続・黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

上野国山上・葛塚城堀之内に住んでます。ひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

白柴タバサちゃんの奪衣婆にこんにちは!

2022-10-30 20:02:51 | 群馬県・東毛

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出て、諏訪神社の向こうの高台を歩いてきました。

ひめちゃんは、張り切ってます

「今日はアタチがお出かけするんだからね」とでも言うように。

実は、昨日タバサねーちゃんは、遠出のお出かけをしました。

(記事は後日

ひめちゃんは、置いてけ堀でした

 

人間のお出かけのお供も、大変なのよ

昨日はクマの足跡のあった岩山を登ったのよ

でも、アタチはお出かけしたい

ひめちゃんは、人間、特に子供が苦手です

いばりんぼで小心者です

お出かけの同伴には、細心の注意が必要です。

近いうちに、どこか無難なところに行ってみましょうね

 

 

 

10月21日、塩沢からの帰り、貴船橋で渡良瀬川を渡って、国道122号線に出ます。

角地蔵にも寄って行きましょう

 

タバサねーちゃんは、初めてです。

深沢郷・桐生塚とあります。

戦国時代に、黒川衆と由良勢の戦いの戦死者を葬った所というようです。

コロナ禍で縁日は休止との貼り紙です。

数年前、縁日に訪問させていただきました。

確か角地蔵さんの姿もカメラに収めたはずですけど、何故か写真が見つかりません

ガラス越に僅かに見る角地蔵さんに、合掌

 

御堂の東には、石造物が数基あります。

左奥の森あたりが、黒川衆の中心的な城・深沢城かな?

東の山の向こうは、塩沢あたりかな?

みなさんに、合掌

 

角地蔵イメージのお地蔵様の向こうにの石造物、今回初めて文字をよく見て見ました。

「正円寺見住、二十八世・・・・・・盈仙」

この南無阿弥陀仏の石塔は、角地蔵を建立した盈仙さんが、建てたものだったのです

 

正円寺は、深沢城跡にあります。

かつて参拝して、御朱印をいただいてます。

その時、近いうちに角地蔵の縁日があるときいて、当日うかがったのです。

何度も探しているのですけど、角地蔵の写真がない

 

説明板を確認です。

盈仙さんが建立したお地蔵様は、頭の部分が四角なままだったのです。

高山彦九郎も来たんですね。

筆まめは彼は、石工と金銭面でトラブルがあって未完成だったと記しているんですね。

 

おや、タバサちゃん、何かを見付けたようです。

奪衣婆(だつえば)です。

地獄の入り口で、罪人に衣を脱がせ罪の重さを量るという、奪衣婆です。

大黒様のような、赤い帽子に同色のチャンチャンコです

 

何者じゃ

見たことない、分かりません

どんな見みつめても、わかりません

理解できません

 

でも、タバちゃん、お世話にならないと思うから、大丈夫だよ

 

 

(つづく)

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虚空蔵菩薩木像は何処に?

2022-10-29 20:27:17 | 群馬県・東毛

秋晴れの穏やかな朝です

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

 

堀之内の出口から浅間山は見えますけど、「雲の上に頭を出し」という状態です。

雪はなさそうです。

 

 

 

10月21日、塩沢赤城神社の東の風景です。

川の向こうの道路でも、帰れそうです。

 

道なりに少し北上すると、大きな二十三夜塔です。

「虚空蔵菩薩木像200m」の表示もあります。

行ってみようか。

案内に従って細道を行き、駐車場らしき所に出ます。

何処だろう?

虚空蔵菩薩の表示はありません。

 

付近には歴史を感じさせる墓石がいっぱいです。

なさそうです。

諦めて帰ろうとしたとき、森の中に白い指標が見えます。

もしかしたらあそこかも

 

参道があります

朽ち果てそうな木の参道です。

タバサちゃんもなんとか上ります。

 

少し行くと、御堂らしき建物出現です

虚空蔵菩薩の指標も見えます

歩きにくうございました

 

説明板もあります。

南北朝時代の延文三年(1358)僧義伝が安置した仏像である。~(中略)~六百余年の昔、当地でも虚空蔵信仰があったことや塩沢の地が薗田ノ庄の須永郷穴原村といわれ古路瀬峠から今の穴原に通じていたことが知られる。

