小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

湯ふる田中の温水プールの廃止の噂話を聞く:

2014年11月13日 | 健康
湯ふる田中の温水プールの廃止の噂話を聞く:
私の家は、行政区分上では、小諸市に属しているものの、実際、西側南の端で、どちらかと言えば、地政学上では、旧北御牧村に近い御牧ヶ原台地にある関係上、従って、買い物や温泉施設の利用も、お金を落とすところは、東御市になりがちである。東京では、コナミ・スポーツ・クラブの月例会員であったが、田中にある湯ふる田中の月額会員の費用と較べると、東京のそれは、ほぼ、3倍近い金額であったので、結局、温泉とジムと温水プールを、手軽に、しかも、インストラクター付きで、活用できるということもあって、結局、こちらへと鞍替えすることにしたのは、もう、3年程前になるであろうか?おまけに、ジムの運営は、コナミが受託していて、多少、マシーンが、旧型であると云えば、云えなくもないが、それでも、不自由することはない。しかも、週2回の老人体操教室の筋トレ教室などでは、年々、参加者が、増加して、教室も手狭になる盛況ぶりである。流石に、60代から、上は、80代後半のお年寄りまで、スクワット20回を5セットなど、結構、毎週2回もやっていれば、密度が濃くて、足腰が鍛えられるものである。おまけに、若い先生の明るい若々しいキャラクターも加わって、なかなか、人気が高くなりつつある。遠くは、軽井沢、御代田、近くても、小諸、佐久、上田、などからも、参加者が、毎週やってくる盛況ぶりである。延べ人数で云えば、週に2回で、60人くらいは、利用しているであろうか?その教室で、ふと、耳にしたものであるが、付属の温水プールが、何でも、東御市の議会で、予算が付かない関係から、来年の3月で、廃止になるとか、、、、、、、という話である。いくら維持費がかかるとは云え、何の利用者への説明もなく、一方的に、廃止の検討とは、これは、医療費抑制策の一環にもなるわけで、ショッカイさん同様に、こうした健康施設の維持は、これからも、必要になるものであると思われるが、如何なものであろうか?そう言えば、若い頃に、確か、邱永漢が、「夏場しか、利用しない屋外プールではなくて、通年利用可能な温水プールを作るべきである」と、主張していたが、箱物ではなくて、利用方法をもっと、知恵を出して、考えれば、宜しいのではないだろうか?先月も、小学校の生徒が、温水プールと温泉を体験学習で利用していたが、こういう活用方法も、夏期のプールとは別に、或いは、プール歩行など、カリキュラムで、健康管理、医療費抑制の対策として、活用すれば、宜しいように思われるが、、、、、、、。既に、存続の陳情を行っているとも云われているが、果たして、どうなるものやら、、、、、、廃止すると云っても、壊して処理する費用も莫大なものであって、税金が、結局当てられることになるのであろうし、水中歩行や、水泳を楽しんでいる人達には、なかなか、辛いものであろうし、インストラクターの職場を奪うことにもなり、又、地域の貴重な施設を失うことにもなり、誠に、残念な限りである。それにしても、日本という国は、情報開示と説明責任とが、一向に、なされない国であることが、このことからも、わかろうか?一体、何人の役人と議員は、温水プールを利用しているのであろうか?利用者の声は、これまで、どのように、反映されていたのであろうか?

中韓FTA先行締結なる:

