からかひて 後にわびぬる 人の荷を かろむ瀬もなき 月夜なるかな
*これも、昨日と同じ人が詠ってくれた歌です。なんとなくわかるでしょう。この人は男性なのですが、こういう女性の気持ちを詠うのがうまいのです。やわらかい人だ。
人をついからかってしまって、あとで嘆く人の心の重荷を、軽くするところもない、月夜であることよ。
何となくわかりますね。女性ならこういう気分になることはよくある。人に悪いことをしてしまったり、言ってしまったりすると、心に水を吸った布のような重荷がかかるものだ。それを晴らそうと月を見上げても、その心の重荷が軽くなるはずもない。そんな心を感じつつ、月を見上げている。
そうこうしているうちに、明日はちゃんと謝ろうなどという気持ちになってくるものです。
一応言葉の説明をしておくと、「わぶ(侘ぶ)」は落胆するとか困るとか嘆くとかいう意味の、重い感情を表す言葉です。たった二文字で深い感情を表せるので、活用できますよ。「思ひわぶ」とか「恋ひわぶ」とか「消えわぶ」とか、組み合わせでかなり複雑な感情が表せます。悲しみが消えなくてつらいなんてことを表すときは、たった5文字で「消えわびて」と言える。ちょっと応用してみましょう。
消えわびて 庭に残れる 月影を 恋ひもならずに とほく見る夢 夢詩香
消えなくて庭に残っている月の光を見るのがつらい。恋て走り寄ることもできずに、遠くから見ているだけという夢を見た。
なかなかにせつないですね。もちろん月影とはここでは恋しい人の面影を表します。いかがですか。恋する者の情感がわきたつようだ。あの人の面影が消えない。思う心も消えない。なのに走り寄ることさえできない。そんな自分がつらい。わたしもこうして、恋する人の気持ちになって詠むことはできます。しかし、表題の歌の作者とは違うことは明白でしょう。個性の違いがありありとわかる。
「かろむ(軽む)」は軽くするという意味の動詞です。こういう、状態とか状況を進行させるという動きを持つ動詞は押さえておいたほうがいいですね。短い言葉の中で動きのある情景を読むことができます。「あかる(明る)」とか「あをむ(青む)」とか「くらむ(暗む)」とか。意味はなんとなくわかるでしょう。
山影は 黒みて玉の 月を産む 夢詩香
山影が黒ずんだと思うと、玉のような月が出てきたと。なかなかですね。いろいろと活用してみてください。