MAG2ニュース2023.09.07
8月24日に開始された福島第一原発の処理水海洋放出に対し、猛反発の姿勢を崩さぬ中国。国内においては中国だけが処理水を「汚染水」と呼び、海洋放出に反対しているかのように伝えられていますが、果たしてそれは真実なのでしょうか。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、中国以外にもアメリカの一部メディアや英独が「汚染水」という表現を使い続けている事実を紹介。さらに、なぜ日本政府が「海洋投棄」という手段を選んだのかを解説する識者の声を取り上げています。
中国だけに非ず。世界が「汚染水」と呼ぶ岸田が海に捨てる水
8月31日、野村哲郎農林水産大臣が、福島第1原発に溜まり続けている自称「処理水」のことを、ついウッカリと「汚染水」と言ってしまったため、四方八方から集中砲火を浴びて大炎上しました。しかし、任命した大臣が次々と不祥事を起こすことでお馴染みの岸田文雄首相は慣れたもので、自身の任命責任を問われる前にマッハの速さで「謝罪と発言の撤回」を指示しました。
そして、野村大臣もマッハの速さで官僚に書かせた謝罪文を棒読みし、その「謝罪なのに顔を上げずに原稿を棒読みする」という態度が批判されるという、もはや、これまで何度見せられたか忘れるほどの自民党政権の伝統芸、そして、その様式美を披露してくれました。
ま、この野村大臣に関しては、中国が日本産水産物の輸入を全面禁止した件について、8月25日の閣議後の記者会見で「大変驚いた。全く想定していなかった」と述べたため、「おいおい!そんな認識で農水大臣やってたのかよ?」と全国からツッコミが炸裂し、すでに大炎上のフラグが立っていました。ですから、今回のウッカリ発言も既定路線だったと思います。
しかし、「世界中が日本の海洋放出を理解しているのに、中国だけが『処理水』を『汚染水』と言い続けて風評被害を広げている」というシナリオで突き進みたい岸田首相にとって、この担当大臣による「汚染水発言」は、痛すぎるアクシデントとなってしまいました。
でも、これは岸田首相が悪いのです。日本が海洋放出をすれば、中国が猛反発することなど子どもにだって分かること。本来なら何カ月も前に外相を訪中させ、次に経産相、環境相、農水相などを訪中させ、十分に下地を作った上で仕上げに岸田首相が訪中し、トップ会談で根回ししておく。そうすれば、少なくともここまでコジレることはなかったと思います。
さらに言えば、ロシアのウクライナ侵攻以降、西側諸国と社会主義国との対立の構図が鮮明になりましたが、それでも冷戦に突入しないのは、米中しかり、日中しかり、双方の国に利益のある経済的外交関係があるからです。それなのに、中国に何の根回しもせずに海洋放出を強行し、福島県産だけでなく全国の水産物の輸入を禁止させられるなんて、これは日本にとって経済面だけでなく国防の面でも大きなマイナスです。
それもこれも、岸田首相が韓国とのすり合わせばかりを重視し、中国を軽視したことが原因です。とても外相経験者とは思えないほど低レベルなシロート外交です。でも、わざわざ福島まで行ったのに福島漁連の人たちには会わず、地元の人たちにさえ最低限の説明もしなかった岸田首相に、他国への事前の根回しを期待するのは、カナブンに微分積分の問題を解かせるような話、最初から無理があったのです(ちなみに「カナブンに微分積分」はラップのように韻を踏んでみました、笑)。
「汚染水」と表記する欧米諸国には抗議せぬ岸田首相
ま、それはそれとして、「処理水」を「汚染水」と言っているのは、本当に中国だけなのでしょうか?…というわけで、まずは大まかな流れを説明しますが、ずっと「汚染水」と呼ばれていたものが、突然「処理水」という呼び名に変更されたのは、菅義偉政権下の2021年4月でした。海洋放出を強行決定した菅義偉首相は、「汚染水」という呼び名のままでは海洋放出の実現への足かせになると判断し、今後は「処理水」という呼び名に統一するようにと、記者クラブを使ってメディアに指示したのです。
これを受けたNHKは、国内報道はそれまでの「放射能汚染水」を「処理水」に、国際報道はそれまでの「radioactive water(放射能汚染水)」を「treated water(処理水)」に、それぞれ変更しました。民放各局、新聞各紙も同様でした。
また、就任直後のジョー・バイデン米大統領も、日本政府の方針に理解を示しました。そして、アメリカのメディアもそれに忖度する形で、CNNニュースやニューヨークタイムズ紙などは「treated water(処理水)」や「treated radioactive water(処理された放射能汚染水)」という表現を使うようになりました。ワシントンポスト紙は、汚染されているかどうかを限定しない「Fukushima nuclear plant water(福島原発水)」という中立的な表現を用いるようになりました。
