5月3日から6日まで、家族が北海道に遊びに来ていました。
家族揃って来道するのは今回が初めてで、私も三連休中は一緒に行動しました。
3日夕方に千歳で出迎え、モエレ沼公園などを散策、夜はキリンビール園でジンギスカンを食べました。
4日は日帰り強行軍で函館までドライブ。五稜郭の桜や函館山からの夜景を見物しました。
そして5日は札幌市内を散策し、我がアパートや北大構内などを案内しました。
6日は私は通常通り大学での研究があったのですが、昼休みを使って千歳まで家族を見送りに行きました。
モエレ沼公園や札幌市内についてはこのブログでも以前紹介したので、今回は5月4日の函館日帰りドライブについて書くことにします。
今回のドライブに使った車はコチラ。
4日前にレンタカー屋にフィットクラスで申し込んだところ、フィットを含めた全車種が既にレンタル予約されていたため、業務用車両であるライトバンになってしまいました。車種はトヨタ・サクシード。街中でよく見かける社用車のトヨタ・プロボックスの兄貴分(少し上級)らしいです。まあ、排気量ではフィットよりも高いので、一応アップグレードですかね。
ちなみに、これまで私はレンタカー予約で何度もフィットを指定してきましたが、実際にフィットをあてがわれたことは未だありません。何故か毎回レンタカー屋側の都合で別の車種に変更されてしまっています。(フィットの代わりにあてがわれた車両一覧:デミオ、マーチ、コルト、インサイト、ライトバン・・)
今回のライトバン、禁煙車ではなかったので、結構ヤニ臭かったです。私物のリセッシュで対処しましたが、ハンドルから手に臭いが移ってしまい、しばらく取れませんでした。
5月4日は、朝10時頃に雨の札幌市街を出発、まずは道南への最短ルート上にある中山峠へ向かいました。
途中の定山渓付近から雨が雪に変わり、なんと峠では吹雪いていました。
去年の同じ日(5月4日)の中山峠。
去年も一人で道南方面をドライブしましたが、そのときは中山峠付近の路肩に積雪は残っていたものの、路面は完全に乾燥していました。
今回、5月なのに雪が降り積もっている様子を見て、私も家族も驚いてしまいました。さすが北海道です。
幸い、車はスタッドレスタイヤを履いており、4WDだったので運転に支障はありませんでした。
中山峠のカツカレーそば。2階のそば屋で朝食として頂きました。とても美味でした。
中山峠から喜茂別町に下り、「郷の駅きもべつ」で2回目の休憩にしました。
駐車場で、我が(次期)愛車のスバル・フォレスター(2代目)と並びました。同じようなサイズ・色なのに、この両車の印象の違いは何なのだろう・・。家族曰く、我らがレンタカーは「“わさお”みたい」だそうです。
喜茂別から国道230号線、道道777号線、道道97号線、国道37号線、道央自動車道(豊浦~落部)、国道5号線を走り抜けて函館に至りました。途中の大沼公園付近で渋滞に巻き込まれた以外はスムーズなドライブでした。
午後3時半頃に五稜郭公園付近に到着。花見客で駐車場がいっぱいだったので、家族を先に降ろし、私は空車になるまで待ちました。
意外に早く、その後10分ほどで駐車できました。
私は去年8月の「ねぶた旅行」の帰りに五稜郭を初めて観光しており、今回が2回目。
写真の中央に聳えるのは五稜郭タワーです。以前は高さ60m程度(展望台高さ45m)でしたが、2006年に107m(展望台高さ90m)の新タワーに建て替えられ、かなりイメージが変わりました。噂によると、時折函館に襲来するイカール星人を迎撃するため、巨大ロボへの変形機能を備えているそうです。(ちなみに、五稜郭タワーは量産先行型の弐号機だそうで、初号機は大阪の通天閣だそうです)
まだ五稜郭の桜は3分咲き程度。開花日が今月2日でしたから、まだ2日しか経っていませんでした。例年なら満開の頃なんですけどね・・。
