■一体、何の違約金・・・
ビジネスホテルや旅館を展開する会社で働いていた亜美さん(29)=仮名=は、辞職した数日後に会社から送りつけられてきた請求書に驚いた。「違約金51万円の支払いを求める」。一体、何の違約金なのか…。
■上司は「死にたいなら死ねば」
亜美さんは2012年5月、この会社に入った。高校卒業後は契約社員として事務職を転々としていたこともあり、「正社員」「社会保険完備」と記載されたハローワークの求人票にひかれたのが理由。ところが、入社直後に「3カ月間の試用期間中は業務委託契約。終われば正社員になれる」と説明を受けた。意味がよく分からなかったが、契約書にサインしてしまう。
憧れの正社員への道は険しかった。経理事務のほかにインターネットの宿泊サイトの更新、支払いが滞っていた取引先からのクレーム処理…。事務全般を任された。事務所には20人ほどの社員がいたが、入れ替わりが激しく、ほとんどが業務委託契約。相談相手もおらず孤立した。多いときは月90時間を超える残業があったが、月給17万円以外は支払われなかった。
「もう無理…」。正社員を断念し、契約が切れる7月末に辞職することを伝えた。「業務を見直すから」と慰留されたが何も変わらない。何度も辞職を伝えたが、「交代要員がいない」「もう少しお願い」。我慢の限界を超えた9月末、「死にたい。きょうで辞める」と通告すると直属の上司から「死にたいなら死ねば」。ショックで寝込み、翌日から出社しないでいると違約金支払いの請求書が送りつけられてきたのだった。
■労働法の適用を受けない「業務委託契約」
最近、ブラック企業で目立ち始めたのが「業務委託契約」(請負契約)を悪用する手口だ。会社に労働力を提供する「労働契約」と異なり、結果を提供する業務委託契約は「労働者」とみなされず、残業代の支払いや解雇規制など労働者を保護する労働法の適用を一切受けない。
会社側は健康保険や雇用保険など社会保険の加入手続きの義務を免れる。話し合いで労使紛争を解決する労働組合法の団体交渉に応じる義務もない。
実際、亜美さんの業務委託の契約書の裏面には小さな文字でこう記されていた。「3カ月の契約満了から1カ月前までに契約解除の申し出がない場合は自動的に1年間延長される。途中で辞める場合は、業務委託を放棄したとして3カ月分の給与を違約金として請求する」。会社は亜美さんに「3カ月間の試用期間を終えれば正社員になる」と説明しておきながら、2カ月後の6月末には一方的に1年間業務委託契約を延長していた。だからこそ、「途中で契約を放棄したことになり違約金が発生する」という会社の理屈だったのだ。
■勤務実態で判断
亜美さんは出社拒否直後、個人加入のユニオンに加入した。違約金請求の取り下げなどを求める団体交渉を会社に申し入れたが「労働者でないから」と拒否され続けた。結局、労働委員会に救済を申し立て、13年夏に会社が違約金の請求を取り下げることで和解した。それでも未払い残業代は断念してしまった。「身を守るため法の知識は必要」。高い勉強代だったと亜美さんは自分に言い聞かせる。
【チェック】 勤務実態で判断
社会保険について、一定の条件を満たす会社は労働者の加入手続きをしなければならない。(1)労災保険と雇用保険は労働者を1人でも雇う全ての事業(2)厚生年金保険、健康保険、介護保険は法人と常時5人以上を雇う個人事業−に社会保険が強制適用される。「うちの会社は社会保険に加入していない」と言われたらハローワークや年金事務所に相談してほしい。労働法の保護を受ける労働者に該当するかは、「労働契約」「業務委託契約」など契約書のタイトルでなく、どのように働いていたか勤務実態で決まる=表参照。業務委託契約を結んでいても働き方が労働者と判断されれば残業代などを請求できる。労働法に詳しい弁護士などに相談しよう。
=2015/06/30付 西日本新聞朝刊=
辞めた会社から請求書?目立ち始めた契約の悪用【ブラック企業現場の叫び】
