私は良いあるいは面白い文章が書けているはずだとうぬぼれていた。ブログランキングで順位が低いから私のブログに対する評価は低い、ということはわかっていた。面白いブログは初めは下位でも必ず順位が上がるからだ。
新宿会計士さんの
ブログで宣伝してみて、それで貰った評価で痛いほど気づかされた。
私のブログは「論拠の無いヒトリゴトに過ぎなかった」のだ。
2年間ブログを書いてきて進歩がないわけだ。ヒトリゴトを2年間書き続けてきたのだから。
しかし「論拠」を書けるだろうか。意識してみて変われるだろうか。
毎日ブログを更新するのは結構大変なことなのだ。1日の時間をブログを書くことにだけ費やせるわけでもない。そしてブログのネタ探しには今でも苦労している。
ネタを見つけて、客観的事実を書き、私の論旨(主観的意見)を主張し、その論拠を書く。
今までのブログは脊髄反射のように頭に浮かんだことを書いているだけだった。この類いの批判も受けた。
主観的意見をまず考えて、書く前に頭の中に浮かべて整理する必要があるだろう。しかしそれができるのか。
頭を使ったからかもしれない。頭が痛くなってきた。今までは頭を使ってすらいなかったわけだ。
大学時代のレポート作成マニュアルには
「優れたものを書こうとしてはいけない。言いうることを淡々と示し、自分のダメさ加減がきちんと残るようにする」
とあるのだが。
論拠、論拠か。意識すれば書けるだろうか。忘れたりしないだろうか。
新宿会計士さんも初めはPVが少ない鳴かず飛ばずのブログだったと書いている。しかし月間400万PVの人気ブログに成長したのだ。
しかし私のブログは箸にも棒にも掛からない。僅かでも成長していければ良い。亀の歩みでも進歩さえあれば続けていける。しかし成長できるのか。
「読んだ時間を返せ」とあまりにも酷い罵倒が蘇ってくる。私を同じ人間とは考えていない酷い罵倒だが、根拠のないことではなかったわけだ。
私のブログは論拠の無いヒトリゴトに過ぎなかったのだから。
世の中に、政治に訴えていたつもりだった。だが所詮他人(主に三橋貴明)の受け売りを論拠の無いヒトリゴトとして書いていただけだったのか。
体調も悪いのだ。言い訳と捉えようが、それは事実だ。だが上手くいかなかった時の予防線を張っているだけなのか。
優れたものを書こうとしてはいけない。言いうることを淡々と示し、自分のダメさ加減がきちんと残るようにする、か。
ブログとレポートの最大の違いは文献を読まない点だ。現在私は集中することができず、書籍を読むことができない。その点ではブログなら書けるわけだが。
とにかくやってみるしかない。駄目ならブログを閉鎖して逃げるしかないだろう。私は政治・経済にしか興味を持てることがなくなってしまったのだが、政治・経済について論拠の無いヒトリゴトを書くわけにはいくまい。
追記
いや、「論拠」は書いていたが、その論拠に説得力が全くないものだったのか?「客観的な説明」が必要だと言われたが。亀よりもさらに遅い歩みでも成長してきたのだろうか。しかし今のブログ記事を読まれて説得力がない類いの批判を受けた。説得力のある論拠か。そういえばドラゴン桜やエンゼルバンクで桜木の話がなぜ説得力を持つのかという話があったな。
新宿会計士さんの
ブログで宣伝してみて、それで貰った評価で痛いほど気づかされた。
私のブログは「論拠の無いヒトリゴトに過ぎなかった」のだ。
2年間ブログを書いてきて進歩がないわけだ。ヒトリゴトを2年間書き続けてきたのだから。
しかし「論拠」を書けるだろうか。意識してみて変われるだろうか。
毎日ブログを更新するのは結構大変なことなのだ。1日の時間をブログを書くことにだけ費やせるわけでもない。そしてブログのネタ探しには今でも苦労している。
ネタを見つけて、客観的事実を書き、私の論旨(主観的意見)を主張し、その論拠を書く。
今までのブログは脊髄反射のように頭に浮かんだことを書いているだけだった。この類いの批判も受けた。
主観的意見をまず考えて、書く前に頭の中に浮かべて整理する必要があるだろう。しかしそれができるのか。
頭を使ったからかもしれない。頭が痛くなってきた。今までは頭を使ってすらいなかったわけだ。
大学時代のレポート作成マニュアルには
「優れたものを書こうとしてはいけない。言いうることを淡々と示し、自分のダメさ加減がきちんと残るようにする」
とあるのだが。
論拠、論拠か。意識すれば書けるだろうか。忘れたりしないだろうか。
新宿会計士さんも初めはPVが少ない鳴かず飛ばずのブログだったと書いている。しかし月間400万PVの人気ブログに成長したのだ。
しかし私のブログは箸にも棒にも掛からない。僅かでも成長していければ良い。亀の歩みでも進歩さえあれば続けていける。しかし成長できるのか。
「読んだ時間を返せ」とあまりにも酷い罵倒が蘇ってくる。私を同じ人間とは考えていない酷い罵倒だが、根拠のないことではなかったわけだ。
私のブログは論拠の無いヒトリゴトに過ぎなかったのだから。
世の中に、政治に訴えていたつもりだった。だが所詮他人(主に三橋貴明)の受け売りを論拠の無いヒトリゴトとして書いていただけだったのか。
体調も悪いのだ。言い訳と捉えようが、それは事実だ。だが上手くいかなかった時の予防線を張っているだけなのか。
優れたものを書こうとしてはいけない。言いうることを淡々と示し、自分のダメさ加減がきちんと残るようにする、か。
ブログとレポートの最大の違いは文献を読まない点だ。現在私は集中することができず、書籍を読むことができない。その点ではブログなら書けるわけだが。
とにかくやってみるしかない。駄目ならブログを閉鎖して逃げるしかないだろう。私は政治・経済にしか興味を持てることがなくなってしまったのだが、政治・経済について論拠の無いヒトリゴトを書くわけにはいくまい。
追記
いや、「論拠」は書いていたが、その論拠に説得力が全くないものだったのか?「客観的な説明」が必要だと言われたが。亀よりもさらに遅い歩みでも成長してきたのだろうか。しかし今のブログ記事を読まれて説得力がない類いの批判を受けた。説得力のある論拠か。そういえばドラゴン桜やエンゼルバンクで桜木の話がなぜ説得力を持つのかという話があったな。
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