堀に沿って咲く桜。満開なら、さぞかし綺麗なんでしょうねぇ。
昨年復元完成した、箱館奉行所。
1864年(函館山麓から当地に移転)から7年間だけ存在した建物で、戊辰戦争最後の戦いの拠点となったことで有名です。本来五稜郭は内陸にあるので艦砲射撃が届きにくいのですが、この建物の中央に設置された太鼓櫓が目印になり、箱館戦争の際には建物に艦砲が容易に命中してしまったという逸話もあります。
実は、ドライブの途中で森駅に立ち寄って「いかめし」を購入していました。
奉行所の建物の前のベンチに腰かけ、家族で食しました。3箱買ったところ、2箱はイカが2杯入っていたのですが、もう1箱(この写真)はやや小ぶりなイカが3杯入っていました。ちょっと得した気分です。
五稜郭タワーに移動し、上から五稜郭の全貌を眺めてみました。
建て替えで展望台の高さが増したため、綺麗な星型が視認できるようになったそうです。
五稜郭タワーから見た函館山。
元々函館山は本土(渡島半島)側と海で隔てられていたのですが、海流で土砂が徐々に溜まり、約3000年くらい前に陸繋島となったそうです。函館の市街地は、その砂州の上に位置しています。このタワーからの景色を見ると、狭い範囲(幅1km強)に建物が集中していることがよく分かります。
上から見た五稜郭の桜。
ブルーシートが幾何学模様を描いていました。
ナッチャンRera。
タワーから函館港を挟んだ対岸側に、函館どっく(造船所)が見えました。望遠レンズで覗くと、以前東日本フェリーの青函航路で活躍した高速船ナッチャンReraが係留されていました。姉妹船のナッチャンWorldは夏季限定で青函航路に就航していますが、こちらのReraの方の去就は知らなかったので、まだ函館に居たことに少し驚きました。震災の自衛隊派遣ではナッチャンWorldが臨時ピストン輸送で大活躍したので、これらの高速船を自衛隊が用船するのではないかという噂も出ています。(実際、ほぼ同型の船が沖縄の米軍海兵隊で使われています)
五稜郭タワーのエントランスロビーで展示されていたマグロのぼり。
大間や函館など、青函海峡沿岸に住む子供たちが応援メッセージを書き込み、4月末からここで展示されていたようです。函館も先日の震災では津波の冠水被害に遭っており、犠牲者も出ています。幸い函館では家屋の流失などが無かったため早期に復旧を果たしましたが、あの津波は北海道沿岸にも大きな影響を残しました。
車で五稜郭から函館駅前に移動し、駅周辺を散策しました。
駅前のラーメン屋で夕食に函館ラーメンを食べました。塩バターラーメンはなかなか美味かったです。
駅前のWAKOデパートの6階に、去年の4月にオープンした「北海道鉄道博物館」があります。閉館間際に入ったので展示は見ませんでしたが、鉄道グッズコーナーで懐かしの記念切符を入手しました。一つは「愛の国から幸福へ」で有名な愛国駅(廃線)の入場券、もう一つは札幌オリンピック時の記念急行券で、なんと両方とも100円でした。発券額より安いですがな・・。他にも、制帽や制服の販売もあって、ちょっと欲しくなりました。(高倉健ごっこをするのは男の夢)
はるばる函館まで来たのに夜景を見ないで帰るのは勿体ないので、最後に登山バスで函館山に登りました。私以外の家族は函館山に登るのは初めてだそうで、それぞれ夜景を楽しんでいました。
何回見ても函館の夜景は美しいです。ところで函館山の標高は334mですが、先日旅行した長崎市の有名夜景スポット稲佐山の標高も333mで、同じような高さです。これくらいの高さというのが、夜景を見るのに向いているのでしょうか。(何か登山バスの中で角度の話をしていましたし・・)
三脚を持参していなかったので、手持ちで函館の夜景撮っていたのですが、既に冬場の夜景を三脚で固定して撮ったことがあるので、どう足掻いてもそれを超える写真は撮れません。なので、ちょっと趣向を変えてロマンチックな夜景を撮ってみました。撮り方は簡単、レンズに息を吹きかけて適当に曇らせるだけです。
