AERAdot 2025/03/18
今、世界中を大津波が襲っている。国際安全保障の大前提が崩壊しているのだ。
2022年2月、独裁国家ロシアが小国ウクライナに対して一方的に侵略を開始した。米欧諸国などが正義のためにウクライナ支援を始めた。この戦いは、明白な「善と悪の戦い」だった。少なくとも、西側諸国においては。日本でも同じだ(私自身は、このような単純な見方に賛成ではないが)。
しかし、トランプ米大統領の登場で、この「常識」は簡単に覆された。同大統領は、ウクライナに対して、安全の保証なしのまま、とにかく停戦すること及びウクライナの鉱物資源の権益の半分を米国によこせと言うかの如き要求を行った。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、これまでの常識、「ロシアが悪でウクライナが善」に則り、公然と反旗を翻したが、米国に武器支援と情報共有を止められて、なすすべなく降参した。
米国は、欧州を守る責任を放棄しようとしている。バンス米副大統領は、EUが民主主義の敵であるかのような演説を行い、英国を含めた欧州諸国は、米国を信頼することはできないと明確に悟った。
その帰結は、米国からの軍事的自立である。欧州の安全は欧州が守るという、考えてみればある意味当たり前のことが、新たな常識となった。
トランプ大統領の動きは急だったが、これに対する欧州の動きも迅速だ。EUのフォンデアライエン欧州委員長は、欧州の抜本的な防衛力強化のために約8000億ユーロ(約125兆円)の確保をめざす「再軍備計画」を発表した。
なぜ、「再」軍備なのかというと、1991年のソビエト連邦崩壊による冷戦終結を受けて、もはや、東西対立による軍拡競争の時代は終わったという認識が広がり、NATO諸国など多くの国が、兵器の生産を縮小し、軍需工場を閉鎖した歴史があるからだ。これにより軍事予算を削減し、その分を他の福祉予算などに回すことが可能になった。これは「平和の配当」として歓迎された。
ウクライナ戦争が始まると、この認識は急激に変化した。ロシアに対抗するために、ウクライナへの武器支援が急務となり、各国は、閉鎖した兵器工場の再開や軍事予算の拡大に舵を切った。ドイツのショルツ首相が2022年に「時代の転換点」と宣言して軍事費を大幅に拡大する路線に転換したのはその象徴だった。
「再軍備」を進める欧州市場の株価が上昇
そして、その路線転換をさらに決定的にしたのが、「米国の裏切り」である。米国を信用することができなくなったことにより、欧州諸国は、もはや迷うことなく、新たな道に進まざるを得なくなったのだ。
欧州経済は停滞が続き、この先の見通しも明るくないが、それにもかかわらず、各国は軍事予算を拡大する。そのために財源が必要になるが、ドイツが憲法に定められた債務ブレーキ条項をこれから改正してまで国債を増発する構えを見せるなど、なりふり構わぬ「再軍備」戦略を実行しつつある。
ここまでの話を聞くと、何とも嫌な、暗い気持ちになる。将来不安が高まり、国民は財布の紐を締め、景気は悪化し、マーケットも停滞ないし下落に向かいそうだ。
しかし、意外にも、欧州市場では株価が上がった。ほんの一例だが、日本経済新聞によれば、戦車や軍用車両や弾薬などのメーカー、独ラインメタルの株価はロシアのウクライナ侵略前の21年末から24年末までに7倍強となっていたが、25年に入ってさらに9割高となる場面があった。フランスのラファール戦闘機などを製造するダッソー・アビアシオンやスウェーデンのサーブなども大きく値を上げた。
こうなる理由は簡単だ。
ドイツが債務ブレーキを変更してまで、国債を出して軍事予算を大盤振る舞いする。フランスも同様だ。EUでは、各国の防空システムや弾薬、無人機(ドローン)の購入を支援するため、EUレベルの大規模基金の創設案も浮上している。さらに、欧州投資銀行(EIB)による融資、民間投資の促進などを通じて防衛産業を振興することになる。
加盟国が防衛費を増やせば、財政赤字をGDP比3%以下とするEUの財政ルールを一時的に緩和して各国の財政赤字の拡大を容認する可能性も高い。
そもそも、ウクライナ支援を目的とした武器弾薬の製造のために、各国では兵器工場が活況を呈していた。しかし、ウクライナ戦争が終われば、その特需はなくなる。したがって、大規模な投資には踏み切りにくい。
今回のEUや加盟各国の方針転換は、ウクライナ支援という短期的な目的ではなく、米国からの軍事面での独立という構造転換である。米国の肩代わりを実現するためには長期間を要し、現在の倍以上の軍備を維持していくだけでも、兵器への需要は長期的に高止まりすることが確実だ。兵器産業は長期的な成長産業になることが確実になった。
市場では、こうした臆測により、昨年から武器産業の株価が上昇していたが、今や、欧州中でそうした動きが顕著になったわけだ。
米国が手に入れる「3つの利益」
