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クリスマスのプレゼントで私は、外国製の立派なミルクのみ人形をもらいました。
私のうちでは、おもちゃはクリスマスぐらいしか貰わなかったので両親はクリスマ
スのプレゼントには、ひとしおの思い入れとお金を使っていたようです。私のその人形は青い目の金髪で哺乳瓶に水をいれて飲ませるとおしっこをたれる本格派でした。これをもらった日から、私はすっかりお母さん気分でこの人形の世話をしたのです。着替えをさせたり、子守歌を歌ってあげたり、ミルクを飲ませたり、洗濯をしたりと楽しいくらいの忙しさでした。でも、赤ちゃんと言うものを知らない私は、きびしい親でもあったのです。
朝、一番に目をさますと両親の寝室へいくのが私の習慣でした。運が悪いと茶の間へ行かされますが、たいていは布団に入れてくれました。母の布団は暖かさがちょうどいいし、いい香りがするので大好きでした。父の布団はたばこくさく、あっつかったのですが絶対に入れてもらえました。
私は、たまにおねしょをすることがありました。それは父の布団に入れてもらった朝のことです。父の布団でぬくぬくともう一眠りした私が目をさますと、なんと失敗しているじゃありませんか。
私は、そっと抜け出してパジャマをはいたまま乾かすと素知らぬ顔をすることに決めたのです。いつものとうりの朝がはじまって行きますが、なかなか父が起きてきません。そこで私は、先手を打って母に父がおねしょしたと言いました。私は、墓穴を掘っていたのです。母には、すごくしかられましたが、不思議と父にはしかられませんでした。
おしっこをたれることがいけないことだと知っていた私は、ミルクのみ人形がなぜ平気でおしっこをたれるのか理解できません。何度言い聞かせてもわかってはくれないようです。私は、奥の手を使うことにしました。当時、私たち子供は、悪いことをすると二階の物置へとじこめられました。ものすごい悪いことをすると、その奥の暗い物干場へいれられました。
「今度おしっこをたれたら物置にいれますからね。」
私は、こうしてミルクをあげたら絶対におしっこをしてしまう人形に無理なことを言いました。
私にとって物置はとても怖いことだったので、これでもう大丈夫かと思ってみれば人形はぜんぜん言うことをきかないではありませんか。人形をしかりつけながら階段を上り物置に閉じ込めてやったのです。
ぷりぷりしながら別の遊びをすることにして、しばらく様子をみました。
お人形とはこれの繰り返しでだんだん私はがまんできなくなりました。そして、こわいこわい物干場へとうとう閉じ込めることにしたのです。そして、それっきりミルクのみ人形はいなくなりました。私も一生懸命捜したつもりですがみつかりませんでした。付けた名前も思い出せないほどだから私のもとにいたのはほんの少しの間だったようです。
後に何年かして、母が物干場のすみのほうに転がっているのを見つけたそうです。あんなにきれいな赤ちゃんだったのに顔はすっかりよごれはて、服もねずみがかじっていて、ただ目だけが青くうったえていたそうです。
*エッセイ集「ママといっしょにいたかった」より
*版画・たのしいトナカイ展より「私の赤ちゃん」
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