ビジネスホテルや旅館を展開する会社で働いていた亜美さん(29)=仮名=は、辞職した数日後に会社から送りつけられてきた請求書に驚いた。「違約金51万円の支払いを求める」。一体、何の違約金なのか…。
■上司は「死にたいなら死ねば」
亜美さんは2012年5月、この会社に入った。高校卒業後は契約社員として事務職を転々としていたこともあり、「正社員」「社会保険完備」と記載されたハローワークの求人票にひかれたのが理由。ところが、入社直後に「3カ月間の試用期間中は業務委託契約。終われば正社員になれる」と説明を受けた。意味がよく分からなかったが、契約書にサインしてしまう。
憧れの正社員への道は険しかった。経理事務のほかにインターネットの宿泊サイトの更新、支払いが滞っていた取引先からのクレーム処理…。事務全般を任された。事務所には20人ほどの社員がいたが、入れ替わりが激しく、ほとんどが業務委託契約。相談相手もおらず孤立した。多いときは月90時間を超える残業があったが、月給17万円以外は支払われなかった。
「もう無理…」。正社員を断念し、契約が切れる7月末に辞職することを伝えた。「業務を見直すから」と慰留されたが何も変わらない。何度も辞職を伝えたが、「交代要員がいない」「もう少しお願い」。我慢の限界を超えた9月末、「死にたい。きょうで辞める」と通告すると直属の上司から「死にたいなら死ねば」。ショックで寝込み、翌日から出社しないでいると違約金支払いの請求書が送りつけられてきたのだった。
■労働法の適用を受けない「業務委託契約」
最近、ブラック企業で目立ち始めたのが「業務委託契約」(請負契約)を悪用する手口だ。会社に労働力を提供する「労働契約」と異なり、結果を提供する業務委託契約は「労働者」とみなされず、残業代の支払いや解雇規制など労働者を保護する労働法の適用を一切受けない。
会社側は健康保険や雇用保険など社会保険の加入手続きの義務を免れる。話し合いで労使紛争を解決する労働組合法の団体交渉に応じる義務もない。
実際、亜美さんの業務委託の契約書の裏面には小さな文字でこう記されていた。「3カ月の契約満了から1カ月前までに契約解除の申し出がない場合は自動的に1年間延長される。途中で辞める場合は、業務委託を放棄したとして3カ月分の給与を違約金として請求する」。会社は亜美さんに「3カ月間の試用期間を終えれば正社員になる」と説明しておきながら、2カ月後の6月末には一方的に1年間業務委託契約を延長していた。だからこそ、「途中で契約を放棄したことになり違約金が発生する」という会社の理屈だったのだ。
■勤務実態で判断
亜美さんは出社拒否直後、個人加入のユニオンに加入した。違約金請求の取り下げなどを求める団体交渉を会社に申し入れたが「労働者でないから」と拒否され続けた。結局、労働委員会に救済を申し立て、13年夏に会社が違約金の請求を取り下げることで和解した。それでも未払い残業代は断念してしまった。「身を守るため法の知識は必要」。高い勉強代だったと亜美さんは自分に言い聞かせる。
【チェック】 勤務実態で判断
社会保険について、一定の条件を満たす会社は労働者の加入手続きをしなければならない。(1)労災保険と雇用保険は労働者を1人でも雇う全ての事業(2)厚生年金保険、健康保険、介護保険は法人と常時5人以上を雇う個人事業−に社会保険が強制適用される。「うちの会社は社会保険に加入していない」と言われたらハローワークや年金事務所に相談してほしい。労働法の保護を受ける労働者に該当するかは、「労働契約」「業務委託契約」など契約書のタイトルでなく、どのように働いていたか勤務実態で決まる=表参照。業務委託契約を結んでいても働き方が労働者と判断されれば残業代などを請求できる。労働法に詳しい弁護士などに相談しよう。
=2015/06/30付 西日本新聞朝刊=
辞めた会社から請求書?目立ち始めた契約の悪用【ブラック企業現場の叫び】