函館山を下山し、駅前の駐車場に戻ったのが夜9時過ぎ。家族は札幌に宿を取っているので、すぐさま札幌への帰途に就きました。
往路は中山峠経由でしたが、夜中にあの雪道を通る勇気は無いので、帰りはひたすら道央道を走りました。
落部ICまでの下道、大沼公園入口付近では覆面パトカーの捕り物を目撃し、驚きました。ちょうど片側二車線から片側一車線に道幅が狭まるところでした。私が左側車線を快調に走っていたところ、残り200mくらいで道が合流するのに、右側から車が強引に割り込んできたのです。すると、私のすぐ後ろを走っていた車も急に右車線に出て、その車を追いかけて行きました。「えらく強引な運転の車が続くなぁ」と思った矢先、その追いかけた方の車がパトランプを点灯し、割り込んだ車を捕まえて路肩に誘導してしまったのです。実は、そのしばらく前から後続車のライトがやたら眩しいなと私は思っており、どうやら見張られていたようです(当時車列の先頭を走っていました)。ところが、別の車がもっと高速で追い越しをかけたので、そちらに標的を変更したのでしょう。危うく私のゴールドカード特権を失うところだったことに背中がゾッとしました。(私は滅茶苦茶飛ばしていたわけでもないですが、結局は相手の気分次第ですからね・・)
そんな体験もしましたが、帰路は目立った渋滞も無く、適宜休憩を挟んで午前2時頃に札幌に帰着しました。往復約700kmのドライブでした。
ライトバンでのドライブだったので、正直乗り心地は期待していませんでしたが、殆ど肩も凝りませんでしたし、安定した走行が出来ました。後部座席の人はたまったものではなかったでしょうが、運転は結構快適でしたね。あとは外観さえもうちょっと格好良ければなあ・・。
家族揃って来道するのは今回が初めてで、私も三連休中は一緒に行動しました。
3日夕方に千歳で出迎え、モエレ沼公園などを散策、夜はキリンビール園でジンギスカンを食べました。
4日は日帰り強行軍で函館までドライブ。五稜郭の桜や函館山からの夜景を見物しました。
そして5日は札幌市内を散策し、我がアパートや北大構内などを案内しました。
6日は私は通常通り大学での研究があったのですが、昼休みを使って千歳まで家族を見送りに行きました。
モエレ沼公園や札幌市内についてはこのブログでも以前紹介したので、今回は5月4日の函館日帰りドライブについて書くことにします。
今回のドライブに使った車はコチラ。
4日前にレンタカー屋にフィットクラスで申し込んだところ、フィットを含めた全車種が既にレンタル予約されていたため、業務用車両であるライトバンになってしまいました。車種はトヨタ・サクシード。街中でよく見かける社用車のトヨタ・プロボックスの兄貴分(少し上級)らしいです。まあ、排気量ではフィットよりも高いので、一応アップグレードですかね。
ちなみに、これまで私はレンタカー予約で何度もフィットを指定してきましたが、実際にフィットをあてがわれたことは未だありません。何故か毎回レンタカー屋側の都合で別の車種に変更されてしまっています。(フィットの代わりにあてがわれた車両一覧:デミオ、マーチ、コルト、インサイト、ライトバン・・)
今回のライトバン、禁煙車ではなかったので、結構ヤニ臭かったです。私物のリセッシュで対処しましたが、ハンドルから手に臭いが移ってしまい、しばらく取れませんでした。
5月4日は、朝10時頃に雨の札幌市街を出発、まずは道南への最短ルート上にある中山峠へ向かいました。
途中の定山渓付近から雨が雪に変わり、なんと峠では吹雪いていました。
去年の同じ日(5月4日)の中山峠。
去年も一人で道南方面をドライブしましたが、そのときは中山峠付近の路肩に積雪は残っていたものの、路面は完全に乾燥していました。