さらに重要なのは、こうした軍事予算拡大が、数ある政策課題の中でも、最優先されることになっている点だ。EUの財政ルールの緩和については、軍事費拡大による債務増加のみは対象になるが、それ以外の社会保障費や教育費、インフラ投資などの増加には適用されない。太平洋戦争中の日本では、「欲しがりません勝つまでは」という標語があったが、まさにそれがEUの哲学になりつつあるということだ。
「戦争を前提とする国づくり」は、庶民の考え方にも大きな影響を与える。
先日目にしたフランスのニュースでは、地方の兵器工場城下町を紹介していた。冷戦終結後、大幅な需要減少で人員を大幅に削減し、細々と事業を継続していた工場が、今やウクライナ向け弾薬の製造で活況を呈している。その経営者がインタビューで、ウクライナ戦争が始まってから急に政府から注文が入り、慌てて古い設備を動かし、雇用も増やしたと笑顔で語る。従業員も、それまで失業していたのに、ここで職を得て人生が変わったと喜び、レストランの女性店主が、工場の雇用増加で客が増えたと語り、老婦人が、昔の賑やかさが戻ってきたと喜んでいた。
要するに、「戦争のおかげで」武器工場が儲かり、経営者も労働者も関連する事業者も街の住人もみんな喜んでいるという図式だ。そこに罪悪感というものはない。
今回の欧州再軍備計画により武器産業の長期的な発展が約束されることで、戦争を前提とした経済構造が出来上がっていく。口に出すかどうかは別として、潜在的には、戦争や戦争に備えなければならない状況を待ち望む人が出てくるだろう。
戦争は、権力者が起こすものだ。市民は常にその犠牲になるというのが歴史の教訓である。それを知る市民が増えれば、いざ戦争という時に、市民がそれを止める役割を果たせるかもしれない。しかし、もし、多くの人々が、戦争で大きな利益を得る側に立っていたらどうだろう。戦争反対の声は小さくなり、市民が権力者の暴走を止めることができなくなる。最後の歯止め役がいなくなるのだ。
ちなみに、このような変化は米国に2重の意味で利益を与える。
一つは、これまでの世界の警察官としての役割を正式に終えることによる財政負担の軽減だ。その分を減税や国民へのサービス拡大に振り向けることができる。
もう一つは、世界の武器需要の高まりによる米国武器産業への需要の拡大だ。世界が不安定化すれば、本来必要な水準を超えた超過需要も見込める。
ウクライナ戦争に限って言えば、ウクライナの鉱物資源に対する利権確保というおまけがついてきた。3重の利益である。
実は、フランスは米国に次いで2位、ドイツはロシア、中国に次いで5位の兵器輸出国だ(20~24年)。仏独両国もまた再軍備による利益を得る立場にいる。
日本人も「戦争特需」を喜ぶようになるのか
ここまで、欧州の話をしてきたが、賢明な読者はすでにお気づきのとおり、日本も今同じ道を歩もうとしている。欧州のウクライナは明日の台湾、明日の日本だというような言説が流布している。ロシアの横暴を見て、北朝鮮のミサイル発射のニュースを聞き、中国が危ないという自民党や米国の政治家、米軍関係者の宣伝に日々晒されたことで、戦争を望まなくとも軍備を増強した方が良いと考える国民は増えている。
トランプ大統領になり、日本を本当に守ってもらえるのかという疑問の声は自民党の中にもある。それを口実として、日本の防衛力の強化による対米依存からの脱却という声も強まっている。
さらに、自動車への追加関税を避けるための有効なカードを持たない日本政府が、唯一差し出せるカードは、武器の爆買いとアジアにおける米軍の負担の肩代わりである。もちろん、いずれも防衛費拡大につながり、現在の政府目標、GDP比2%への倍増計画の先の3%が視野に入っている。米国防総省の政策担当次官に指名されているエルブリッジ・コルビー氏はそれを打ち出しているが、日本から先に差し出すことの方が有効だと日本政府は考えるであろう。
日本では、日の丸ジェットの大失敗などで将来に不安があった三菱重工業の株が、信じられないことに暴騰している。防衛関連株は、軒並み他の銘柄を遥かに超える上昇を見せている。欧州と全く同じ現象だ。こうなると、武器製造やその下請け、防衛関連のシステムを納入するIT関連企業などを含め、かなり広い範囲で、軍拡で恩恵を受ける企業が増えていくだろう。
日本の国民が、戦争による武器産業の活況を見て手放しで喜ぶとは思えない。批判する声も出るだろう。極めて健全なことだ。しかし、昨今の風潮を見れば、そうした声は、戦争に備えるために軍拡が必要だという大きな声にかき消されてしまう可能性の方が高い。欧州を手本とするように、日本人もまた、戦争特需を喜ぶようになるのは時間の問題だ。
将来、「戦争だ!」と政府が叫んだ時、果たして、「やめろ!」という大きな声が国民の間から上がるのかどうか。
戦争を始めるのは権力者で、犠牲になるのは市民だと前述した。市民の大事な使命は、戦争を始めようとする権力者に対して、それを止めることだ。戦争は始めたら、市民にとっては、負けが確定する。
今、私たちが重大な岐路に立っていることに気づいている人がどれほどいるのか。
空襲警報が鳴る前に、最大級の警鐘を鳴らさなければならない。
「平和憲法」を持つ日本。
別な道を模索してほしい。
世界の「平和」勢力の頂と成って欲しい。
雪が解けたら、どんな模様になるのやら…