 

仏像に墨書があったのですね。

墨で書いたものは600年も消えなかったのです

 

そんなすばらしい虚空蔵菩薩さま、是非にお目にかかりたいです。

やっぱりお姿は見えません

残念

でも、合掌

 

駐車場に戻ると、お見送りの猫さんです。

バイバイ

 

本物には逢えませんでしたけど、「みどり市文化財マップ」に、塩沢の虚空蔵菩薩像があります。

600余年も人々の祈りを受け止めてきたんですね

 

さて、さっき気になった川の東を下って帰ります。

道なりに橋を渡って、また赤城神社の一の鳥居ところに出ます。

川の名も橋の名も確認できませんでした

またそのうちに、この路を北上して、塩沢紀行続けましょう

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白柴タバサちゃんの上野国塩沢村赤城神社参拝記

2022-10-28 15:36:59 | 赤城神社

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

ちょっと寒いけど、爽やかな朝です

今朝は、浅間山がはっきりとは見えません。

 

ひめちゃんたちは、諏訪神社の向こうの高台を歩きます。

 

山上城跡公園の南を通って帰ります。

 

二人で押合いへし合い、譲らずに情報収集している所がありました。

喧嘩にならないのはいいね

ケンくんでも、通ったかな?

 

山上城の東を帰ります。

わらロールって、こういう風に作るんだ

今は、あちこちにわらロールが出現しています。

 

 

 

江戸時代に書かれた老談記の類には、由良勢が黒川衆を攻めるときに、塩沢の奈良坂に陣取ったという話が出てきます。

塩沢の奈良坂は、塩沢の楢坂のようです。

そして、山の向こうは、黒保根の八木原です。

『大間々町誌 別巻7 石造物編』(馬持講中の馬頭観音と風の神)に、

道の一番登りつめた」ところは、塩沢と隣村黒保根村八木原の酒井になるこの道は、日光足尾への街道で、銅山街道が之受けられる前は、一時足尾から馬の背で銅も運ばれていたときもあり、生活物資なども運んだ重要な道であった。

 

由良勢が新田から遠い山奥に本当に陣取ったかは疑問が残るところです

でも、作者はこの道を知っていたのです

山を越えて、塩沢と八木原が往来が出来たことを知っていたのです

 

塩原の神明宮、穴原薬師堂や舟渡し場、松源寺、塩原神社などは訪問しました。

塩原の北隣・塩沢ってどんなところだろう?

10月21日、とりあえず、赤城神社(上の神社仏閣の地図116)を目指します

 

 

松源寺少し東の道を直進、迷うことなく到着です。

上野国塩沢村赤城神社とあります

塩沢村にこだわりを感じます

大間々町になっても、みどり市になっても、ここは塩沢村です。

 

 

石の鳥居から参拝です。

下には赤い木の鳥居です。

タバちゃん一緒なので、険しい多い(?)階段省略です。

ごめんなさい

 

 

新しそうな社殿です。

2礼2拍1礼です

 

 

社殿の左手に由緒があります。

でも、よく読めません

三夜沢赤城神社の分霊を祀ったとあるようです。

『大間々町の社寺』(平成9)には、

所在地として、群馬県上野国勢多郡塩沢村相返 とあります

塩沢村は、黒川衆の黒保根村と同じ勢多郡だったのです

 

 

境内社は多くはありません。

一番奥に、大きな石宮です。

何様かな?

 

 

さて、階段を下りるよ

前向きに上手に、下りられました

下りられたよ

まだまだ、若いもんには負けられません

 

 

赤い実がきれいです

ガマズミかな?

 

さて、もう少し奥まで行ってみましょう

 

(つづく)

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白柴タバサちゃんの赤堀・小菊の里訪問記

2022-10-26 19:52:34 | 群馬県・中毛

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

寒いけど、穏やかな秋の日射しです

堀之内の出口から見える浅間山は、まだ真っ白です

ひめちゃんたちは、山上城の西を廻って、城跡公園の南にでます。

途中、伸び放題のコスモス畑の向こうに赤城山です

 

 

本日は、秋晴れの良いお天気です

タバサねーちゃんも、スタンバイしています

小菊の里のチラシでは、開園期間は10月23日から11月20日までです。

では、行ってみよう

 

あれ、咲いてない

咲いている株は、チラホラより少ない

花を予定の日に咲かせるって、大変なんだ。

 

お店があるよ、行ってみよう

 

ムム、何者じゃ?