今回、5月なのに雪が降り積もっている様子を見て、私も家族も驚いてしまいました。さすが北海道です。
幸い、車はスタッドレスタイヤを履いており、4WDだったので運転に支障はありませんでした。
中山峠のカツカレーそば。2階のそば屋で朝食として頂きました。とても美味でした。
中山峠から喜茂別町に下り、「郷の駅きもべつ」で2回目の休憩にしました。
駐車場で、我が(次期)愛車のスバル・フォレスター(2代目)と並びました。同じようなサイズ・色なのに、この両車の印象の違いは何なのだろう・・。家族曰く、我らがレンタカーは「“わさお”みたい」だそうです。
喜茂別から国道230号線、道道777号線、道道97号線、国道37号線、道央自動車道(豊浦~落部)、国道5号線を走り抜けて函館に至りました。途中の大沼公園付近で渋滞に巻き込まれた以外はスムーズなドライブでした。
午後3時半頃に五稜郭公園付近に到着。花見客で駐車場がいっぱいだったので、家族を先に降ろし、私は空車になるまで待ちました。
意外に早く、その後10分ほどで駐車できました。
私は去年8月の「ねぶた旅行」の帰りに五稜郭を初めて観光しており、今回が2回目。
写真の中央に聳えるのは五稜郭タワーです。以前は高さ60m程度(展望台高さ45m)でしたが、2006年に107m(展望台高さ90m)の新タワーに建て替えられ、かなりイメージが変わりました。噂によると、時折函館に襲来するイカール星人を迎撃するため、巨大ロボへの変形機能を備えているそうです。(ちなみに、五稜郭タワーは量産先行型の弐号機だそうで、初号機は大阪の通天閣だそうです)
まだ五稜郭の桜は3分咲き程度。開花日が今月2日でしたから、まだ2日しか経っていませんでした。例年なら満開の頃なんですけどね・・。
堀に沿って咲く桜。満開なら、さぞかし綺麗なんでしょうねぇ。
昨年復元完成した、箱館奉行所。
1864年(函館山麓から当地に移転)から7年間だけ存在した建物で、戊辰戦争最後の戦いの拠点となったことで有名です。本来五稜郭は内陸にあるので艦砲射撃が届きにくいのですが、この建物の中央に設置された太鼓櫓が目印になり、箱館戦争の際には建物に艦砲が容易に命中してしまったという逸話もあります。
実は、ドライブの途中で森駅に立ち寄って「いかめし」を購入していました。
奉行所の建物の前のベンチに腰かけ、家族で食しました。3箱買ったところ、2箱はイカが2杯入っていたのですが、もう1箱(この写真)はやや小ぶりなイカが3杯入っていました。ちょっと得した気分です。
五稜郭タワーに移動し、上から五稜郭の全貌を眺めてみました。
建て替えで展望台の高さが増したため、綺麗な星型が視認できるようになったそうです。
五稜郭タワーから見た函館山。
元々函館山は本土(渡島半島)側と海で隔てられていたのですが、海流で土砂が徐々に溜まり、約3000年くらい前に陸繋島となったそうです。函館の市街地は、その砂州の上に位置しています。このタワーからの景色を見ると、狭い範囲(幅1km強)に建物が集中していることがよく分かります。
上から見た五稜郭の桜。
ブルーシートが幾何学模様を描いていました。
ナッチャンRera。
タワーから函館港を挟んだ対岸側に、函館どっく(造船所)が見えました。望遠レンズで覗くと、以前東日本フェリーの青函航路で活躍した高速船ナッチャンReraが係留されていました。姉妹船のナッチャンWorldは夏季限定で青函航路に就航していますが、こちらのReraの方の去就は知らなかったので、まだ函館に居たことに少し驚きました。震災の自衛隊派遣ではナッチャンWorldが臨時ピストン輸送で大活躍したので、これらの高速船を自衛隊が用船するのではないかという噂も出ています。(実際、ほぼ同型の船が沖縄の米軍海兵隊で使われています)
