13年前の東日本大震災直後は、日本中がいろいろと混乱していたが、ようやく1年が過ぎて落ち着きを取り戻した。当時のブログを見ると、その頃の感情が蘇って来る。
8年前のブログの特集記事を掲載しました。当時の元記事をご覧になるには、下のタイトルをクリックして下さい。
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大震災から1年後の2012年には、被災地から遠く離れた米沢では、普通の暮らしが出来る様になっていた。しかしながら、津波と原発事故の被災地では、まだまだ瓦礫の山に覆われて、住む場所を失った人達が県内外に避難したり、仮設住宅に移ったりと、大変な状況が続いていた。
※ 下のブログは、大震災からちょうど1年後にUPした記事です。
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東日本大震災から1年 2012-03-11 23:47:10 | 東日本大震災に寄せる想い
東日本大震災1周年追悼式をTVで見ながら、2時46分に黙祷した。手術後の健康不安を抱えた天皇陛下の言葉には、深い悲しみと被災者に寄せる温かな想いがにじみ出ていた。被災県を代表して追悼の言葉を述べた人達の話には身に詰まされるものがある。
書きたいことは沢山あるが、被災者の悲惨な心の状況はまだまだ癒されていない。がれきの山を見て心が痛む。被災地がれき受け入れ自治体&マップ[URL参照]を見ると、被災地に寄せる県民性が分かる。西日本ばかりではないが、遠く外国で起こっている事の様に考えている人が多いのか?山形県は福島・宮城に隣接し、いち早く昨年8月には受け入れを、県内の多くの自治体で始めた。山形県民として誇りに思う。 http://bit.ly/rwHgUw
写真は2枚。一つは山形県産米のつや姫の玄米を、コイン精米機で精米している時のもの。バックには斜平山(なでらやま)の峰々、愛宕山と羽山が小さく見える。2~3ヶ月に一度、20年ぐらい前から30kg玄米の精米をしている。この様な平凡な営みを続けることが出来ることに、感謝。
写真の2枚目は、ネットからダウンロードしたものです。
ボランティア活動に汗を流す高校生 .. http://bit.ly/zRHBXO
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