ケン太とのprecious days

3度の不登校を経て、なんとか高校を卒業し、社会人になったケン太。社会での成長&安定を見守る母のブログです。

「子どもを受け入れられない」母親

2022-05-25 23:56:14 | 思うこと

昨日、庭先に出ていたら、ご近所さんが通りかかりました。

「バラ、綺麗に咲いているわねぇ~バラを見ていると、たまに、お母さんのこと思い出すのよ~」と。

お母さんとは私の母のことです。

70代のこのおばさまには、母が生前、とてもお世話になった方です。

 

この地域に引っ越しをしてきた時には、すでに認知症を発症していた母。

外を歩くのが好きな母なので、一緒に散歩に出かけたり、買い物に行ったりしていました。

その時に、よく近所をお散歩をしていた、このおばさまと出会い、お話するようになり、

「お散歩行きましょう~」と我が家に来て、母を連れ出してくれたこともありました。

おばさまの家に上がらせていただき、お茶をいただいたことも。

 

母が認知症と知って、気にかけてくださっていたのだと思います。

その気遣いがとても嬉しかったです。

 

そのおばさまが、昨日・・・

「お母さん、優しくて、とてもいい方だったものねぇ。お母さん、年上でしょ。私、年上の人と話すると、なんか落ち着くのよね」

そのように言ってくれたのです。

気遣いをいただいたことは間違いないですが、単なる気遣いだけではなかったのかも?

母だから?そこまで親しくしてくださったのだとしたら?

とても嬉しくなりました。

 

 

また、かつて、こんなことがありましした。

 

母が亡くなった後、デイサービス、ショートステイでお世話になった介護施設三か所にご挨拶に行ったのですが、

ある施設で、中に招かれ、お茶も出していただき、
少しお話させていただいたのですが、

「〇〇さんから学ばせていただくこともたくさんあったんですよ」と。

最後の方は、イベントも無表情でやらないと言ったり、「帰る!」と怒ったり、施設からいなくなってしまったことも。

懸命に外を探し回って下さったり、いろいろと、お手を煩わせることばかりだったと思うんです。

(最初のうちはイベントを楽しみ、笑顔いっぱいだったのですが、症状の悪化でそうなってきたのです)

正直、大変でした~が本音だろうと思っていたので、
敬意も含めたような、そんな言葉を言っていただき、思わず、泣きそうになりました。

 

お世話をおかけしてばかり・・・と思っていた自分はいったい・・・

母に対して申し訳なく思いました。

 

認知症ではあったけど、ひとりの女性としての母。

私の方がそれを忘れてしまっていたのかもしれません。

 

私がその言葉に学ばせてもらいました。

 

 

先日の映画ですが・・・

(ネタばらしです)

桃李くん演じる大学生は、少女誘拐の罪で少年院に入っていたのですが、出所して家に戻ると、離れに小さな家を建てられていて、そこで引きこもり生活をしていました。

ある日「僕は外れですか?」と母親に聞くのです。

その問いに目をそらし黙り込む母。

そんな母に・・・「僕のこと、見てください」

それでも、母は目をそらしたままでした。

そんな母親に絶望し、涙を流し、その場を離れていく息子。

 

母は「正しい」人。

正しくないことは受け入れられない人。

 

でも、「子どもを受け入れられない」は正しいことなのか・・・

「子どもを傷つける」ことは正しいことなのか・・・

 

こんな悲しいことがあってはならないですね。

 

 

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