タバサねーちゃんの前に、超小型犬がひとりで出現

彼は、適当にウロウロして、去って行きました。

 

ビオラを売ってるよ

そのうちに、獅子くんのお墓にも植えようね。

秋のお日さま、気持ちいい

 

やっと咲いた株に遭遇です

きれいだね

 

スタッフのおじ(い)さん&おば(あ)さん、けっこういます。

散策の人もけっこう来ています。

でも、花があまり咲いてない

 

 

隣の磯沼公園でも歩いて行こう

桜の古木がいっぱいです

あれ、水が少ない

極端に少なくなってます

 

タバちゃんは、情報収集中です。

情報収集を怠ってはいけませんわ

 

西方に、蓮園と天幕城趾(てんばくじょうし)が見えます。

蓮はもうほとんど枯れています。

 

今日は気持ちよく歩けてます

桜が咲いていたら、とっても言い景色だね

 

あれ、古墳です。

蓮園からも見える円墳です。

廻りが少し削られちゃったかな?

でも、よく残りました

 

前方にも、不自然な土の盛り上がりがあります

もしかしたら、こちらも古墳?

頂上に石造物です。

弁財天です

沼との関係で、ここにはやっぱり弁財天です。

 

円墳が2基並んでいたかも?

 

沼北の駐車場に戻って、案内板を確認です。

 

秋の日射しをいっぱい浴びて、気持ちよく歩けました

桜の季節に、また来ましょう

 

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膳城鬼門の八幡神社

2022-10-25 16:25:11 | 群馬県・旧勢多郡

寒い朝でした。

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

あれ、浅間山が白い

浅間山初冠雪かな?

まだマリーゴールドが咲いているのにね

 

諏訪神社前からの浅間山です。

しっかり雪が積もってます

 

神社西の沼に、久しぶりにカモさんの姿がありました。

 

神社向こうの高台を歩きます。

12月並の気温だって、寒いね

 

 

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、サザンカ園から膳八幡神社まで歩きます。

お散歩で来た事もある道なので、ひめちゃんの緊張は去ったようです。

神社の鳥居前で、にっこりひめちゃんになれました

ひめが落ち着いてよかったですわ

 

 

鳥居に架かる額は、正八幡宮です。

鳥居脇には、村社八幡宮です。

『粕川村誌』(勢多郡粕川村 昭和47)によれば、八幡神社は

所在は、八幡110

摘要は、「建久年間(1190~1199)三善康信勧請、天正12年(1584)大胡高繁造営、寛保元年酒井忠知の命により社殿改築 膳城鬼門除 

 

すぐ南のサザンカ園は山上(桐生市新里町)で、ここは膳(前橋市粕川町)です。

膳氏の祖・三善康信の勧請ということです。

かなり古い社殿と言うことになりそうです

確かに、膳城の鬼門に位置しています

 

 

振り返って灯籠です。

かなり大きな大灯籠です。

 

 

鳥居を入って、まず右手にある白山宮(はくさんぐう)に詣でます。

白山宮は、縁結びの御利益があるとか?

ちょっと遅かったかな?

来世の良縁を願いましょう

2礼2拍1礼です

 

 

さて、八幡神社の拝殿で参拝です。

ここは、いつも拝殿がいつも開け放たれています

素晴らしいことです。

来る者を、拒まずに受け入れてくれるのですね。

宮司さんは、さっきのサザンカ園の箱田さんですね

鈴を鳴らして参拝できるように、消毒液も用意されています

2礼2拍1礼です

書き置きの御朱印でもあったらもっといいのになあ

 

 

本殿の裏を歩きます。

境内社は少なかったです。

 

 

本殿はしっかり覆われています。

村誌の記録によると、かなり古い本殿です。

 

 

本殿の西南には、正一位稲荷大明神です。

狐が奉納されています。

かつては、彩色された華やかな社殿だったのでしょう。

2礼2拍1礼です

 

 

こちらの神社、歩きやすかったですわ

お散歩の帰りに、また寄りましょう

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