る事もある。
考えなくても自動的に仲良くなるものから突飛な組み合わせまで
試行錯誤の末、それぞれのカードグループから引き出した結論を
並び替えたり組み合わせによって意外な閃きに導かれていって、
最後に全体の骨格(視点を導くタイトル)にしてゆく。
と、出来ていればいいな。
閃いてタイトルがオチだったり、反転してたりもするけど。

ONE OK ROCK 18祭(18Fes) We Are
2022-10-09 17:41:44に追記
2022-10-18 13:34:44の再編
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プラトンの不滅の円(同地)

2023-09-06 21:06:18 | 詩はあいまいな哲学
生きるとは考え続けるに同じではないか。
イデアは我々の直ぐの眼前にあると語られた。
この無期限な流れの中に
物事の姿を露わ占める限定者のイデアがなかったならば
世が理解されないというだけではなく
世界はその姿を現すこともなく、存在さえしないだろう。

我々は「動」を「同」「尺度」を持って考えられた一つの全体として
受け取り、物の側から得られ教われないでいる原型ではなく
「精神の側から考えられた原型」として受け取っている。

運動は変化そのもので
プラトンの中で変身した運動否定論のゼノン同様
ヘラクレイトスもプラトンに於いて変化の状況そのものの中で
「二重の否定」により不動なものが充分明らかになる。

イデアを捉えソクラテス的な勇気を持って誠実に考えられ
プラトンに反対する敵手が出来る限り善美な仕方で舵をとり
不変の法則に従って運を試し、委ねながら善を探すならば
ヘラクレイトスとゼノンの二人が精神を救うのに必要だった。

賢者とは、自身の影に至るまで様々な影を救う人であり、
プラトンの目的には我々に「知識を与える事は入っていない」
権力より遥かに尊い別な救いをめがけて注意するだけで充分だった。

正しい人間の何処か外側に、もっと完全な人間
の中に正義を求めたりしている限りは理解され難い。
イデアが経験の横糸そのものを形作っているとするなら
野心家は勢力を振るうことを選び、博打者は賭けをすることを選び
欺瞞な人は他を軽蔑することを選びながら避けられるつもりでもいる。

運動は物事の中には存在せずその選択が良くも悪くも
選択した運命を肩に荷いながら
傲慢な人が愚かであったり、嫉妬深い人が裏切られたり
自惚れた人が屈辱を味わったりしてを不運であったとか
冷遇された魂も再び「新しくあろう」自身に望むべきで
いつしか忘却の河により思慮の光の内在説を乗り越えてゆく。

好き勝手に本の内容を編集して、自分でも解ったような判らないような。
哲学書は小難しい表現ばかりで、最初から最後まで根気よく
ちゃんと読破したことはあまりない。
パラパラ~と近い内容を前後して飛ばし気味に読んで
自分で合点を見つけてみるのも面白いです。

個人的な合点させ動画も、同地とそんなに関係なくとも(笑)
何らかの受動的視覚から能動的思慮の光になれますやも。

[Highlight Concert] POTATO l ที่เดิมม, ไม่ให้เธอไป, รักเธอไปทุกวัน
2023-09-04 21:50:35の訂正と再編
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