NHK組織大改変で“反権力”職員72名が提出した反論意見書
週刊ポスト2019年3月1日号
安倍一強」と言われる政治状況は、権力とメディアの関係性もがらりと変えた。露骨な圧力など加えずとも、メディアの側が権力にすり寄る構図が鮮明になっている。NHKの「組織大改編」をめぐる騒動は、その一面を露わにした。
◆部の全員が声を上げた
ここに「要望書」と題した一通の書面がある。差出人は、NHKの文化・福祉番組部職員一同。宛先は同局の制作局局長だ。要望書にはこうある。
〈今回の組織改正案について、文化・福祉番組部では1月31日・2月4日に、〇〇(注・原文では本名)部長より説明会が開かれました。(中略)福祉と文化が切り離されることについて驚きと強い懸念を抱いています〉
〈現在部員の全員(管理職を含む)が、現状の説明では納得がいっていないと考えています〉
〈NHKの番組全体の多様性が失われることを懸念する〉
要望書の中で、局長に対し、〈意見交換の場を求める〉とした部員は72名。海外留学中の部員を除く全員である。NHK局員が語る。
「現在、NHKでは番組制作体制の大幅な見直しを進めています。すでに上層部は組織改編案を作成しており、今年6月から新体制をスタートする方針です」
NHK(EテレやBSを含む)の自局番組制作は、政治部や社会部、経済部などニュース系番組を担当する「報道局」と、ドラマやバラエティ、情報番組を担当する「制作局」の2局によって行なわれている。今回、“改革の本丸”となったのが後者の制作局だった。
改編案には、制作局の8部署(青少年・教育番組部、文化・福祉番組部、経済・社会情報番組部、生活・食料番組部、科学・環境番組部、ドラマ番組部、エンターテインメント番組部、音楽・伝統芸能番組部)を全て廃止し、新たに6つの「制作ユニット」に再編するとの計画が示されている(図参照)。
「『従来の組織は縦割りで、専門性は身につくものの、幅広い制作スキルが育たず、局員の柔軟な運用もできない』という説明です。各ユニットには部長に相当するジャンル長がいて、人事発令がなくても、それぞれのジャンル長の判断でユニットをまたいだ異動ができるようになる」(NHK制作局の局員)
縦割り体制の見直しを目的とした組織改編という理由はもっともに聞こえるが、今回の改編には、それとは“別の意図”が見え隠れするという。
「改編と言っても、旧来のほとんどの部署は横滑りで新ユニットに移行する。例えば、『青少年・教育番組部』は第1ユニットの『教育・次世代』に、『エンターテインメント番組部』と『音楽・伝統芸能番組部』は第5ユニットの『音楽・芸能』に改編されるので、業務内容はこれまでと大きく変わらない。
しかし、『文化・福祉番組部』だけは複数ユニットに分割されることが提案されており、事実上の“解体”です。それについては明確な説明がなく、文化福祉の職員から不満の声が上がり、反論の意見書を出すことになった。70名以上の部員全員が声を上げるのは異例のこと。この改編は文化福祉の解体を狙い撃ちにしたものだったのではないか、との疑いが部員たちの中にあるのです」(文化・福祉番組部に在籍経験のある局員)
リストラ部署の恨み節にも聞こえるが、文化・福祉番組部の置かれた状況を知ると、背景には複雑な構図が浮かび上がる。
◆加速する「安倍シフト」
文化・福祉番組部の主な制作番組には様々な社会問題を取り上げるドキュメンタリー番組『ETV特集』や、LGBTや障害者の悩みなどマイノリティに寄り添う『ハートネットTV』などがある。そうしたテーマを扱う中で、時に「反権力」を強く打ち出すことも厭わない──というのが局内での評価だ。
「『ETV特集』では、憲法九条や日本の戦争責任、女性の権利などを重点的に取り上げています。政権のスタンスと真逆の番組も多く、局内有数の“反権力部署”とも呼ばれます」(同前)
2011年3月の東日本大震災後は、福島第一原発事故による放射能汚染の実態や、反原発報道に力を入れ、同年9月に放送したETV特集『シリーズ原発事故への道程』は2012年の科学ジャーナリスト大賞を受賞した。
文化・福祉番組部が“反権力”の姿勢を見せる一方で、2012年12月に第二次安倍政権が誕生すると、局としてのNHKは「政権寄り」に傾斜していった。
安倍首相の就任1年目となる2013年10月には、小学校時代の安倍首相の家庭教師を務めたJT顧問の本田勝彦氏をはじめ、小説家の百田尚樹氏、海陽中等教育学校長の中島尚正氏ら“安倍シンパ”がNHKの経営委員に次々と就任。翌年1月には、籾井勝人氏がNHK会長に就き、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」発言が物議を醸した。
「第二次安倍政権の誕生以降、NHKでは政権に近い政治部出身者の声が大きくなり、2017年4月に政治部長経験者の小池英夫氏が報道局長に就任して『安倍シフト』に拍車がかかった。昨年4月には“安倍番”を長く務めた政治部の岩田明子記者がNHK会長賞を受賞するなど、官邸との距離の近さが際立つようになっている」(NHK社会部記者)
