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趣味の世界と零細企業末端社長としての近況報告。
書きたいことを書き、たまにアッと驚くことを発表する。

コスパ、タイパより大切なもの 高嶺の花を狙え!

2024-03-21 04:10:37 | ラスト

●「コスパ」「タイパ」を求める人が多いが、本物はコスパを超越する。高嶺の花、最上等の花魁(おいらん)に狙いを定めた染め物職人久蔵こと通称「久どん」は収入の大半を貯金する。
そうして貯めた10両(今の100万円)をもって吉原にくり出す。

●この話を好んだのが松下幸之助で、若いころ大阪で浪花節(浪曲)が大流行した。昭和39年、東京五輪特需の反動で景気が悪くなっていた。松下電器の会長として病気療養中でもあった幸之助だが、この非常事態に現場復帰する。ところが事態は容易に好転せず、苦悩の日々が続いていた。


そんなある日、幸之助は会社にもどり秘書にこう頼んだ。

「すまないがレコード屋で買物してきてくれないか」

●怪訝な顔をする秘書。

「『紺屋高尾』の話を聞きたいんだ」と幸之助。

「紺屋高尾(こうやたかお)」のあらすじはこうだ。

・・・
江戸、神田の紺屋ではたらく染物職人の久蔵。11才から奉公づとめを始めて早15年、26才になっていた。
遊びをまるで知らず、まじめ一途に働く好青年だった。その久蔵が花見の帰りに偶然とおりかかった「花魁道中」。その名も高き高尾太夫に一目ぼれしてしまう。

●この世のものとも思えない美しさに魂を奪われ、それから何を見ても高尾に見えるようになった。
あんな美人と一晩語り明かしてみたいが、相手は「大名」でも「お大尽」でもソデにできる最高級の位の「太夫」(たゆう)。
とても自分には無理だ、と諦めていたが染物屋のご主人に励まされ、その後三年間の給金をすべて貯めて吉原「三浦屋」の高尾太夫に逢いに行く。

●ついに悲願の対面を果たすが、そこは吉原でのしきたりで、初会は客に肌身は許さない。別れぎわ、高尾太夫が型通りに訊く。

「つぎは、いつ来てくんなます」

要するに「裏を返してくれるのはいつですか?」という意味なのだが、ここに来るのに三年かかっている。どう答えてよいのやら、感極まった久蔵は泣き出してしまう。

●「ここに来るのに三年、必死になってお金を貯めました。今度といったらまた三年後。その間に、あなたが身請けでもされたら二度と会うことができません。ですから、これが今生の別れです・・・」

●大泣きした挙句、自分の素性や経緯を洗いざらいしゃべってしまった。それを聞いて今度は高尾が涙ぐんだ。

「お金で枕を交わす卑しいわが身を、三年も思い詰めてくれるとは、なんと情けのあるお方・・・」

●自分は来年の三月十五日に年季が明けるから、その時女房にしてくんなますか、と言われ、久蔵はふたたび感激のあまり泣きだした。
そしていよいよ、その三月十五日がやってきた。

本当に高尾がきた。
久蔵、「ウーン」と失神する。

●その後、久蔵と高尾が親方の夫婦養子になって跡を継ぎ、夫婦そろって店を繁盛させたいと、手拭いの早染め(駄染め)を考案する。

「紺屋のあさって」と言われるぐらいに納期が守れないこの業界に革命を起こすその納期の速さと粋な色合いが江戸っ子に大ブームとなり、通称『かめのぞき』と呼ばれるようになった久蔵の店は大繁盛する。
・・・

●"遊女もの"にはめずらしい清々しいハッピーエンドの物語。
松下幸之助が誰の「紺屋高尾」を聞いたのか分からないが、国本武春は実にいい。浪曲好きの方はもちろん、そうでない方も音楽プレイヤーや車中で聞くとテンションはMAXになるだろう。

●国本は惜しくも50代で急逝してしまったが、何度聞いても神がかっている。こちらの古典浪曲傑作撰第二集に「紺屋高尾」が収録されている。私もiPhoneに入れて、松下さんにならって何度もくり返し聞いている。
https://amzn.to/3IHXb2q

●この久どんが教えてくれることは高嶺の花を狙えということ。
あとは一途(いちず)になること。コスパの良いところで折り合いをつけるのではなく、あくまで最高峰を狙う。その姿勢を松下さんも感じとっていたのではなかろうか。
ファッション、持ち物、当たり前だが仕事は最高峰を目指さないと努力できない。年だけ取ってしまうという結果になって気が付けば「寄らば大樹の陰サラリーマン」になってしまう。
経営者は愚痴ばかりのタコ社長になる。
人生一度だ。この話はとてもためになる。


●こちらのYouTubeにも国本の貴重な映像が残されているので映像で楽しみたい方におすすめだ。
https://www.youtube.com/watch?v=ydiqQEfgIXk&t=269


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