農民運動全国連合会(農民連)会長 長谷川敏郎さん
「しんぶん赤旗」2024年3月24日
自給率向上放棄の一方 “非常時”には政府統制
政府が今国会に提出した、農政の基本方針を定める食料・農業・農村基本法の改定案。今後の農業政策の大きな方向性を定める重要法案です。法案の問題点について、農民運動全国連合会(農民連)の長谷川敏郎会長に聞きました。(鈴木平人)
―日本の農政の現状と改定の背景をどう考えますか。
今回の改定案は、ロシアのウクライナ侵略による小麦価格の高騰や円安による飼料高騰など、世界的に広がる食と農の危機に対して、新たに「食料安全保障」を基本理念の柱として打ち出しました。そうであれば、1961年に旧農業基本法が制定されて以来の総輸入自由化路線、新自由主義的政策の根本的な検証と反省が必要です。
食料増産と自給率向上で国民の食を守るのか、食料自給率を低下させたままで国民を飢餓に追い込むのかが問われる非常に大事な局面です。「米国言いなり」「財界のもうけ優先」という日本の政治の二つのゆがみをただすことなしに、日本農業の再生はないと考えます。
―改定案の最大の問題点は何ですか。
食料自給率の目標が「向上」を目指すものでも「指針」でもなくなったことです。「食料自給率」の言葉は残りますが、現行基本法にあったその向上を「図ることを旨と(する)」という部分が削除されました。
改定案では「食料自給率その他の食料安全保障の確保に関する事項の目標」の一つに格下げされ「改善が図られるよう…関係者が取り組む」ものにして、政府の立場はあくまで傍観者的です。目標が達成されなくても何とでも言い逃れができてしまいます。自給率向上のために講じようとする施策の年次報告の文書提出と審議会への意見聴取義務も削除しました。
そもそも現行法の食料自給率目標は、国民のたたかいで押し込んだものでした。94年のWTO(世界貿易機関)農業協定受け入れによるコメの輸入自由化に対する反対運動や、99年のコメの輸入数量制限の撤廃と関税化、ミニマムアクセス(MA)米77万トンの受け入れに対しては、全国農業協同組合中央会(JA全中)が1000万人署名運動を展開し、農民連も国会前座り込みなど全国行動を実施しました。
この運動の広がりを受けて、99年の現行法審議の際に農林水産省原案に、食料自給率が基本計画の目標として書き込まれたのです。
しかし、この目標は制定以来一度も達成されませんでした。この検証抜きに法改定の議論はできません。会計検査院からも、2022年度の決算検査報告の中で「目標を達成していなかった場合の要因分析をするなどの検証は行われていなかった」ときびしく指摘されています。
農民連は、食料自給率の向上を政府の法的義務とすることを求め、署名も呼びかけています。併せて、自給率目標を定める基本計画を国会承認制とすることが必要です。
―「食料の安定供給」として、さらに輸入を促進しようとしています。
「国内の農業生産の増大を図ることを基本」との規定は残しながら、現行法では「輸入及び備蓄とを適切に組み合わせ(る)」としていたものを、改定案では「安定的な輸入及び備蓄の確保を図る」と輸入の位置づけが強化され、組み合わせは消えました。
輸入促進のために、輸入相手国への国と民間との連携で投資の促進を図る条項も新設されました。
政府自身も「今後20年間で、農の担い手は現在の約4分の1(120万人→30万人)に減少し、農業の持続的な発展や食料の安定供給を確保できない」と認めています。しかし青年の新規就農支援には全く触れていません。「スマート農業促進法案」でロボットやドローン、ビッグデータ、AI(人工知能)を使って「生産性」を上げるとしても農民を増やさずに乗り切れるとは到底思えません。
国内農業の担い手については「効率的かつ安定的な農業経営を営む者及びそれ以外の多様な農業者」とし、家族農業はあくまで付随的な扱いです。今年は国連が定めた「家族農業の10年」の折り返しの年でもあります。家族農業の再評価と重視こそ強調されるべきです。
―基本法改定案と併せて提出されている「食料供給困難事態対策法案」をどう見ていますか。
食料自給率向上の目標を放棄しながら、いざ食料が大幅に不足する恐れがある場合には生産・流通統制や配給制度などを行う「食料供給困難事態対策法案」=“戦時食糧法”で乗り切るという無責任なやり方になっていることです。
この法案は、輸入減少や凶作などにより食料の供給が不足する事態が発生しうる場合、政府に「対策本部」を設置し、特に深刻な場合は1人1日1900キロカロリーを確保するためにイモやコメへの生産転換を生産者に要請・指示できるものです。指示に従わなかった場合は20万円以下の罰金、つまり刑事罰です。
いざというときには花農家にイモをつくれと強制し、すでに離農した農家も引っ張り出して「予備役」としてつくらせようとしています。必死に農産物をつくる農家には罰金で脅して、農政の失敗の尻ぬぐいをさせる計画です。
自給率向上を放棄し、その政府の責任も見えなくするのが今回の改定案です。運動の力で撤回に追い込むしかありません。
はせがわ・としろう 1957年京都府綾部市の農家に生まれる。大学卒業後、農民運動に参加。82年から島根県瑞穂町(現邑南町)で水稲1.2ヘクタール、繁殖和牛2頭の農業経営。89年の農民連結成に参加。2021年から農民連会長。
「日本の食」をも世界のグローバル企業に委ねようとする魂胆が見え見えです。
「土」を触らない「農業」が増えています。
ニッポンの豊かな「食生活」、世界遺産としての「和食」。
これらは「家族農業」が作り出した産物でしょう。
ニッポンの豊かな食生活と家族農業を守ってください。