五稜郭タワーのエントランスロビーで展示されていたマグロのぼり。
大間や函館など、青函海峡沿岸に住む子供たちが応援メッセージを書き込み、4月末からここで展示されていたようです。函館も先日の震災では津波の冠水被害に遭っており、犠牲者も出ています。幸い函館では家屋の流失などが無かったため早期に復旧を果たしましたが、あの津波は北海道沿岸にも大きな影響を残しました。
車で五稜郭から函館駅前に移動し、駅周辺を散策しました。
駅前のラーメン屋で夕食に函館ラーメンを食べました。塩バターラーメンはなかなか美味かったです。
駅前のWAKOデパートの6階に、去年の4月にオープンした「北海道鉄道博物館」があります。閉館間際に入ったので展示は見ませんでしたが、鉄道グッズコーナーで懐かしの記念切符を入手しました。一つは「愛の国から幸福へ」で有名な愛国駅(廃線)の入場券、もう一つは札幌オリンピック時の記念急行券で、なんと両方とも100円でした。発券額より安いですがな・・。他にも、制帽や制服の販売もあって、ちょっと欲しくなりました。(高倉健ごっこをするのは男の夢)
はるばる函館まで来たのに夜景を見ないで帰るのは勿体ないので、最後に登山バスで函館山に登りました。私以外の家族は函館山に登るのは初めてだそうで、それぞれ夜景を楽しんでいました。
何回見ても函館の夜景は美しいです。ところで函館山の標高は334mですが、先日旅行した長崎市の有名夜景スポット稲佐山の標高も333mで、同じような高さです。これくらいの高さというのが、夜景を見るのに向いているのでしょうか。(何か登山バスの中で角度の話をしていましたし・・)
三脚を持参していなかったので、手持ちで函館の夜景撮っていたのですが、既に冬場の夜景を三脚で固定して撮ったことがあるので、どう足掻いてもそれを超える写真は撮れません。なので、ちょっと趣向を変えてロマンチックな夜景を撮ってみました。撮り方は簡単、レンズに息を吹きかけて適当に曇らせるだけです。
函館山を下山し、駅前の駐車場に戻ったのが夜9時過ぎ。家族は札幌に宿を取っているので、すぐさま札幌への帰途に就きました。
往路は中山峠経由でしたが、夜中にあの雪道を通る勇気は無いので、帰りはひたすら道央道を走りました。
落部ICまでの下道、大沼公園入口付近では覆面パトカーの捕り物を目撃し、驚きました。ちょうど片側二車線から片側一車線に道幅が狭まるところでした。私が左側車線を快調に走っていたところ、残り200mくらいで道が合流するのに、右側から車が強引に割り込んできたのです。すると、私のすぐ後ろを走っていた車も急に右車線に出て、その車を追いかけて行きました。「えらく強引な運転の車が続くなぁ」と思った矢先、その追いかけた方の車がパトランプを点灯し、割り込んだ車を捕まえて路肩に誘導してしまったのです。実は、そのしばらく前から後続車のライトがやたら眩しいなと私は思っており、どうやら見張られていたようです(当時車列の先頭を走っていました)。ところが、別の車がもっと高速で追い越しをかけたので、そちらに標的を変更したのでしょう。危うく私のゴールドカード特権を失うところだったことに背中がゾッとしました。(私は滅茶苦茶飛ばしていたわけでもないですが、結局は相手の気分次第ですからね・・)
そんな体験もしましたが、帰路は目立った渋滞も無く、適宜休憩を挟んで午前2時頃に札幌に帰着しました。往復約700kmのドライブでした。
ライトバンでのドライブだったので、正直乗り心地は期待していませんでしたが、殆ど肩も凝りませんでしたし、安定した走行が出来ました。後部座席の人はたまったものではなかったでしょうが、運転は結構快適でしたね。あとは外観さえもうちょっと格好良ければなあ・・。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます