鈴木海花の「虫目で歩けば」

自然のディテールの美しさ、面白さを見つける「虫目」で見た、
身近な虫や植物の観察や飼育の記録。

町の自慢はミルクとワインとクリーンエネルギー・・・とカメムシ?

2014-03-05 18:13:25 | 日記

―岩手県葛巻町訪問記 前編―


東北新幹線はやてが、いわて沼宮内駅に到着!窓からの景色にジーン。



 はじまりは『カメムシ図鑑』シリーズの出版元である全国農村教育協会の編集部に届いた、全校児童数29名という山間の小さな小学校の校長先生(女性)からの手紙だった。

―当地では冬から春にかけて、たくさんのカメムシが室内に入り込み、大変厄介者になっている。嫌われ者のカメムシだが、「せっかくたくさんいるのだから、どんな種類のカメムシがいるのか調べてみよう」とカメムシ図鑑を購入し、2013年度は全校児童でカメムシを調べることにした。現在学校周辺で見つけたカメムシは38種、カメムシが苦手だった子供たちが、得意げに「新種です!」といって持ってくるようになり、いつの間にはカメムシは本校の宝物になった。保護者もとても興味をもって見守ってくれている。これも図鑑との素晴らしい出会いがあったおかげだが、図鑑をたよりに子供たちに種名を教えてきたものの、間違えて教えてしまってはと心配になり、図鑑の監修に当たられた先生に、37種の画像をみてもらい確認できたらと願っている―

 この手紙はたちどころにPDFに変換され、カメムシ図鑑シリーズの関係者たちに送られ、読んだ人たちを、「何をおいても、葛巻に行ってみたい!」という気持ちにさせた。
 手紙を読んだ翌日、『日本原色カメムシ図鑑第3巻』の筆頭著者のひとり石川忠さんに、
「行くとしたら、いつごろ?」ときくと、
「5月の連休過ぎあたりかなあ」。
「そうですね」そのころになれば、新緑のなかに虫が出てくる季節だろう、と私も思った。

 その後、手紙をくれた江刈小学校小野公代校長先生と、葛巻訪問の6人の間で、訪問に向けたさまざまなやりとりがはじまった。
 そのなかで「できれば、6年生が卒業する前に・・・」という小野先生の言葉に、
石川さんが「これは行くっきゃないですね」という返事を即座に全員に送り、新緑の季節ならぬ2月に行くことが決まった。

 小野先生からのメールには「きょうはマイナス16度でした」とか、一面雪に覆われた校庭でスキーをして遊ぶ生徒たちの写真が添付されていた。
 なんで、一番寒い、虫も少ないこの時期に?という思いを押しのけて、みんながそれぞれの仕事やら予定やらを調整して、2月の葛巻行き実現に向けて突き進んだのか―それは、訪問の最後の夜にちょっと恥ずかしそうに小野先生がもらした一言に尽きるような気がする―「待てなかったんです、私が・・・」。
 そう、小野先生だけじゃありません、迎えるほうも、迎えてもらうほうも5月まで待てなかった!
 
 2014年2月12日、『カメムシ図鑑』シリーズに関わってきた二人の著者、石川忠さんと長島聖大さんという日本のカメムシ学をリードするふたりの研究者、今回のとりまとめ役をつとめてくれた出版社の大久保清樹さん、長島さんの奥さまである知香さん、長男(1歳4ヶ月)楓太くん、そして私の6人が葛巻町に向かった。


いわて沼宮内駅ホームで無事合流。左から長島聖大さん、奥様の知香さんと長男楓太くん、石川忠さん。


 東京駅から東北新幹線で約2時間余。最寄り駅のいわて沼宮内(ぬまくない)駅には、手紙をくださった小野公代校長先生が迎えに来てくれていた。



そもそものきっかけをつくった小野校長先生。


胸のブローチにはカメムシが!


 ここから29名の生徒たちが待つ江刈小学校まで、車で約1時間。


 ところで葛巻とは、どんなところなのか?
岩手県岩手郡葛巻町は北緯40度に位置し、面積434.99キロメートル(うち森林が86パーセント)、人口約7000人、平均気温8,8度、基幹産業は酪農と林業、そしてエネルギー自給率160パーセントという、早くからクリーンエネルギーを推進してきた町として全国に知られる。江刈小学校のある地域の標高は500~600メートルくらいだという。


 すっかり葉を落としたカラマツを中心とする植林と自然林の黒い枝が、雪に覆われた白い山肌に細い毛のように伸びている。そんな風景のなかを走り、ついに江刈小学校に到着。




 築50年になるという木造の校舎の窓に、歓迎の言葉が見える。


 校舎の入り口は戸が閉められていたが、なかから「きた!きたよー」という子どもたちの興奮したざわめきがもれてきた。
 扉が開く―「わあぁーーー」― ついに、カメムシ先生がやってきたのだ。






