サービス残業やパワハラなど劣悪な労働環境の下、若者を使い捨てるブラック企業の実態解明に、国が腰を上げる。9月から始まる集中調査に、疑惑をかけられた“グレー企業”は戦々恐々だ。
「どういった基準で調査されるのか」「対策を教えてほしい」──。
「若者の使い捨て」が疑われるブラック企業の実態解明に向けた集中調査を目前に控え、厚生労働省若年者雇用対策室には、そんな事業者からの動揺の声が寄せられているという。
不安の端緒は、田村憲久厚労相が落とした“爆弾”だ。
「ブラック企業といわれる『若者を使い捨て』にする企業をなくしたい」
8月8日、田村厚労相は、9月の1カ月をかけ、「若者の使い捨て」を主眼に置き、時間外労働や賃金不払いなどの労働基準法違反の疑いがある企業への集中調査を実施すると発表した。その対象となる企業数は、少なくとも全国4000社に上る。
国が「若者の使い捨て」をなくすことを目的とした調査を行うのは初めて。その上、悪質な違反が発覚し、是正されない場合は、労働基準監督署が書類送検し、社名を公表する。いわば、国がブラック企業をめぐる論争に“白黒”つけようというわけだ。
厚労省は14年度予算に、「若者の使い捨て」企業を把握する目的で、夜間や休日でも受け付ける電話相談窓口を設置すべく、18億円の概算要求を盛り込んだ。
当然のことながら、これまでも厚労省は、違法な長時間労働などを強いる企業に対し、監督指導を行ってきた。
グラフを参照してほしい。労基署が、匿名の内部告発などに基づいて労基法違反の疑いのある企業を任意に選んで立ち入り調査を行う「定期監督」だけで、昨年は13万4295件に上る。
このうち、労基法違反が確認されたのは9万1796件。これは2004年以降で最多の数字となっている。
厚労省は「違反の発見効率が上がっている」とするが、従来調査では、「若者の使い捨て」企業か否かという判断までは不可能だった
そこで、今回の集中調査では、新たな判断基準が設けられた。それが「離職率」だ。
厚労省によれば、労基署やハローワーク利用者からの通報、苦情に加え、大学新卒者の入社3年目の離職率を参考指標として、立ち入り調査の可否を判断していくという。
大卒者の入社3年目の平均離職率は、直近の数字で28.8%に上るが、この数字が基準となるわけではない。離職率は、業界によって大きく異なるからだ。
厚労省がまとめる産業別の平均離職率を見ても、例えば、「鉱業、採石業、砂利採取業」が6.1%、「電気・ガス・熱供給・水道業」が平均7.4%にとどまるのに対し、「宿泊業、飲食サービス業」は48.5%、「教育、学習支援業」は48.8%にも上る。
それ故、「業界ごとに個別に基準を設け、同一業界内でも極端に高い離職率の企業を洗い出し、これまでの労基署の是正勧告の履歴などとも照らし合わせた上で、総合的に判断していく」(厚労省)。
疑惑の企業からはスケープゴートを不安視する声
これに対して「若者の使い捨て」が取り沙汰される企業からは、怨嗟の声が漏れる。
「クソ調査だ!!」
そう吐き捨てるのは、ある大手外食チェーン幹部だ。「ブラック企業の定義もあいまいなまま、形だけ『調べました』という政権の人気取りにすぎない」(同幹部)。
別の大手外食会社の幹部は「世間で槍玉に挙げられているところは、うちも含めてほとんど調査が入ると覚悟している」と早くも諦めムードが漂う。
「国がどうやってブラック企業認定をするのか、正確な基準がわからない以上、打つ手がない。同じ業界でも離職率は、事業規模などによって違う。そもそも高い離職率が、『若者の使い捨て』といえるのか疑問だ。調査は企業の競争力を削ぎかねない」(同幹部)
大手の疑惑企業が“まな板の上のコイ”なのに対し、より戦々恐々としているのは、ハローワークに大量の求人を出し続けていた一部の離職率の高い中小企業だ。
「そういった企業は、これまではハローワークとある意味で持ちつ持たれつの関係にあった」と業界関係者は声を潜める。
大量解雇を繰り返すブラック企業が、定期的にハローワークに求職を出すことで、ハローワーク側もその企業の労基法違反の可能性に目をつぶるケースが一部で起きているのが実態という。
だが、「ここにきて国がブラック企業対策に本腰を入れたことで、『スケープゴートとして差し出されかねない』という不安が広がっている」(同関係者)という。
ネットなどで告発が相次ぐブラック企業の実態解明に、厚生労働省の集中調査はどこまで迫れるのか注目が集まる
ブラック企業の代表格として取り沙汰される企業トップが、与党の国会議員に上り詰める中、厚労省幹部は「トップが誰だろうと、調査結果は左右されない」と断言する。さらに「調査結果によっては、業界全体にメスが入る可能性もある」とこの幹部は言う。
過酷な労働条件による「若者の使い捨て」に歯止めをかけることができるのか。国の本気度が問われている。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 宮原啓彰)
