人からは不経済、無駄に無意味でメリットあるのと、
いわれそうなひと時も、たまには悪くはないかと
牛乳パン~小林製菓舗(長野県)
登った、歩いたと、アウトドア遊びの帰り道にガブリ。
口にするのは、地元で愛される食のひとつ「ご当地パン」。
そんな旨いをほおばりながら、
ぼんやり、よしなしごとを考える。
今日のいただきましたは、
牛乳を練り込んだパン生地を焼き上げたのちに
バタークリームを挟みし一品で、
長野県民のソウルパン、その名は「牛乳パン」。
長野県の「豊野」という駅のホームで、
今しがた購入したばかりのパンを
がっついている。
そして、ふと思った。
「俺は何で、ここでパンを
食べているのか」。
そもそものきっかけは、
有名なことわざ
「牛に引かれて善光寺参り」だった。
この「牛に引かれて~」に登場するのは
不信心の婆様。
では自分自身、煩悩まみれで罰当たり者爺さんの場合、
牛も何も先導はしてはくれないが、
善光寺まで歩いてみたらどうなるか。
何とも変な思いつきだったが、出かけてしまった。
スタートは小諸のお隣、滋野。
出足は順調そのものだったが、途中の姨捨での
昼寝タイムほか休み過ぎで時間切れ。
結局、長野駅には夜、電車に乗って
フィニッシュとなった。せっかくなので一泊。
翌日は、ここまで来てスルーはあかんやろと、
当初のゴールでもあった善光寺へ詣で、
ついでに善光寺の道すがらにある
老舗の銭湯で汗を流して帰京することにした。
ただ行動は、銭湯がオープンする
時間に合わせてとしたので、オール午後。
では朝は何をする。
と、ここで腹が鳴った。よしまずは朝飯だ。
何か長野ならではの味でも、
口にしてみるかである。
ただし貧乏で暇な身。ここはリーズナブルにと、
決定したのが「牛乳パン」だった。
直ちに電車に乗って評判のお店へ。
購入したら、駅でも少し遅めの
ブレックファーストだ。
といった経緯で駅のホームで
パンをパクついている。
普段の暮らしでは滅多に口にしない朝食を、
訪れるのは最初で最後になるかもしれない場所で味わう。
そんな初物づくしの行為が
脳を刺激したのか、
柄にもなく真面目な考えが浮かんできた。
今は、高効率、経済的、手間なし、
こんな言葉が人の飛躍に成長、成功のキーワード。
しかも、何もかも迅速にである。
一方、今回の行動は、先のキーワードとは
どれも真逆であり、展開もまさに歩く速さでだ。
こんなことをしていたら、時代に置いてけぼり必至。
いい歳をしたおっさん、いやお爺か、
何をやっているのかである。
そうだなぁ、でも、そうかなぁでもある。
一生懸命に一見すると無駄で、意味なし的な事柄に
のんびりと取り組んでみるのも
人生にとっては意外と有意義に…。
いやいやそれよりも、
ことわざにかこつけて、訪れた信濃への旅は、
牛には引かれはしなかったが、かわりに牛の乳、
「牛乳パンに引かれて善光寺参り」だったかな…。
まともだったのは一瞬、
考えは、再びあらぬ方向へ。
昔むかしにあったコントの締めの文句を借りれば
「ダメだこりゃ」である。
~牛乳パンを食べて、再び電車に乗って長野駅へと戻り、
その後は、昼寝なし、休憩もそこそこにとどめ予定通り。
2021(令和4)年8月に出かけた変な長野旅。これにて無事終了~
※なお滋野から姨捨間の記録は別項にあり。
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