2014年11月12日 | 社会戯評
中韓FTA先行締結なる:
オバマが、中間選挙の結果、更なるレイム・ダック状態になり始め、任期残り2年の間に、どれ程の成果が、一体、挙げられるのであろうか?TPPも盗聴を怖れる余り(?)北京の米国大使館で行われたにもかかわらず、日米間での交渉会談もなく、更には、年越しの上に、妥結目標期限も、各国首脳が参加したにも拘わらず、先送りになってしまった。一方、中韓FTAの先行締結とか、新たな自国インフラ設備投資向けのアジア・インフラ銀行の設立構想とか、明らかに、中国による新シルクロード貿易構想やら、インド洋から、中近東・中央アジア経由での欧州・アフリカへの貿易ルート構築への動きが、一方で、加速化されているのも見逃せないところである。25分間の日中首脳会談と8時間に及ぶ米中首脳会談では、自ずと、国の重さが所詮、違うのであろうか?如何にも、日本の相対的な地位の低下に、歯止めが相変わらず、かかっていないことに、一抹の寂しさを感じざるを得ない。TPPとは別に、ASEANの内部に、これに対抗する拡大貿易圏を独自に、創設しようとする中国による動きも、FTAAPも、これからは、一段と、腹に一物を持ちながら、机の下では、お互いに、脚で蹴り合いをしているような、そんな新たな戦略的互恵的な(?)「共存と対立」、それも、二極分化ではなくて、複雑に、各国家間の利害関係が絡んだ多極的なものに、なりつつあるような気がしてならない。あるときは、敵の敵は、敵ではなくなるが、どっこい、全く、別のあるときには、敵の敵は、やはり、敵だったとかという構図が、当たり前になるのかも知れない。戦略的相互互恵的な関係性の依存とは、兎にも角にも、お互い、戦争や紛争で解決することは、全く、「利」に叶っていないことであるし、実際、それは、「理」に叶っていない事を意味もするのであろう。いやはや、難しい世の中になったものである。明らかに、東西冷戦的な思考では、生きて行けないであろう。そんな中で、解散などをしているどころの話なのであろうか?永田町の論理とは、実に、摩訶不思議である。

ビッグ・データの不気味さ:

2014年11月11日 | 社会戯評
ビッグ・データの不気味さ:
今日、もはや、メール・アドレスが、何らかの形で、漏洩していたり、個人情報が知らぬ間に、名簿業者に売られていたりと、どうみても、ダイレクト・メールなどをみていると、そう思わざるを得ないことが、数々あるのが現実であろう。況んや、ネット通販のデータをやである。あるA社の通信販売の検索を利用したところ、すかさず、B社のサイトから、何処から、どのように、その商品検索の結果を知られたのかは分からぬが、同じ商品をお薦めするメールが舞い込み、更に、B社の宣伝が出ているサイトで、私がA社で検索したものと同じ商品を薦めるべく、その商品の写真が掲載されていた。いやはや、今日、通販サイトでは、流石に、書籍の取り寄せなどをしようものなら、数日後には、こちらの書籍をご購入されたお客様は、次のような書籍も、ご購入されていますというようなお薦めのメールが、来状するものである。兎に角、バックグランドで、あらゆるデータが、購入者の購買履歴、購入傾向と嗜好傾向を、即座に、分析して、コンピューターは、これでもか、これでもかと、次の商品を購入するまで、慇懃無礼に、「お薦め」してくるのである。私は、ビッグ・データやオープン・データの活用とある種の販売を否定する立場に与するものではないが、流石に、ここまで、くると、やや、「不気味な何か」を詮索せざるを得ない。もうこうなると、ニーズの分析とか、シーズの分析などではなくて、そんなものは、何か、後付けのようなもので、購買動機付けとか云うものではもはやなくて、むしろ、購買意欲の「誘導的な」データの解析・活用とでも云えようか?一体、この延長線上で、人工頭脳などの活用が、現実味を帯びてくると、人間の有する主体性などと云うものは、商品購入の段階では、全く、当てにならぬものになるかも知れない。あまのじゃくの私には、薦められれば薦められるほどに、逆に、意固地となり、購入はしないぞという強い意思の確認がなされようとしているのも、実に、皮肉である。一体、何処へ向かって行くのであろうか?行き過ぎたオープン・データの活用に、消費者は、どのように、独自性と主体性を示せるのであろうか?ふと、そんな思いがしたのは、私一人だけであろうかと、、、、、、、、。近未来では、恐らく、冷蔵庫には、次の商品が間もなく、賞味期限が切れるので、お買い上げ下さい式のメールが、又、既に、買い替え時期を過ぎているし、お使いのモデルは旧いので、新しいものに、買い替えて下さい式のメールが届く時代も、そして、そろそろ、結婚しても宜しいのではないでしょうかとブライダル・サロンや、果ては、お墓や墓地の斡旋も届く時代が来るかも知れませんね!

