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流れ流され繋がって…昭和、平成、そして、令和へ

2019-05-08 22:10:00 | 暮らし&行事
令和が始まって、あという間に一週間。

平成最後、4月の終わりに、3つの集まりがありました。飲み会、食事会、同窓会?!

最初は、出会って10年以上になる同じ年代のキイハンター&千葉ちゃん仲間。
一昨年秋以来久々3人揃って、カラオケ&飲み会。初の昼カラも、いつものように、前の歌を受ける阿吽の選曲が、心地良く、歌謡曲からフォーク、アイドル、ロック、等々、あっという間に2時間が過ぎ、日も暮れてきたところで、食通の仲間が、予約してくれたスペイン料理のお店に。

どことなく懐かしい空気漂うその店は、昭和の時代、バイトしていた居酒屋を思い起させる、こじんまりしたカウンターとテーブル席数席のお店。美味しいおつまみとお肉に、ワインの酔いが回って、気分は昭和にタイムスリップし、ニヤケっぱなしの自分。だが、話す内容は、まさしく平成の終わりのリアルな現実。

久々の梯子酒は、ロシア料理のカウンターバー。昭和以来?!のカウンターバーに、またニヤニヤ。夜風で酔いを醒ましながら、ウキウキ気分で家路についた。



お次はジャッキー・チェンファン繋がり。時代は文通。ファンクラブの会報に住所が載るような、英和でアナログな時代にできた、仲間。平成の子育て真っ最中、互いの姑介護話を手紙や電話で、話したり聞いてもらった姐姐(=お姉さん)と、やはり文通でつながっていたファン2人と、彼女の妹さんの4人で、彼女が癌で亡くなった4月に、新大久保で韓国料理を食べ始めて7年が経った。

早めに、待ち合わせ10時から人気の韓国料理店へ着くと、あっという間に満席に。しっかりお腹に入れたところで、デイサービスから、父発熱の呼び出しが入り、残念ながら、いつもの、ドンキの中のコーヒーショップでのお話しタイム前に、一人、帰宅することに。

話は出来なかったものの、今年も、みんなの元気な顔を見られて、彼女を偲ぶことが出来たことに、感謝。彼女の命日は、ジャッキーの誕生日、4月7日。ジャッキーがくれたご縁と共に、忘れることはありません。

最後は、10連休前の26日。ジャマイカから一時帰国する元バイト先のママさん(今では日本語学校の先生!)に合わせて、バイト仲間3人が集まり、相方(店のお客)も含め5人で、我が家での飲み会となりました。

前回、帰国で集まったのは、母の亡くなった年。つまりこちらも8年ぶり。出会ったのは、昭和の青春時代真っ盛り。前借りしながら夢を追いかけていた貧乏だけど、苦しく、もんもんとしながらも、思い起こせば、楽しい青春の日々。お店は、とうに無くなって、20歳そこそこだった時代から、あっという間に、40年近く。務めた時期はバラバラでも、未だに、繋がっている仲間とは、あの時のまま、集まると、一気に、20代の顔を思い出す。妹も、その仲間の一人。

カラオケもなかった時代、アコースティックギターが二台で、お客さんとママが弾き歌う、賑やかなみせだった。盛り上がって喧嘩もあったが、その楽しい時間が、今も忘れられない。自分もたどたどしく弾き語りしたり。(その時のノートを開き、今でもたまに〜に弾いてみたり)

松山千春をよく弾いて、自分らの結婚式には「乾杯」の弾き語りをしてくれた常連の仲間は、今年3回忌。同じく、式で「忘れた朝」を、弾いてくれたギター弾きで、バンドのお世話にもなった恩人や、いつもニコニコ飲んでた相方の友人を忍び、黙とうしてからの、乾杯。

元ママは、もう70歳近くなるのに、素敵な笑顔は変わらない。この笑顔に、たくさんの人が集まり、自分も、今のご縁を含め、たくさんのご縁をいただいた。感謝!


昭和の青春時代、子育て真っ盛りの平成、そして、今、父と孫の世話をしながら迎えた、令和。

だいぶくたびれて来た自分だが、これからも、続くご縁、新たに巡り会うご縁を、大切に感謝しながら、令和は自分磨きの時代にと、ひそかに思っている。

あと何年、寿命が残っているのか、定かではないが・・・





コメント
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