朝から強すぎる日射しです
ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出て天神田(字天神の田んぼ)を歩いてきました。
暑いねえ
でも、お家に帰ると、玄関に直行です。
入れてね
お家に入れてもらって、ひと遊びして、朝御飯と一緒にテラスのお部屋(サークル)に帰ります。
さくらもちさんに、赤ちゃんタバサねーちゃんの絵を描いていただきました
グルメとペットの絵のブログ
ありがとうございます
同腹のきょうだいたちと、ミニドッグランで思い切り遊んだ記憶の写真です。
15才になったタバサねーちゃんは、この絵のように天真爛漫に生きてるように思えます
6月11日、三ツ木(伊勢崎市境三ツ木)の香林寺を、数年ぶりに訪れました。
実は前日も寄ろうとして、付近を探したのですけど、見つかりませんでした。
まさか廃寺
ストリートビューでよくよく確認、ちゃんと存在してます
めだたなく住宅地の中にあります。
龍燈山香林寺(りゅうとうさんこうりんじ)です。
お堂の前で合掌
ここは『世良田村旧蹟案内』(昭和11年 世良田村誌編纂会)に、しっかり由緒が載ってます。
香林寺
大字三ツ木早川の西にあり。臨済宗にして勢多郡粕川村龍源寺末なり。慶長年間、新井五左衛門開基なり。同家先祖代々菩提、並に子孫繁栄の為創建したるものにて龍燈山香寺と称す。当地は元亀天正の頃、数度の戦争ありて、敵味方の戦死者少なからざれば、旁以て其の霊魂を弔ひしといふ。
附 、香林寺の東早川の西に、龍燈堀趾なるものを存す。往古此処より、数々の龍燈上りし事あり。依て香林寺の山号に用ゐたるなりと云ふ。
臨済宗はまちがいです。
曹洞宗です。
勢多郡粕川村(前橋市粕川町)龍源寺で、末寺である事を確認済みです。
それにしても、どうして龍源寺末なのかな?
遠い
お堂の裏には古い墓石が積み上げられてます。
新しいお墓も増えてるような
前回の訪問、2017年12月、付近の家で庭仕事のおじさんと会話出来ました
『世良田村旧跡案内』にあった事を告げると、「ここは世良田村だったんだよ。」
「お寺はまだやってるんですか?」
「やってるよ。最初から曹洞宗だよ。」
「檀家はどのくらいいるんですか?」
「5軒。本家が抜けちゃってねー」
おじさんには、新田郡世良田村の記憶が残ってました
おじさんは、開基家の分家らしかったです
今回は逢えませんでしたけど、檀家は増えてるようです
よかった
付近を少し散策です
香林寺前からの早川です。
左手に、三ツ木橋のあたりです。
自転車道からの、三ツ木橋です。
下流の流れです。
東武鉄道伊勢崎線の線路が見えます。
世良田駅と境町駅のちょうど中間当たりです。
龍燈堀址と思われるものは、やはりありません
蛇行する川は嫌われて、改修工事がされたのでしょう。
龍燈が出現するためには水が必要です。
早川から水を引いたか、あるいは早川へ注ぐ川か?
戦乱で多くの戦死者が出たというと人魂かな
早川付近に、怪火が出る条件はそろってます
新里の奥沢の山奥から流れ出した早川は、ここより少しだけ上流のあたり、国道17号線(上武道路)と国道354号線が交差して立体交差になっているあたりから、それまで東南に流れていた進路を南に変えます。
17号線の北側を平行して走っていたのが、17号線をくぐり、進路を南にとるのです
(後日、早川が進路変更するあたりを歩いてみました。記事はのちほど)
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