タンピン・カンリとお客様利益優先は、通じるのか?:

2014年11月10日 | 社会戯評
タンピン・カンリとお客様利益優先は、通じるのか?:
セブン・イレブンの対米都市部戦略が、いよいよ本格化しそうである。タンピン・カンリと言う言葉を聞くにつけ、昔のトヨタのカイゼンという言葉を想い起こす。どうやら、日本で編み出されたマーケティンや品質管理の哲学というものは、今や、「旅館」 や「おもてなし」の概念同様、世界的な海外マーケットの中でも、通用するものになりつつあるようである。考えてみれば、「現場力」なる言葉は、何も、現場の労働者やパート・タイマーのやる気を出させる手法ではなくて、カイゼンが主張したようなThinking workerという概念の延長線上でもあろう。しかし、それを、マーケティングに、商品開発に、経営革新へまで、システム展開・進化させることは、確かに、経済合理性だけに裏打ちされてきた従来のアメリカ的な経営手法だけでは、成立し得なかったのかも知れない。逆転の発想で、「蘊蓄」なるものも、タイでは、一種の販売手法に、共感、通用されているそうであるが、何とも、地方からのこうした忘れ去られていたようなコンセプトや発想が、海外市場で受け容れられようとは、一体誰が、予想だにし得たであろうか?少なくとも云えることは、グローバル・スタンダードなる概念を怖れることなく、逆に、地方からの発想も、前近代的なコンセプトと勝手に思われているこうした発想も、意外と、その根底には、近代的な海外外の顧客が、コロッと参るような「革新性と新規性」が潜んでいるのかも知れない。その意味では、高齢化と人口減少で縮小する国内市場相手だけではなくて、やはり、広い意味での海外戦略も、国内市場の閉塞性を打破する意味合いから、地方の企業でも、おおいに、挑戦するだけの価値は充分あるのかも知れない。官製のクール・ジャパンも結構であるが、こうした地道なたゆまぬ努力こそが、時間は掛かるが、一度、根付くと、しっかり、顧客の心をつかみ取ることになるのではなかろうか?

漢字文化圏とハングル語圏:

2014年11月09日 | 社会戯評
漢字文化圏とハングル語圏:
何でも、日中首脳会談が、APECの開催中に、開かれる見通しであるそうである。何はともあれ、その合意文書の表現たるや、流石に、日中の官僚達は、漢字文化圏を共有するだけのことはあって、互いの解釈は、実際には、異なるものの、形だけでも、合意に漕ぎつけるところは、なかなかなものである。腹蔵なく腹を割ってではなく、腹に一物持っていても、互いに、それはさておき、テーブルにだけは着く。危機管理の偶発的な事故を未然に防ごうとする努力への合意も、何はともあれ、重要な第一歩である。もっとも、これで、すべてが解決付くわけにはゆかぬが、何はともあれ、顔を付け合わせて、短い時間でも話し合うきっかけになることは、喜ばしい限りである。これに引き替え、ハングル文字を絶対視して、漢字と言う文字を無くしてしまったかの国の方は、首脳会談の見通しも立っていない状況である。マスコミ関係者のデレゲーションとも、異例の面会拒否(?)共相俟って、こちら側は、全く、原理原則、歴史解釈、慰安婦問題、竹島問題、産経ソウル特派員起訴、為替レート、問題等と、相変わらず、進展がみられそうにない。日中首脳会談に一歩先を越される形になり、今後、どう打って出てくるのであろうか?それにしても、外交交渉というものは、なかなか、したたかなものである。複雑に、国内外の情勢が、微妙に、絡みながら、2国間、多国間、或いは、アジアと言っても、ひとまとめには出来ないように、それぞれが、イスラム圏、中近東、EU,等、各国諸国間の国家利害が、絡み合ったままである。これをみて、又、韓国とは別に、北朝鮮も動き始めるのであろうか?それにしても、漢字の解釈は、成る程、都合の良いように、解釈できるものであるし、非漢字圏を目指したハングル語圏は、どう出るのであろうか?北も南も、、、、、、。そう言えば、反日デモで被害が出た工場や商店は、保険求償がされたのであろうか?人間月日が経つと、忘れがちになるものであるが、、、、、、、。どうだったのであろうか?そんな小さな違いは、どうでも、宜しいのであろう、結局は、、、、、?

