昭和47年頃までは 道路がつながっておらず、船でしか出入りができなかったと言う。まさに陸の孤島、隠れ里だ!
奈良時代、恵美押勝(えみのおしかつ)の乱で廃位になった淳仁天皇が幽閉されていた。天皇だけでなく御付の侍従たちも一緒に住まいしていただう。菅浦の人々はこうした高貴な人達の子孫であるかもしれない!画像のカヤックの進行方向には 菅浦の集落がある。(画像をクリックすると大きくなるはずです!)
菅浦の集落の東西には 四足門と言う藁葺きの門が残されており、これは集落への出入を検問するためにあったようだ。こんなことも 高貴な人が住んでいたということに因するのかもしれない。
琵琶湖から見る 東の四足門!