 ちょうどお昼なので、給食をごちそうになることになっていた。心待ちにしていたこの日を迎えて、誰もが興奮している。
 校長室で葛巻の生乳たっぷりの美味しいプリンをいただきながら、先生たちから『江刈カメムシ図鑑』を各自一冊ずついただいた。
そう、全校生徒がもっているこの手作りの図鑑には、1年間にみんなが見つけた37種のカメムシが、発見者の名前とコメントとともに載っているのだ!
校長室に面した廊下の壁には、37種のカメムシの写真が貼りだされ、それぞれに採集した標本が添付されている。



付箋がいっぱい。使い込まれた『日本原色カメムシ図鑑』。

そして、これが江刈小学校のみんなが見つけた37種のカメムシが載っている『江刈カメムシ図鑑』と
こんなのが江刈にいたらいいな~とつくった(小野先生のご主人作)という幻のエカリウシツノカメムシ!


 
 廊下の展示をみていると、ピンクとブルーの服を着たふたりの女の子が、「あ、海花さんは、こっちです!」と声をかけてくれた。


はるばるやってきた初めての土地で、こんな風に名前を呼ばれて自分の席に案内される―なんて幸せ。



 全校生徒29名(1年生2名、2年生8名、3年生4名、4年生5名、5年生4名、6年生6名)に11名の先生方だから、この学校ではいろんなことが年齢縦割りで行われる。
 食堂には6台ほどの食卓があり、それぞれ年齢の違う生徒たち6名くらいと先生が1名で囲んでいる。


 給食なんて何十年ぶりだろう。
 メニューはいなびきシチュー、タラのムニエル、大根サラダ、よせ豆腐、お漬物、玄米パン、葛巻産牛乳、それに特別メニューとして、打ちたて茹でたてのウドンとへっちょこ団子入りのお汁粉。


 この特別メニューをつくってくださったのは、地元の婦人会の4人の方だった。
 カメムシを楽しむ会に私たちが来るときいて、自分たちもなにかごちそうしたい、と、この日、食堂の窓辺で出張調理してくださったのだ。

 シンプルに「婦人会」とロゴの入ったそろいのエプロンに、決めはこのやさしい笑顔!

 打ちたてのウドンの美味しさったら!





 そして、お汁粉ぉーーー。

 アンコモノ大好きな私がなかでも好きなのが、あんこをそのまま飲めるお汁粉(笑い)。しかもこの小豆は自家農園製。豆の風味がたまらない。


 ところで、へっちょこ団子というのは、たかきび粉、もちあわ粉、いなきび粉をそれぞれ丸めて中央をへこませ、煮立った小豆汁に入れたもの。 語源は、人間のへそに似ていることと、1年間農作業で「へっちょ(苦労)」したことをねぎらう意味で付けられたと言われる。白玉団子と同じくらいの大きさで、さらに押しつぶしたような形。甘いものだけでなく、いろいろな汁物の具として使われるらしい。この地方ならではのおしるこだ。

(上の写真は岩手の伝統料理を紹介する高村民子さんのサイトから引用)


 同じ食卓に座った婦人会の方が、しみじみとおっしゃった。
「毎年おんなじことなんだけど・・・・・・でも6月のはじめの新緑を見ると、ああ、なんてきれいなんだろうって・・・・・・きれいっていうだけじゃ足りなくて、染み入ってくるような」。
 その言葉に、窓の外の、いまは白一色の風景を見ながら、緑滴る季節の葛巻を想像した。

 体が小さく、食も細い私は、小学生のときいつも給食を食べきれないのが苦だったけれど、何十年かぶりの給食はパン以外完食。おいしかったー。



 給食が済むと、講堂へ移動。



 すでに生徒たちが席に着き、その後ろには生徒数を上回る数の大人の人たちが並んでいる。
 「厄介者のカメムシが、学校の宝物になった」という話に、葛巻の大人たちも興味をもって参加してくれたのだ。

 石川さん、長島さん両カメムシ先生の、楽しくわかりやすいカメムシシンポジウム、はじまり、はじまり~。このときの様子は町役場制作『くずまきトピックス』で動画が見られます!