愛犬のお墓に落ち葉を盛り土する:

2014年11月08日 | 動物・ペット
愛犬のお墓に落ち葉を盛り土する:
今年も、紅葉の紅葉が終わり、松葉の尖った落ち葉が、ハラハラと道路に落ち始めた。レーキーで、道路の上を匍わせるように、50mばかりを行ったり来たりすると、大量の松葉が、幾つもの山盛りになった。毎年、これを樹木の根元に、肥料代わりに、盛り土すると同時に、我が愛犬のお墓にも、山盛りに盛り土してあげ、最期に、その頂きに、子供達が小さい頃に工作の時に作った素焼きの家を、チョコンと置いて、その玄関とおぼしきところに、ミニチュアの虎の小さなおもちゃの人形を、寂しくないように置いて、雨にも強いラミネートフィルムに入れた愛犬の写真を飾るのである。その頭上には、毎年、春には、八重桜が咲くし、秋には、モミジが、真っ赤に枝毎全体が染まる。又、玄関の出入りをいつでも、見れるように、生前同様に、番犬の役目を果たしていたお気に入りの場所にも、目と鼻の先に近い。もう一緒に、春の花見も、秋のモミジの紅葉も、愉しめないが、これからも、季節が変わる節目毎には、君を想い出すだろう。もう、すっかり、モミジの紅葉した葉も落ちて、今度は、どんぐりの樹木が、黄色い葉に、変色してきています。晩秋から、いよいよ、冬支度の準備を進める時期になってきました。

あっという間に、モミジの紅葉が終わってしまった!:

2014年11月07日 | 自然・植物・昆虫
あっという間に、モミジの紅葉が終わってしまった!:
3-4日の間、一寸、所用のために、東京へ戻っていたところ、帰ってきたら、既に、玄関脇のモミジの紅葉は、見事に終わっていて、すっかり、枯れ葉が、タイルの上に、階段のそこここに、丸まって、風に吹かれて、丸まっていた。それにしても、樹木というものは、面白いものである。同じ種類の樹でも、植えられている場所が違っていたり、恐らく、太陽の光の当たり具合でも違うのであろうか、それとも、根の張り方が違うのであろうか、微妙に、紅葉の時期が異なるし、あるものは、オレンジ色のまま、赤くならずに、散ってしまうし、又、あるものは、既に、紅葉が散り始めているのに、まだ、真っ赤に色づいたまま、頑張っている。いやはや、人生模様と云おうか、樹木模様様々である。緑の葉から、黄色になり、やがて、オレンジ色になり、最期に、深紅の紅色に染まって、まるで、真っ赤に、染まった絨毯のようになってから、見事に、散り果てる様こそが、モミジの一年のお終いに当たるのに、そうはゆかずに、深紅に染まることなく、散り始めてしまうものもある。見事な散り際は、「散華」と言う他ない。もっとも、華では無く、葉っぱであるから、落葉なのであるが、漢字とは別に、「散る華」と言っても、云いすぎではないであろう。京都の高雄や桜の吉野山を訪れたことはないが、きっと、モミジの紅葉を愛でるのも、晩秋に掛けての私の一つの愉しみであることに変わりはない。来年も又、綺麗なモミジ紅葉が愉しみである。今度は、どんぐりの樹木が、緑の葉から、黄色に色づき始めた。やがて、これもあっという間に、茶色に変色して、落葉して、いよいよ、冬支度の始まりである。

ベネッセからの重要なお知らせが届いた!:

2014年11月06日 | 社会戯評
ベネッセからの重要なお知らせが届いた!:
ベネッセの個人情報の漏洩は、全く、関係無いと思っていたところ、豈図らんや、何と、対象のお客様の欄に、子供の名前が記載されていて、私の個人情報も、どうやら、漏洩対象になっていて、そのお詫びに、500円のお詫びの品を贈るので、至急、期限内に、手続きをして下さいという趣旨の封書であった。何とも、不可解であるが、何でも、女房殿の説明では、子供が、多分、中学校の頃(?)に、何かを申し込んだのかも知れないと、その時の情報が、今頃になって、まるで、亡霊のようにして、どうやら、この封書が届いたらしい。それにしても、小さな子供がいないから、全く、他人事であると思っていたら、とんでもないことである。そんなに旧い情報までもが、漏洩しているとは、思いもよらなかった。全く、報道されてからも、一度も、先方からは、連絡も無いし、何の説明すらなかったが、、、、、、。何とも、狐につままれたような誠に不可思議な話である。よくよく、手続きの内容を読むと、なかなか、興味深い。今や、若いママさん達は、パソコンで処理出来るであろうが、誰も、図書券を最大6ヶ月も待つ馬鹿はいないであろう。或いは、手続きをしないで、子供基金に寄附する人間も少ないであろう。結局、電子マネーにチャージ出来るように、手続き完了し、結局、女房殿の財布に、電子マネーの形で、入ることになった次第である。それにしても、子供の頃の登録情報だから、もう随分昔の情報であるものの、住所などが変わっていなければ、それを頼りに、出状されていれば、確かに、転送不要で、到着する訳であるから、全く、情報漏洩というものは、侮れないものである。どんな情報が、いつ頃に、登録されているのかを確認してみることにしたら、何と、23年も前に、登録した情報だった。データというものは、全く、一度、登録されると、住所不定でない限り、腐らずに、記録・維持管理されていることがこのことからも了解されよう。忘れないようにしよう。

いよいよ、飲み会の季節が始まりそうである:

2014年11月05日 | 日記
いよいよ、飲み会の季節が始まりそうである:
年配の先輩諸氏によれば、齢を重ねるにつれて、世間や人付き合いが、徐々に、面倒くさくなってきて、余程、無理矢理、日程を入れておかないと、おいそれとは、出掛けてゆくことが、少なくなるそうである。確かに、世間とか人付き合いは、面倒なことであり、きっぱりと、絶ってしまえば、何ら、煩わしいことはないのであるが、何とも、それも、味気ないものである。なるべく、時間が合えば、様々な会合に、幼なじみから、学生時代の同級生やら、友人やら、昔の会社の同僚やら、等…、晩秋から正月明けくらいまでは、その種の忘年会やら新年会やらが、続くものである。今年は、秋のリーグ戦の野球観戦も兼ねて、参加を予定したところ、生憎の雨模様で、残念乍ら、観戦は中止となり、やむなく、友人の誘いもあって、雨の降る中を、夜の部に参加することにした。いやはや、それでも、20数年、いや、30数年ぶりであろうか?相変わらず、昔と変わっていない、もっとも、先方に云わせると、こちらも、昔と全く変わっていないということであったが、、、、、、。結局、二次会後、今度は、別に、同期の飲み会を設けることにして、分かれてきたが、昔は、こういったことは、面倒くさがっていたが、もっとも、現役の頃は、忙しかったから、やむを得なかったのかも知れないが、、、、、、、、もう年次も、名簿の半ばから上になりつつあり、時間の経過を改めて、思い知らされた。いずれ、ところてん式に、押し上げられて行くのであろうから、これも、仕方の無いことであろうが、人生、永く生きていると、人との付き合いも、健康な内は、一種の潤滑油みたいなものと思って、時間が許す限りは、面倒なお付き合いでもしてゆきたいものである。暫くは、今年も又、少々、お付き合いすることとしようか?まぁ、酒の方も、程々にしつつ、、、、、、、、。煩わしい付き合いも、脳に刺激になって宜しいのではないだろうか?