昨年の森友問題を巡っても、当時NHK大阪報道部記者だった相澤冬樹氏が、政権を揺るがす特ダネに上層部から様々な圧力が加えられた経緯を『安倍官邸vs.NHK』(文藝春秋)で明かしたばかりだ。相澤氏が語る。
「安倍政権が長期政権となって官邸の力が巨大化したこともあり、局として政権の意向をうかがう姿勢は強まる一方だと感じていました。私のことだけでなく、迎合する姿勢を見せなかった国谷裕子キャスターや大越健介キャスターの番組降板も、そうした流れのなかにあったのではないか」
そうした中で、変わらぬ姿勢を貫く文化・福祉番組部は“浮いた”存在になっていったようだ。
「政権を刺激する番組を作り続ける文化福祉は、局の上層部にとっては煙たく映ったのかもしれない。改編案に文化福祉が憤るのも無理はなく、他部署の人間からも“これはさすがにおかしい”と、文化福祉を援護する声が上がっています。
正直、文化福祉の作る番組は“地味”なものも多く、数字は取れない。局内にも批判的な人はいます。しかし、公共放送の存在意義は、視聴率には表われない少数派に寄り添う社会的弱者に寄り添う番組を作ることにもあると思う。視聴率至上主義なら『ETV特集』のような番組はなくなってしまう」(前出・制作局局員)
◆18年越しの“対立関係”
今回の改編に政権への配慮があるのかどうかはともかく、安倍首相にかねてから「NHK改革」の強い思いがあったことは知られている。前述した経営委員の“お友達”人事はその姿勢の表われと見られてきたが、こと文化・福祉番組部は、安倍首相にとって長きにわたる“因縁の相手”だった。
発端は、2001年1月30日に放送されたドキュメンタリー番組『ETV2001 問われる戦時性暴力』だ。
番組は慰安婦問題を扱う女性国際戦犯法廷を取り上げたが、放送から4年が経った2005年1月、朝日新聞が、「政権介入でNHK『慰安婦』番組改変」と一面で報道。当時自民党幹事長代理だった安倍首相が、故・中川昭一経産相とともに、放送前日にNHK幹部と面会。「一方的な放送ではなく、公正で客観的な番組にするように」と、番組内容の変更を求めたと報じた。
当時、この番組を制作したのが、他ならぬ文化・福祉番組部だった。
報道直後に同部のチーフプロデューサーだった長井暁氏が記者会見し、安倍首相と中川氏を名指しして、「政治的圧力で番組の企画意図が大きく損なわれた」と涙ながらに告発。安倍首相は、朝日新聞と長井氏に対して「悪意のあるねつ造だ」と抗議し、謝罪を要求する騒動になった。因縁は続く。
2009年4月にNHKスペシャルで放送された『シリーズJAPANデビュー アジアの一等国』では、日本の台湾統治を検証したが、台湾先住民の暮らしぶりを日英博覧会で「人間動物園」として紹介した、といった内容に、保守派論客から「事実を歪曲している」と批判が広がった。その急先鋒に立ったのが安倍首相で、月刊誌『WiLL』(2009年8月号)ではこう断じた。
〈NHK職員は公共放送の責任をよく自覚する必要がある。自分の主義や主張、イズムを放送を使って拡大させようとするのは間違っている〉
この番組にも文化・福祉番組部のディレクターらが関わっていた。
「当時の番組スタッフは今も多くが残っている」(別のNHK局員)
NHKは、安倍首相との間に残った“最後のしこり”を取り除こうとしているのだろうか。今回の組織改編案についてNHKに質問すると、こう回答した。
「限られた経営資源で最高水準の放送・サービスを継続的に実施していくための最善の業務体制を検討しています。ご指摘のような(政権への配慮の)意図は一切ありません。報道機関として、自主自立、不偏不党の立場を守り、公平・公正を貫く姿勢を引き続き堅持していきます」(広報局)
かつてNHKでは、田中角栄元首相の側近として知られた島桂次氏、竹下派をバックにした海老沢勝二氏など、歴代会長が時の政権とのパイプによって局内の権力を握ってきた歴史がある。一方、そうした中で政治闘争に巻き込まれ、実力者が失脚する事態も起きた。メディアと権力の関係に詳しい立教大学名誉教授の服部孝章氏が語る。
「かつての番組改変問題にしても、政治家の介入の有無よりむしろ、それに配慮して内容を現場に無断で上層部が変えてしまったことこそが、報道の在り方として問題でした。今回の組織改編は、政権に批判的な番組制作自体に縛りをかける方向に動いているようにも見える。本来、NHKは国民の受信料によって成り立つ国民のためのメディアですが、NHKは政府のための広報メディアに変わろうとしている」
本誌がNHKに取材を申し入れた2月14日には、上層部から文化・福祉番組部の部員たちに対し、組織改編の説明会が行なわれ、今後も双方の話し合いが続く見込みだという。
公共放送の在り方が、今まさに問われている。
この部署がなくなるとNHKの存在意義がなくなってしまうだろう。これ以上の「忖度」は許せない。良心的職員にエールを送ろう!