長島聖大さんは、伊丹市昆虫館で開催している『カメムシだらけに、したろか~』展の展示物の一部を江刈の子どもたちも見られるように用意。






 生徒たちも先生たちも町の大人たちも、みんな熱い!
 質問タイムには、たくさんの手があがった。
 生徒:「いちばん小さいカメムシって、どのくらいの大きさ?」
 石川:「えーーと、0.8ミリくらいのムクゲカメムシの仲間だと思います」
 生徒:「いちばん臭いカメムシって、なんですか?」
 石川:「臭いというのは人それぞれの感じ方があるけれど、僕が日本で一番臭いと思うの     はアカスジキンカメムシとか、 オオキンカメムシとかのキンカメムシの仲間です。世界で言うとオオカメムシかな」
長島「ぼくはやっぱりクサギカメムシですかね」



 他にも、町でお米屋さんをやっている人から、20年前は今ほどカメムシの被害はなかったんだけれど、どうして増えたのか?という質問などが次々と出て、町ぐるみのカメムシへの関心の高さが伺われた。


 私からもお土産!イラストレーターの宇佐美朋子さんにお願いしてつくっていただいた「カメムシクッキー」を子どもたちに手渡しした。

アカスジカメムシ、チャバネアオカメムシ、ジンメンカメムシのクッキー



地元のメディアも取材。



ところで、ここに来る前に、私はきっと誰か、子どもたちの中に、特別にカメムシに興味を示している子がいるに違いない、その子と話してみたいなあ、と考えていた。
 小野先生にお訊きすると、「ええ、います。S君といって、『江刈カメムシ図鑑』の約半分を見つけた男の子がいるんです。この子は私がカメムシを調べてみようとみんなに提案したちょうど4月に転校してきて、次々とカメムシを見つけてきて、みんなのカメムシ熱に火をつけたんです。なんだか不思議なタイミングを感じています」
 ここは岩手。『風の又三郎』ならぬ虫目の又三郎?!
 でもS君はすこぶるつきの恥かしがりや。

 何度かさりげなく、「どのカメムシがいちばん好き?」と訊いてみたのだが、ついに答えてくれなかった。まあ、ゆっくりでいいよね。そのうちきっと、どおーっと、カメムシの話をしてくれることもあるだろうから。


 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、名残り惜しげに見送ってくれる子どもたちと別れたあとは、葛巻の町役場へ。

カメムシについて大いに語る鈴木重男町長。

 まるで生クリームがはいっているような、濃くて美味しい飲むヨーグルトをごちそうになりながら、しばしカメムシ談義。町長さんの家でも、玄関のドアの縁にカメムシがびっしり付くという。どこのお宅にもカメムシはお邪魔しているらしい。



 夕方、今夜の宿であるグリーンテージにチェックイン。


ホテルの入り口には「カメムシ楽しみ隊様」の看板が!他のお客さんが引きそうだけど、だいじょうぶ?



 酪農がさかんな土地らしく、ホテルの浴衣やタオルもホルスタイン柄。このあと予定されている『カメムシ楽しみ隊交流会』(笑)まで、しばし休息。



 18時。ホテルの一室に、続々と集まってきた背広姿のみなさん。

これが会のプログラム。



江刈小学校の全教職員のみなさん、葛巻町議会副議長さん、教育委員会教育長さん、健康福祉課長さん森林組合さん、商工会さん、農業委員会さん、などなど、なんと町の主だった方たちがみんな集まって・・・テーマはカメムシ。「こんなたくさんの背広を着た方々と、カメムシの話をする日が来るとは、夢にも思いませんでした」という石川さん。


カメムシに乾杯・・・・・・しちゃっていいの?




 しかもみんなこの日を心待ちにしてくださっていたようで、とにかく楽しそう。
名酒『蒼』をはじめとする葛巻ご自慢のワインの数々、分厚いガラス瓶に詰められていかにもおいしそうなフレッシュミルクとヨーグルト、生乳からつくられたチーズ各種、やわらかい骨付きラム肉、南部せんべいを鍋物に砕いて入れる珍しい「せんべい鍋」などなどをいただきながら、ひたすらカメムシの話題でにぎやかに盛り上がった2時間余。



 それにしても、葛巻の人たちって・・・・・・ふつうじゃないよなあ、いい意味で(笑)。
 これだけ大人が集まれば、カメムシへの恨み言も出て当然。学校の取り組みとはいえ、大人はもうちょっとシリアスにその被害を厄介なものとして捉えるだろうに、いくら「カメムシ楽しみ隊」の前とはいえ、この前向きな興味はどこから出てきているのか?
 初めて葛巻の話をきいたとき、このカメムシ調べの話は、決して一小学校の取り組みとして、ぽっと出てきたのではない、と思った。「厄介者が学校の宝物になった」というにはきっと、何かこの町にそういった奇跡のようなことが起こる土壌があるに違いない。
 この葛巻の謎を解くべく、翌日は前町長さんに、町のさまざまな取り組みを案内してもらうことになっている。

  零下10度以下という気温のなかで寝た経験がないので、エアコンで部屋を暖めながら、ノンカフェインの熱いお茶を淹れ、VITAで「FFX」をして、本(『隼新八郎御用旅』)を読んで―導眠のための私の必須儀式―真夏以外はいつも愛用しているスマートウールのソックスをはいたまま寝ることにした。
 ホテルの部屋の窓からのぞくと、静かに降り積もる粉雪が、青白い光のなかに舞っていた。

(後編につづきます)


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