しかし、アメリカのメディアも、すべてが右へ倣えというわけではありません。シアトルタイムズ紙は、それまでと同じく「radioactive wastewater(放射能汚染水)」という表現を使い続けただけでなく、日本の海洋放出を批判する記事を掲載しました。これは、シアトルタイムズ紙が中央の影響を受けない独立系のローカル紙だからで、同様の論調のローカル紙は複数あります。
イギリスでも、BBCニュース、ロイター通信、ガーディアン紙を始め、ほとんどのメディアがそれまで通りに「contaminated water(汚染水)」という表現を使い続けています。一例を挙げますが、今回、日本が8月24日に海洋放出を始めた3日後の8月27日付のロイター通信の「Japan says seawater radioactivity below limits near Fukushima(福島の海水の放射能は基準値を下回っていると日本が発表)」という記事の中では、次のように書かれています。
(東京電力は、オリンピックサイズのプール500個分を満たすのに十分な約130万トンもの汚染水を敷地内のタンクに保管している)
記事自体は、「東電はトリチウム以外の放射性物質は含まれていないと説明している」「トリチウムも環境や人体に影響のないレベルまで希釈されていると説明している」など、日本の報道と同様の内容ですが、タンクに貯蔵されている水に関しては、これまで通りに「contaminated water(汚染水)」なのです。
また、脱原発を達成したドイツのドイツ通信社の記事では、「radioactive water(放射能汚染水)」と、さらに踏み込んだ表現を使っています。岸田首相は、「汚染水」と言っただけの野村大臣にマッハで謝罪・撤回させたのですから、こうしたイギリスやドイツのメディアにも抗議すべきなのでは?…なんて思ってしまいました。
国民のナショナリズムを煽る作戦に出た岸田政権
ま、そもそもの話、岸田首相は福島漁連との6年前の「関係者の理解なしに、いかなる処分も行なわない」という政府の約束を反故にし、地元への丁寧な説明もないままに海洋放出を強行したのですから、本来なら国民の怒りは岸田政権へ向くところでした。しかし、中国が「日本の水産物の全面輸入禁止」という過剰反応に出て、この問題を政治利用し始めたので、岸田首相は「渡りに船」とばかりに、これに便乗したわけです。
中国の国営メディア、新華社通信は、通常運転でも「contaminated water(汚染水)」、ここ一番の日本叩きの記事では「nuclear-contaminated water(核汚染水)」「contaminated radioactive wastewater(汚染された放射能廃水)」「contaminated Fukushima water(汚染された福島の水)」など、どこの国のメディアよりも厳しい表現を使っています。
そこで岸田首相は、中国の一挙手一投足をいちいち日本のメディアに大きく報じさせ、オマケに「中国の原発排水のほうが日本よりトリチウムが高い」と報じさせることで、国民のナショナリズムを煽る作戦に出たのです。安倍政権から続く警察官僚の入れ知恵だと思いますが、こんな幼稚な作戦でも、脳みその回路が直列つなぎの一部の国民は、「悪いのは中国だ!」「日本が海洋放出しているのは安全な処理水だ!」と思い込んでしまうのです。
しかし、実際に世界各国の報道を見てみると、日本と同じように「treated water(処理水)」などと表現しているのはアメリカの一部のメディアくらいで、多くの国のメディアは「contaminated water(汚染水)」や「radioactive water/radioactive wastewater(放射能汚染水)」という表現を使っているのです。また、日本に対して批判的な記事を書いているのも、中国だけではありません。
たとえば、今も「radioactive wastewater(放射能汚染水)」という表現を使っているアメリカのシアトルタイムズ紙は、「福島の地域住民の9割が海洋放水による漁業への悪影響を懸念し、放出に反対している」と明記して、岸田政権が地元住民の理解を得ずに放出を強硬したと書いています。
また、イギリスのガーディアン紙も、環境保護団体「グリーンピース・イーストアジア」の専門家の発言として、「もしも福島第1原発のタンクの貯蔵水が放射能汚染されていないと言うのなら、東京電力は同国の原子力規制委員会に海洋放水の許可を得る必要などなかったはず。タンクの貯蔵水は『アルプスで処理したが放射性物質を除去できなかった水』である。日本政府は『処理水』という言葉で国内外を欺こうとしている。」という指摘を掲載しました。