http://diamond.jp/articles/-/41103
「どういった基準で調査されるのか」「対策を教えてほしい」──。
「若者の使い捨て」が疑われるブラック企業の実態解明に向けた集中調査を目前に控え、厚生労働省若年者雇用対策室には、そんな事業者からの動揺の声が寄せられているという。
不安の端緒は、田村憲久厚労相が落とした“爆弾”だ。
「ブラック企業といわれる『若者を使い捨て』にする企業をなくしたい」
8月8日、田村厚労相は、9月の1カ月をかけ、「若者の使い捨て」を主眼に置き、時間外労働や賃金不払いなどの労働基準法違反の疑いがある企業への集中調査を実施すると発表した。その対象となる企業数は、少なくとも全国4000社に上る。
国が「若者の使い捨て」をなくすことを目的とした調査を行うのは初めて。その上、悪質な違反が発覚し、是正されない場合は、労働基準監督署が書類送検し、社名を公表する。いわば、国がブラック企業をめぐる論争に“白黒”つけようというわけだ。
厚労省は14年度予算に、「若者の使い捨て」企業を把握する目的で、夜間や休日でも受け付ける電話相談窓口を設置すべく、18億円の概算要求を盛り込んだ。
当然のことながら、これまでも厚労省は、違法な長時間労働などを強いる企業に対し、監督指導を行ってきた。
グラフを参照してほしい。労基署が、匿名の内部告発などに基づいて労基法違反の疑いのある企業を任意に選んで立ち入り調査を行う「定期監督」だけで、昨年は13万4295件に上る。
このうち、労基法違反が確認されたのは9万1796件。これは2004年以降で最多の数字となっている。
厚労省は「違反の発見効率が上がっている」とするが、従来調査では、「若者の使い捨て」企業か否かという判断までは不可能だった
そこで、今回の集中調査では、新たな判断基準が設けられた。それが「離職率」だ。
厚労省によれば、労基署やハローワーク利用者からの通報、苦情に加え、大学新卒者の入社3年目の離職率を参考指標として、立ち入り調査の可否を判断していくという。
大卒者の入社3年目の平均離職率は、直近の数字で28.8%に上るが、この数字が基準となるわけではない。離職率は、業界によって大きく異なるからだ。
厚労省がまとめる産業別の平均離職率を見ても、例えば、「鉱業、採石業、砂利採取業」が6.1%、「電気・ガス・熱供給・水道業」が平均7.4%にとどまるのに対し、「宿泊業、飲食サービス業」は48.5%、「教育、学習支援業」は48.8%にも上る。
それ故、「業界ごとに個別に基準を設け、同一業界内でも極端に高い離職率の企業を洗い出し、これまでの労基署の是正勧告の履歴などとも照らし合わせた上で、総合的に判断していく」(厚労省)。
疑惑の企業からはスケープゴートを不安視する声
これに対して「若者の使い捨て」が取り沙汰される企業からは、怨嗟の声が漏れる。
「クソ調査だ!!」
そう吐き捨てるのは、ある大手外食チェーン幹部だ。「ブラック企業の定義もあいまいなまま、形だけ『調べました』という政権の人気取りにすぎない」(同幹部)。
別の大手外食会社の幹部は「世間で槍玉に挙げられているところは、うちも含めてほとんど調査が入ると覚悟している」と早くも諦めムードが漂う。
「国がどうやってブラック企業認定をするのか、正確な基準がわからない以上、打つ手がない。同じ業界でも離職率は、事業規模などによって違う。そもそも高い離職率が、『若者の使い捨て』といえるのか疑問だ。調査は企業の競争力を削ぎかねない」(同幹部)
大手の疑惑企業が“まな板の上のコイ”なのに対し、より戦々恐々としているのは、ハローワークに大量の求人を出し続けていた一部の離職率の高い中小企業だ。
「そういった企業は、これまではハローワークとある意味で持ちつ持たれつの関係にあった」と業界関係者は声を潜める。
大量解雇を繰り返すブラック企業が、定期的にハローワークに求職を出すことで、ハローワーク側もその企業の労基法違反の可能性に目をつぶるケースが一部で起きているのが実態という。
だが、「ここにきて国がブラック企業対策に本腰を入れたことで、『スケープゴートとして差し出されかねない』という不安が広がっている」(同関係者)という。
ネットなどで告発が相次ぐブラック企業の実態解明に、厚生労働省の集中調査はどこまで迫れるのか注目が集まる
ブラック企業の代表格として取り沙汰される企業トップが、与党の国会議員に上り詰める中、厚労省幹部は「トップが誰だろうと、調査結果は左右されない」と断言する。さらに「調査結果によっては、業界全体にメスが入る可能性もある」とこの幹部は言う。
過酷な労働条件による「若者の使い捨て」に歯止めをかけることができるのか。国の本気度が問われている。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 宮原啓彰)
http://diamond.jp/articles/-/41103