ユザワ屋にゆく:

2014年11月03日 | DIY
ユザワ屋にゆく:
右脳を更に刺激すべく、今度は、刺繍に挑戦してみるべく、ついでにとは云っては何であるが、女房殿が無料で会員割引カードを作れるというクーポンがあったので、これに便乗して、覗いてみることにした。いやはや、画材・手芸・工芸品の品揃えのすごいことは、驚くべきことである。ここには、ほとんど何でも揃っているのではないだろうか?おまけに、お年寄りの男性やら、30代の男性なども、チラホラしていて、手芸の世界も、今や、先行して男女平等なのであろうかと思ってしまうほどである。更に、初心者マークというものが、商品には、表示されていて、これが、初心者・入門用のキットなのであろう。入り口の間口が広くて、多いに宜しいのではないだろうか?そんな中でも、更に驚いたことには、月毎に、各教室ではないが、体験教室的なデモンストレーションや、初心者向けの教室が、日程表と同時に、貼られているのには、驚かされる。成る程、ここのショップは、商品を単に販売するだけではなくて、初心者に向けて、懇切丁寧に、技術向上をして貰いながら、エンジョイして貰うように、マーケティングも考えられているのではなかろうか?これなら、初心者にも、入門者にも、安心して、各種の手芸・工芸品が、愉しめそうである。自宅の飾り物やアクセサリーなども、この延長線上で、ハンド・メイドで、作ってみたら、一寸した手土産にも、喜ばれそうである。どんな作品を作るかは、これから、じっくりと、考えながら、例えば、消しゴム判子や、版画で、製作した図柄を、今度は、刺繍で、ハンカチに色糸で、刺繍したり、或いは、コースターにしてみたりと、ひとつの図柄で、幾通りもの異なった作品が出来そうで、これも又、面白そうである。今度は、粘土細工、羊毛アート、刺繍とか、指先を刺激し、更に、痴呆症対策のために、右脳を活性化するような趣味を見つけるのも、面白そうではないかと思いついた次第です。晩秋から、冬にかけて、やることが一杯出てきそうなそんな雰囲気が漂い始めてきました。

南欧の銀行は、大丈夫なのか?:

2014年11月02日 | 社会戯評
南欧の銀行は、大丈夫なのか?:
我々は、喉元を過ぎれば、熱さを忘れてしまうように、リーマンショックも、欧州の金融危機も、過ぎ去ってしまえば、今や、遠い過去の記憶の彼方へと消え去ってしまったものなのであろうか?小さい記事であるが、ギリシャやイタリアや、スロベニアなどの総じて、南欧の銀行が、そうやら、欧州中銀によるストレス・テスト(資産査定)の結果、25行も、芳しい結果ではないと、改めて報じられていた。総じて、世界景気への懸念が叫ばれ始めている中で、欧州では、デフレ傾向への懸念とも相俟って、資本不足に伴う貸し渋りや自己資本比率の引き上げのために、融資への一層の慎重さがましてくれば、一段の景気押し下げにもなろうかとも思われるが、どうにも、明るい兆しが見られない。おまけに、ウクライナの対ロ政策の行方次第では、或いは、これまで、欧州景気の下支えに貢献してきたドイツも輸出の不振やら、対ロ制裁から、先行きに不安が出てくるようにでもなれば、欧州経済・金融危機の再来という悪夢も、まんざら、予想せざるを得ないような成り行きである。考えてみれば、日本もついこの間、公的資金を投入して、劇的な回収不能な債権を処理したばかりであったことを想い起こす。成長著しい新興国でも、複雑に絡まった影の不良資産が、不動産市場の低落につれて、いつ何時、顕在化してくるかは、誰しもが容易に想像出来るような状況になりつつあるかも知れない。これまで、余りにも、心理的に、悲観論が跋扈していたから、出来れば、明るい、楽観論のマインド・コントロールの解けるような方向性を指示してきたが、何やら、最近では危なっかしい局面続きである。アメリカは、ブレーキを踏み始め、日本は、アクセルをふかし、欧州は、デフレ突入寸前、中国派、不動産価格下落や景気の先行き不安定などと、、、、、、。TPP交渉も、各国の政治的な思惑が交錯して、二進も三進も行かぬ成り行きであり、年内交渉の基本的な合意すら、危ぶまれ始めている。それにしても、多国間交渉というものは、厄介なものである。一度は、欧州危機も、何とか回避されたが、これから、再び、危機の再来とは、ならぬのであろうか?