これが世界の現状なのですから、岸田首相は「中国だけが日本を批判している」という卑怯な印象操作で保身に走らず、自分の非を認めるべきだと思います。そして、ここまで言われても「汚染水でなく処理水だ」と言い張るのなら、「contaminated water(汚染水)」や「radioactive wastewater(放射能汚染水)」という表現で福島の海洋放水を報じている世界各国のメディアすべてに抗議して、野村大臣と同じように謝罪と撤回を要求してほしいと思います。
農水大臣「汚染水」発言に国民の方が怒っているという恐怖
さて、野村哲郎農林水産大臣のウッカリ発言の翌日9月1日、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』の「メインディッシュ」にゲスト出演したジャーナリストの神保哲夫さんは、「野村農相が処理水を汚染水と言い間違えて謝罪するという、何か変なことになって来ましたね」という大竹まことさんの問い掛けに、次のように答えました。
「むしろ深刻ですね。一種の言葉狩りのようになって来ている。あれは、アルプスで処理をしたが、一定の放射性物質、トリチウムを加えて12種類の核種が残留している水ですよね。それを、マスメディアは政府との間で何らかの合意があるのか、『処理水』と言うようになった。これは記者クラブから始まったことです」
「かつて『狂牛病』のことをある時期から『BSE』と言うようになりましたが、これは農水省の記者クラブからでした。記者クラブが『BSE』と言えば、朝日新聞だけが『俺たちだけは狂牛病と報じ続けるぞ』というわけには行かなくなっちゃうんですね。役所の記者クラブから統一する。風評被害を防ぐためには『狂牛病』という言葉は使わないほうがいい。今回も同じです」
「同じように『盗聴法』の時も、途中から『通信傍受法と言え』と、総務省の記者クラブから始まりました。当時、あるテレビ局の番組に出た僕が『盗聴法』と言うと、そのたびにアナウンサーが『通信傍受法です』と訂正したんですよ。今回とても危機感を持っているのは、今までは役所が記者クラブを通じてメディアの情報統制をして来たので、言葉は一色に染まっても、見ている人たちは分かっていたわけですよね。『まあ、BSEと言ってるけど狂牛病だろ?』ってね」
「でも今回、僕が恐いのは、どちらかと言うと市民のほうが怒っているんですよね。農水大臣が『汚染水』と言ったことに対して。つまり、上から下に『これからは処理水と呼べ』という統制が行なわれても、市民は『実際は汚染水だ』という事実が分かっていた、というのではなく、ベタで『あれは処理水であって汚染水ではない』という政府が作ったバージョンが信じられてしまっているんです。あるいは『信じたい』という願望を強く持っているがゆえに、そうじゃないという情報を流す人たちを攻撃したくなる。憎いを思うようになる現象が起きている」
なぜ政府は「海洋投棄」という手段を選んだか
「『汚染水と呼ぶと福島への風評被害が大きくなるじゃないか』というのは市民感情なんですね。でも、そうじゃないんですよ。政府が海洋投棄するという決定をしてしまった。それなのに、その水が海洋投棄してはいけない水だった。そこが問題なんですよ。当時、有識者会議では5通りの処理方法が示されました。その中で海洋投棄が一番安かったんですよ。34億円と試算されましたから。ご多分に漏れず、実際にはもう500億円を超えてますけどね」
「水蒸気にして蒸発させる、コンクリートにして固めてしまうなど、5通りの処理方法の中で、最も安易で最も安い海洋投棄を当時の政府が選んだんです。その結果、それが最も環境負荷が高く、最も風評被害を起こすものだったんですよ。その処理方法を選択したのは政府なのに、その水の呼び名がどうだから風評被害が起こるというのは、完全にお門違いです」
「最初は、汚染水が海へ流れてしまった。そうしたら批判された。『ああ、海へ流すとヤバイのか』と学習し、それでタンクに溜め始めた。でも、そのまま汚染水を溜め続ければ、いずれ海に流すしかないことは(政府も東電も)みんな分かっていた。それなのに、10年以上に渡って何の代替案も考えずに放っておいたら、その通りになった。これはもう子どもですよね」
神保哲夫さんは、この後も、世界の原発国が流しているトリチウム水と日本が流し始めた自称「処理水」との大きな違いについて、日本は今後どうするべきかなど、この問題を多角的に解説しています。以下のリンク先で「大竹メインディッシュ」を選べばポッドキャストを聴くことができますので、ぜひ聴いてみてほしいと思います。また、8月30日の社会学者、宮台真司さんも、トークの前半でこの問題について詳しく解説していますので、ぜひ聴いてみてください。
you tubeで検索したほうが早いと思います。
もう一つ
230907 汚染水放出で喜ぶ人、心を搾取される人